第9話 最後のコンサート

この音大で練習や本番を重ねる日々も、もう終わりが近づいてきた。

好きなことをとことん出来る環境に感謝しつつ、卒業コンサートを迎える。

卒業が悲しいとか名残惜しいとかは全くなく、俺はプロになることだけを考えた。


卒業コンサートは年間行事の中で最も大規模なホールで行われた。

観客が大勢いればいるほど、俺は演奏が楽しくて仕方ない。

練習の成果を全部そこにぶつけた。

今までの練習より本番が一番良かったと、自分が納得して終わりたかったから。


そしてこのコンサートだけは、両親を招待した。

俺の音大生活の集大成を見せつけたかった。特に母さんに。

ヴァイオリンを続けなくて良かったんだ、と思わせたかった。


コンサートは無事大成功を収めた。

最後はスタンディングオベーション。最高に楽しかった。

俺は終わった後、同じパーカッションの仲間との飲み会に参加した。


「いや〜良かったな、今日のコンサート!」

「だな!てか天才のお前が来るなんて初めてだよな」

「まぁ…最後だし」


基本的に人付き合いをしない俺が飲み会に来るなんて、と皆驚いていた。

他人に興味は全くなかったけど、コンサートを終えてどこか区切りがついたのかもしれない。

じっくり話してみると良い奴もいて、久しぶりにワイワイはしゃいだ。


気づくともう夜遅くなっていて、酒も飲んでいたから歩いて帰った。

普段飲まない分、体調が悪くなるほど酔ってしまった。

ふらふらと歩いて横断歩道を渡ってもうすぐ駅に着く、その瞬間。


ドンッッ!!


何か大きな黒い物が目の前に迫ってきて、その後から記憶がない。

目を開けたときには病室に居た。

なんだ?たしか横断歩道を渡っていて…?


「亘さん、分かりますか?」

「はい…」

「ここは病院です。亘さんは交通事故に遭われて、運ばれてきたんですよ」

「あ、そうなんですか。あれ、右腕が…」

「右腕は骨折されています。今は全身が痛いと思いますが、他は打撲です」


最悪な事態になってしまった。完全に浮かれたのが原因だ。

あの時きっと俺は車にはねられたんだ。

血の気がどんどん引いていく。利き腕が骨折…しかも全身がかなり痛い。

近々にオーケストラのオーディションが迫っているのに、こんな状態で行けるわけがない。


ああ、終わった。折れたのは腕だけじゃない。心もだ。

モチベーションが一気に下がっていく。

音楽やパーカッションに対しても、そして夢に対しても。


飲み会になんか行かなきゃ良かった。

あんなに酔っていなければ、車が来ても避けられたはず。

後悔で頭がいっぱいになった。


当時俺は骨折が治ったらまた夢を追えばいい、とは考えられなかった。

それくらい人生のどん底にいるような感覚だった。


骨折は思うように治らず、リハビリをするのも苦になっていた。

こんなに長い期間、楽器から離れたのは初めてだ。

俺はもう、プロになりたいと思えなくなっていた。

金輪際、こんな嫌な思いをしたくない。

叩きたいのに叩けないもどかしさは、中学時代とは比べ物にならない。


俺は骨折が治っても、プレイヤーに戻ることはなかった。

そして夢を完全に諦め、仕方なく音楽教師の道に進んだ。


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