第22話 空白の処刑
「ここらへんでいいな」
剛野君が下品な笑いを浮かべる。
今から私は汚される。
嫌だけど仕方がない。
これは罰だから。
いじめを放置して、さらに友達を裏切って復讐をしようとした。
汚い私にはお似合いの末路。
「ああ、助けを呼ぼうとしても無駄だぜ。ここには人は来ない。収益化のために挑む連中はここにはこないからな。せっかくだから記念撮影だ」
助けを呼ぼうなんて期待してない。
肩を抱かれて胸を触られる。そして写真を撮られた。
その写真は見る人が見れば、私は剛野君の女みたいに見られるだろう。
抵抗なんてしない。されるがまま。
私にそんな権利はない。
思えば、私が配信者で生きていくなんて夢を持つこと自体が間違いだった。
友達と立ち上げたMy tubeチャンネル。成功したけど、結局間違った方向に行っちゃった。
皆、承認欲求を優先して昔みたいに楽しい動画や配信をしなくなっちゃった。
正義君は自分の正義感を満たすため。
姫は承認欲求。
剛野君は性欲におぼれた。
「おい、無視してんじゃねぇよ!」
首を掴まれて息ができないっ。
苦しい!
「げほげほげほ!」
地面におろされて激しくむせ込む。
怖い。友達だった。一緒に動画を作る仲間だったのに、今じゃ化け物にすら見える。
「そうだ。恐れろ。じゃないと犯し甲斐がねぇだろ」
この一か月は夢のようだった。
また昔に戻れたみたいだった。
動画を作って、みんなに見てもらう。
編集は大変だけど、白鶴や仲野くんが助けてくれた。
皆笑いながら、楽しくやってた。
それが終わっちゃう。
「い、……や」
やっぱり無理。
諦めたくない。
また私は動画を作りたい。
仲野くんや白鶴と一緒にがんばりたい。
本当は復讐なんかしたくなかった。ただ友達と楽しく配信者活動がしたかっただけ。だから登録者数を姫たちより増やせたら、また振り向いてくれる。姫たちも自分たちのやり方が間違っていたと気づいてくれるに違いない。
また仲野くんも含めてみんなで楽しく活動したい。
ここで剛野君に屈してされるがままにされたら、きっと私の心は折れちゃう。
だから。
「嫌! 触らないで!」
拒絶した。
やっぱり諦められないから。
「いいねぇ。無理矢理ヤる方が燃えるんだよなぁ。その泣き顔最高」
逃げようと必死に暴れまわる。
けど剛野君からは逃げられない。
剛野君は登録者数15万人。対して私は1000人。
圧倒的な暴力で私の服は引き裂かれた。
かろうじて残っている下着を両腕で隠す。
「誰か……。助けて……!」
その時、私の目の前を黒い影が通り過ぎた。
そして、剛野君が吹っ飛ばされた。
「え?」
何が起こったのか理解が追いつかない。
「なんだよ、てめぇ!」
剛野君がうなる。
私の目の前に突然現れた全身黒ずくめの人。
黒いコートに般若の面をしている。
普通なら怖いと思うはず。
でも不思議と私は黒ずくめの人の傍にいると安心した。
「かぶっておけ」
毛布を手渡される。
すごく暖かい……。
「なめてんのか? ヒーロー気取りですかぁ? この俺様は登録者数15万人だぞ。こんな100階層にいるくそ雑魚が邪魔していいはずねぇんだよ!」
「悲しいなぁ。お前が誇れるものは登録者数だけか」
「てめぇ……!」
剛野君の顔に青い筋が浮かび上がる。
「もう今日の君の役割は終わったから帰っていいよ」
「ああ? 役割?」
「女を襲う下種な咬ませ犬。すばらしい名演技だった。記念のツーショット写真も撮れて満足したろ?」
剛野君が黒ずくめの人に殴りかかった。
私は黒ずくめの人が血まみれになって転がっちゃう。そう思った。
けど、実際は違った。
黒ずくめの人は剛野君の拳をナイフで弾いて、逆に剛野君に尻もちをつかせた。
剛野君は何が起こったのか理解できずに茫然としてる。
「クソがぁ!」
剛野君がスマホに手をかける。
そして自身の拳に弾丸を装填した。
『
確実に私の動画みたいに数百程度の再生数じゃない。
最低でも数万はいく動画。
そんな力が付与された拳に殴られたらいくらなんでもひとたまりもない。
逃げないと殺される。
なのに。
黒づくめの人は「くっくっくっ」とおかしそうに笑って平然とその拳を逸らす。
逸らされた拳はまるで爆発でもしたかのような轟音を立てて、ダンジョンの壁をえぐった。
その隙を黒ずくめの人は逃さない。剛野君の顔を蹴った。
「ふぎゃあ」
あの恐ろしく強い剛野君が手玉に取られてる。
「なんなんだ。100層にいるんだから雑魚じゃねぇのかよ!」
「お前、気づかないのか? 俺はまだ弾を装填してすらいないんだぞ」
あ。
そうだ。黒ずくめの人はさっきからスマホに一度も触ってない。
その戦闘技術だけで剛野君を翻弄してる。
剛野君は強い。
なにせほぼ一人でダンジョン1万階層まで上り詰めた。
私と姫は戦闘に参加しなかったし、正義君は基本ボス戦しか参加しない。
そんな剛野君が地面に伏している。
信じられない光景だった。
「ああああああああ!」
今度は剛野君の拳を真正面から受けとめる。
「悔しいねぇ、悔しいねぇ。技術でも力でも負けて」
「なんだよ、何が目的なんだよ!」
「お前が屈辱に歪むその顔を一発ぶん殴るのが目的」
剛野君の顔に黒ずくめの人の拳がめり込んだ。
「ぶひぃぃ」という声と共に剛野君が転がっていく。
「ふぅ。すっきりした。まだまだまだ足りないけど」
思い出した。
この人には前にも助けられたことがある。
偶然か。それとも必然か。
「そういえば、この間のダンジョンで言われて、た。あなたは運営の
一か月前。
姫にグループを追放された後もこうして暴漢から私を助けてくれた。
偶然とは思えない。
「運営の
警察と自衛隊が組織したダンジョン治安維持部隊。
それとは別にもう一つ組織がある。
ダンジョン自体を作り出した謎の組織。
とあるネット界隈では運営なんて呼ばれているらしい。
私もその存在しか聞いたことがない。
「嘘だ! 本当だってんなら力を見せてみろよ。噂通りなら運営から力をもらってんだろ?」
「お前、馬鹿だろ。今のままでも十分やられてるのに。もしかしてマゾ? でもいいよ。その方がわかりやすそうだ。見せるのは運営にもらったやつじゃない。ただの力だ」
黒ずくめの人がスマホを取り出す。
その時だった。
「チャーンス!」
スマホを持っていた手を剛野君が蹴り上げる。
落ちてくるスマホを剛野君が取ってしまった。
「スマホがなけりゃあ、アカウントは効力を失う! ざまぁみろ!」
「救えないなぁ。お前」
「負け惜しみかよ!」
「敵の前で暢気に本アカのスマホを出す馬鹿がいるか。それはただのサブだ。本アカをそのサブ端末を通して操作してるだけ。やっぱ殺すか」
もう一つスマホを取り出して、カードを引くようになぞる。
そして
その瞬間、世界が白く塗りつぶされた。
思わず一瞬目を閉じて、開ける。
そこには白に塗りつぶされたナイフがあった。
たしかにナイフはそこに存在する。
でも致命的なまでに存在感がない。まるでそのナイフの部分だけが世界の空白部分にでもなったかのようだ。
「あ、あ、ああ」
剛野君はもう声すら出せないでいる。
ありえない現象を見て完全に戦意を喪失してしまっている。
「待って。待って、ください!」
私は剛野君の前に立って、両手を広げてかばった。
「なんの真似だ?」
「もう十分、です。やめてください」
「お前のためにやってるんだろ? 何が十分なんだよ?」
「もう十分あなたの目的は達成してる、はず。それに、あなたの怒りは少し嘘くさい」
言っちゃった。
少し前から思ってた。
この人は無理をして剛野君に悪態をついているように見えた。
どこかはわからない。自分でもなぜかはわからない。
けど、嘘くさい。そう思ってしまった。
「……で? 俺がそいつを殺すのをやめる理由にはならないんだけど」
「あなたは私を助けるのが目的じゃない。剛野君に復讐することが目的。そう言ってました、よね?」
ぶん殴るのが目的。
そう言っていたはず。
「今、襲おうとしていた女の子にかばわれている。剛野君にとってこれ以上の屈辱はない、と思うんです。それでもう十分復讐は果たせていると思うんです。だからあなたがわざわざ手を汚す必要はありま、せん」
剛野君が屈辱で顔を真っ赤にする。
「く、くくくく。あはははっははは! 確かにそうだ。面白い。その答えは予想外だった! いいよ。その返事に免じて今回は見逃してあげるよ。後ろの道化くんもいい顔してるし」
そう言って黒ずくめの人は、一瞬でその場から姿を消してしまう。
私は安心感からか、その場に崩れ落ちてしまった。
※※※※
危ない危ない。ついヤっちゃうところだった。
計画はやっと第二段階に移行した。
ここで剛野を殺すのはもったいない。
彼にはもっとすばらしい活躍をしてもらわないと。
剛野剛士・姫宮美香・上辺正義。
この3人が屈辱の中、死にゆくさまを見るのがすごく楽しみだ。
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