第7話 天才と呼ばれた男

ドラムの楽譜を初めて渡されてからの俺は、水を得た魚のようだった。

朝練にも一番乗りで行って音楽室が開くのを待つほど。

ドラムの練習をするのが楽しくて仕方なかった。


それでも、1年生でドラムを任されたのは俺だけ。

部員が多いうちの部では1年生がドラムをやること自体が異例らしい。


「先輩、なんでドラムできるの1年で俺だけなんすか?」

「うーん、本当はこれ内緒にしなきゃって思ってたんだけど…」

「え、なんすか??」

「最近結構ポップスやるじゃん?それでいつも2、3年でドラムまわしてたけど先生に言われちゃったんだよね。亘のほうが絶対上手いぞって」

「そんなこと…」

「亘くんにはもうパーカスの他の楽器たくさんやってもらったし、ドラムはポップスやるなら一番重要だから…うちらも悔しいけど、上手い子がやるのが当たり前なんだよ」


俺にドラム以外の楽器の大切さを教えてくれた先輩が、ものすごく悲しそうだった。

普通なら経験の多い上級生が重要な楽器を任される。それはよく分かる。

でも、やっぱり実力社会なんだと痛感した。

顧問の先生に認められたことは嬉しいが、俺はなんとなく疎外感を感じた。


俺はドラムを任されるようになってから、他の重要な楽器もやることが増えた。

そして期待に応えなければ、と休憩を削って練習を頑張った。

その頃から俺は、影で『天才』と呼ばれるようになった。

でも俺は『天才』なんかじゃない。

ただがむしゃらに練習して、ただパーカッションが好きなだけだ。


『天才』という呼び方は進級しても変わらなかった。

この言葉は俺を周囲から切り離す。孤独にする。

慕っていた先輩も卒業してしまい、下級生に指導する立場になった。

でも「亘先輩は天才だから…」「天才にはついていけない」と言われた。


3年になり、受験を考えていると吹奏楽部推薦の話がきた。

受験もしなくて済むし、高校でも吹奏楽部志望だったからちょうどいいと思った。

ただ『天才』と言われたり、妬まれたりするのが怖かった。

そこで初めて、あまり話さない父さんに意見を聞いてみた。


「お前は高校で何がしたいんだ」

「吹奏楽でパーカスやりてーよ」

「じゃあ選択肢はひとつしかないだろう。周りを気にせずやりたいことをやればいい。それだけだ」


いつも母さんが口を挟んできてたけど、今母さんは楽団の練習中。

やっと父さんの本音が見えた気がした。


翌日、俺は推薦を受けると先生に話した。


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