第21話 獅子身中の虫②
私と白鶴が一体になった。
白鶴の外見で、その中に入った。
一言でいえば、そうだけど。ことはそう単純じゃない。
今、こうして考えているのは当然だけど私自身。たぶんこの体の主導権は私にあるのだろう。けど、奥底からあふれる激情が、許さないと叫ぶ心が私に訴えかけてくる。
愛しい人を傷つけたあの三人を許すな。
絶対に復讐してやる。
「うん。思い知らせてやらなくちゃ。だから最初にあのワンちゃんに教えてあげよう。私たちの強さを……!」
黄金の気と体毛を纏う獅子トロイ。
虫が取り除かれ万全になった姿はまさしく百獣の王。
だけど、今の私たちは負ける気がしなかった。
「
スマホをなぞったり、カードを白鶴に投げる必要がない。
思っただけで発動できる。
しかも弾の威力も飛躍的にアップしてる。
さっきはかすりもしなかった弾丸がいとも容易く当たっている。
それに再生数も大したことがないのに、のけぞっていた。
私は戦ったことがない。喧嘩なんてしたこともない。けど、戦い方がわかる。
体がどう動きたがっているのか。
体の芯から白鶴の意志が湧き上がってくる。
この魔物を倒したい!
『シンクロ率70パーセント突破。設定深化・無垢なる翼』
私の腕が翼へと変貌する。
黄金の獅子トロイが突進してくるが、空を飛べる私たちに当たるはずもない。
いきなり消えた私たちにトロイが戸惑いを見せている。
完全に私たちの姿を見失っていた。
「
そのまま急降下し、トロイの胴体を一閃。
さっきはまるで歯が立たなかった胴体をまるで紙のように切り裂いた。
「わたくしたちの勝ち、ですわ」
黄金の獅子トロイの悲痛な鳴き声が響き渡る。
こうして私はダンジョン100階層のボス戦に勝利を収めることができた。
※※※※
「やった! やったよ、白鶴! 私たちついにここまで来れたよ!」
シンクロが解かれて再び私たちは分離した。
分離したら、勝った実感が沸いて私は思わず白鶴に抱き着いてしまった。
だって収益化だよ? ここまで来るのに楽しいこともあったけど、つらいこともいっぱいあった。編集とか編集とか編集とか。
あとにんにく。
だから一緒に頑張ってきた白鶴と喜びを分かち合いたかった。
「ちょっ。わかりましたから。だから抱き着く力が強すぎですわ」
「ごめん」
私は急に照れくさくなって離れた。
「それに今回勝てたのは、いいえ。ここまで来れたのは私たち二人だけの力じゃありませんわ。白様がいらっしゃったからです」
そうだ。
仲野くんに報告しよう。
一緒に祝勝パーティでも開いたらきっと楽しい!
「うん。早く仲野くんにも伝えなくちゃ!」
「お待ちなさい! 白様に褒めてもらうのはわたくしが先ですわ!」
我先にと仲野くんの元へとボス部屋の外につながる扉へと向かおうとした時だった。
扉の外から何かが転がってきた。
私たちが何事かと駆けつける。
外から転がってきたのは血だらけの仲野くんだった。
「え?」
「白様!」
息も絶え絶えで、一言話すのもつらそうだ。
「逃げ、ろ……」
「どういうことですの?」
ボス部屋の扉から誰かが入ってくる。
「いやぁ、すげぇよ。感動した! 良い戦闘の動画が取れたよ。やっぱお前は違うな。美都」
拍手しながら入ってきた男にはすごく見覚えがあった。
筋骨隆々の体。金髪のオールバック。
「剛野、君……」
「おいおい、俺とお前の仲じゃねぇか。剛士って呼んでくれよ」
仲野くんをいじめていた私の元配信仲間であり友達。
その剛野君の拳は真っ赤に濡れていた。
「どうしているの?」
「どうして? そりゃあ友達が記念すべき100階層に挑んでるんだ。駆けつけるのは当然だろう」
嫌な予感がする。
とても嫌な予感が。
「あなたが、あなたがやったんですの?」
白鶴がゆっくりと立ち上がる。
「あ?」
「白様に手を出したのはあなた、ですの?」
「ああ。その使いっパシリがそういやそんな名前だったな。邪魔だったからちょっと小突いてやっただけだ」
「貴様ぁ!」
白鶴が剛野君に向かっていく。
だめ! 止めなきゃ!
「うっ、あ、がっ……」
容易く白鶴は捕まってしまい、首を掴まれて苦しそうにもがく。
「やめて! どうしてこんなことを、する、の?」
「いや、ちょっとむしゃくしゃしてたらさ、美都がダンジョンでボスに挑むって情報を得たんだよ。こりゃあ見逃す手はねぇなって」
剛野君が白鶴を壁に投げつけた。
「白鶴!」
駆けつけると息はある。
どうやら気を失っただけだ。
あの獅子のボスの攻撃を華麗に避けていた白鶴をいともたやすく倒してしまう。
それほどまでに登録者数の次元が違う。
私は1000人。剛野君は15万人。
敵うはずがない。
「約束が、ちがう……! もう仲野君には手を出さないって言った……!」
「知らねぇなぁ。言ったのは正義だ。俺は何も言った覚えはねぇ」
にやにやといやらしい笑みを浮かべる。
詭弁だ。
けどどうして? 私は誰にも今日ダンジョンでボスに挑むなんて言ってないのに。戦闘の都合上、生放送は無理だから公には公表していない。
「いやぁ、都合がよかったぜ。SNSで公表してない分、ここにはほとんど誰も来ねぇ。だから何をしてもバレねぇ。ダンジョン最高!」
今は考えるべきことじゃない。
「剛野君は何が目的なの?」
「むらむらした。最近信者どもが慣れてきてヤるのも飽きてきたからよぉ。たまには初心な素人ともやりてぇと思ったんだよ。それにお前がパーティ内にいる時は正義の野郎が釘さしてたからヤれなかった。今ならチャンスだと思ったんだよ」
よくファンの娘たちと遊んでるのは見かけた。
ファンとの交流だからと思って何も言わなかったけど、そんなことをしてたの……。最低……!
「やめ、ろ……! 野呂さんに、手を出すな!」
仲野くんが血だらけでふらふらになりながらも私の前に立ってかばいに来てくれた。
どうして?
私なんか見捨てて逃げたらいいのに。
「や、めて……。私は仲野くんが身を呈して助けるほどの価値、ないよ……」
「ある! この一か月楽しかった。野呂さんは頑張って配信活動をしてた。復讐のためだけじゃない。きっとV tuberとしての活動が好きなんだ。夢を追うそんな君の姿が眩しかった。僕にはそんなものないから。だから、君の配信の手助けをしたいと思った。だから! 僕はなんとしてでも君を守る!」
だめだ。
私は夢を追ってもいいほどきれいな人間じゃない。
あなたに守ってもらえるほどの価値のある女じゃないのに……。
その言葉が何よりもうれしかった。
今までのどんな言葉よりも暖かかった。
「うわー。素面でそんなこと言えるとか。きっしょ。全身から鳥肌が立つぜ」
「黙れよ。下種め……」
「あ? なんだお前。いつから俺様にそんな大層な口きくようになったんだよ? 態度がでけぇよ!」
また剛野君が仲野君を殴ろうとしてる。
このままじゃ死んじゃう。
だったら……。
私は仲野君の前に出た。
「やめ、て……! 従うから。剛野君の言うとおりにする、から。仲野くんにはもう手を出さないって誓って」
「へぇ……。いいぜぇ。ただし、俺がヤりたいっていったらいつでも来いよ。今日からお前は俺様の奴隷だ」
剛野君がいやらしい目で私の全身を嘗め回すように見てくる。
鳥肌が立つ。
けど、これしか方法がないから。
「だめだ。野呂さん!」
私は仲野くんの体を軽く押した。
それだけで地面に倒れ伏す。
「さようなら。今日まで楽し、かった……。ありがとう」
最後に私は仲野くんに笑った。
これが今の私にできる仲野くんへの精いっぱいのお礼だ。
剛野君に屈してしまえばきっと復讐はできなくなる。配信もできない。
「さぁ、ここじゃあうるさい奴がいるからな。こっち来い」
剛野君に手を引かれてボス部屋を出る。
「だめだ! 行くな! 野呂さん!」
仲野くんが叫ぶ声がする。
「さようなら」
私は小さく決別の言葉を口に出した。
※※※※
「だめだ! 行くな! 野呂さん!」
剛野に野呂さんが連れて行かれる。
扉が閉じてボス部屋に静寂が訪れた。
今、ここにいるのは気を失った白鶴ちゃんだけだ。
「アカウント変更」
『
電子音が響く。
黒いコートが装備され、顔は般若の面でおおわれた。
それだけで剛野にあえて避けずに殴られた怪我がみるみると治っていく。
「ここまでは計画通り。面白いくらいに釣られてくれたな。これで計画は第二段階へと移行できる。やっと奴のむかつく顔をぶん殴れる」
ここ一年いじめられっ子を演じてうっぷんが溜まっていたんだ。
それを晴らさせてもらおうとしよう。
顔のにやけが止まらない。
あぁ、あのクズの絶望に歪んだ顔が楽しみだ。
「さぁ茶番劇の始まりだ」
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