第11話 仲間【4月】

1年生を連れて2、3年生の練習を見学して戻ってきた。

そしてまずフルートを楽器室から持ってきて、菅野に身振り手振りで吹き方を教える。


「顎を引いて、口はこんな感じ。息は優しく」

「はい、やってみます」


俺がしたのはだいぶざっくりした説明だったが、菅野は飲み込みが早いようだ。

3回目でフルート独特の優しく綺麗な音色が教室に響いた。

もちろん俺もだが、本人が一番驚いている。


「先生、これって…吹けたってことですよね」

「そうだ。自信持っていいと思うぞ。初心者は音出すことすら難しいから」

「わぁ…フルート、やっぱり好きです。やりたいです」


ちょっとした成功体験も記憶によく残り、その後の糧となる。

それは俺が身をもって感じてきたことだ。

おそらく菅野の人生で初めてフルートを吹いた日。

そんな今日は、少なくとも高校3年間の良い思い出になるだろう。

フルートをやりたいと言った菅野は嬉し恥ずかしそうに笑っていた。


「仮入部の間、このフルートを貸すからいつでも練習していいぞ」

「本当ですか?」

「ああ。俺もフルートは専門外だから、練習に役立つ資料を探しておく」

「ありがとうございます!」


誰だって最初は手探りだ。

でも、やる気さえあればどうにかなる。本当に。

俺はその手伝いをする役割なんだと思う。

そうだ、俺は普通の顧問とは違う。この部の環境も特殊だ。

だからこそやりがいがある。

新歓の演奏中からもう俺はそう思い始めていた。


菅野との話が終わり、次は真面目そうな大山。

たしかアンケートにはトランペットに興味があると書いてあったな。


「大山はトランペット志望か。何かきっかけでもあったのか?」

「えーと…私のお姉ちゃんがやっていて、すごくかっこいいなと思いました」

「ほう、ちなみに演奏を近くで見たことはあるか?」

「はい、あります。お姉ちゃんはここの卒業生なんですけど、吹奏楽コンクールを見に行きました」


詳しく聞いていくと、この部の最盛期はコンクールで県大会上位のレベルだったらしい。

大山の姉ちゃんはその時の部員だと言う。

家族が楽器をやっているなら、練習の様子なども耳にするだろう。


「なるほどね。コンクールはやっぱり圧倒されるだろ」

「はい!本当にすごかったです。なんというか…鳥肌が立ちました。それで、その後からお姉ちゃんに教わりながら練習するようになったんです」


じゃあトランペット自体は吹けるってことだな。

それなら話が早い。トランペットが入るだけで華やかさが増すからな。


「感動したんだな。トランペットパートは今部員の中にいないから助かる。後で少し吹いてくれないか?」

「え、いいんですか!吹きたいです!」

「もちろん。あ、そうだ。アンケートに目標が書いてあったけど、姉ちゃんの影響?」

「そうです。ずっとあのコンクールの演奏が頭に残ってて、私もあの舞台に立ちたいと思って…」


大山は、アンケートに『コンクールに出て金賞を取りたい』と書いていた。

気持ちは大いに分かるが、それが目標ならもっと県内の強豪校に行ったほうが可能性は高いはず。

どうしてわざわざここを選んだのだろうか。

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