第17話 V tuberの一日 夕方 コラボ編② ニンニクの臭いはダンジョンでも相当迷惑らしい
「う、あ、おぇ……」
乙女とは思えない効果音が響くが聞かなかったことにする。
まぁ、こんな音もファンの中には清楚音助かるとか言ってコメントするのがV tuber文化の
「どうだった?」
「ヤ、バイ……」
でしょうね。
あんなにニンニク大量摂取したら胃はやられ、口臭は目も当てられないことになるだろう。間違いなく。
「さて、もうすぐ吸血種の多い90階層に到着するよ。戦う準備はしておいてね。あ、君たちの適正よりはかなり高いけど大丈夫。ちゃんとサポートするし、ある程度弱らせてから戦ってもらうから安心してね」
ダンジョン攻略部のお兄さんが言った。
白鶴ちゃんのチャンネル登録者数は600人を突破している。ここ一週間ほど毎日投稿した結果だ。正直すごい伸び方で予想外だった。
ただそれでも90階層は適正より30階層ほど高い。
最低クラスの吸血種とはいえ、苦戦は必須だろう。
だからこそ、この検証企画が成り立つ。
にんにくバフがどれだけ効き目があるか、だ。
だけどそんな検証より気になることがあった。
「あのお兄さんはあれを食べてどうして正気でいられるんですか?」
用意してごちそうしてもらったものをあれ呼ばわりし、しかも初対面の人間にどうして正気かを問う。
失礼にも程があるが、それだけあのにんにくの量は異常だった。
「平気じゃないよ。ちょっと不調かな」
よかった。ただ大人の余裕を見せているだけだったか。
「少しにんにくの量が少なかったからね……」
ちがった。化け物だった。
あれ下手したらニンニク一か月分くらいあるぞ……。
「ひぃ」
野呂さんと白鶴ちゃんはドン引きを通り越して、怯えて俺の傍に避難してきた。
「なんなんですの、あの人。あれで少ない? どういう胃袋を持ってらっしゃるんですの?」
「怖い怖い怖い怖い」
「あの、臭いから離れてもらっていい?」
まじ鼻が曲がるから勘弁してほしい。
そんな俺たちを見てHAHAHAと笑って許してくれるお兄さん。
そして俺たちの護衛をしてくれる攻略部の面々。
ダンジョン攻略部の皆さんがやさしくてよかったよ。本当に。
こんな企画を思いつくとか正直頭と胃袋はおかしい人たちだけれど。
「さて来たね。白鶴ちゃんは前に。カメラマン君も撮影準備してね」
カメラマン君とは俺のことだ。
「ああ、もうヤケクソですわ!」
※※※※
ここは草原エリア。動植物が豊かで、景色が良くて空気がおいしいエリアだ。
ニンニクの臭いで台無しになってるけど。
そのせいで魔物たちからは目の敵にされているらしく、エンカウント率が異常だった。
「はぁ、はぁ、はぁ。やってやりましたわよ!」
「いやぁ、すごいね。まさか僕たちのアシストなしで全部撃破とは恐れ入ったよ」
吸血花、吸血犬、吸血ワームなど。
様々な吸血種がやってきたがすべて白鶴ちゃんの独力で撃破している。
ちなみにあらかじめエンチャントで白鶴ちゃんを強化している。野呂さんがカードを投げて一緒に戦うことはできない。なのに、この戦果ははっきり言って異常だった。
「にんにくパワーすげー」
この一言に尽きる。
たしかに白鶴ちゃんが強いこともあるが、これは明らかにニンニクパワーもある。だって吸血種たちの動きが普通よりかなりにぶい。
「これは検証成功だね。いやぁ良い動画がとれた」
この予想外の戦果にダンジョン攻略部の面々も大満足のようだ。
だが、どうやらうまくいくのはここまでのようだ。
「何かやばくないですか?」
嫌な気配がする。
「ん? どうかしたのかい?」
攻略部の面々は気づいていない。
けど白鶴ちゃんは、この異様な気配に怯えている。
「き、来ますわ!」
漆黒より深き闇があたりを包みこむ。
陽気で明るかった草原エリアが一瞬のうちに夜の
「なんだ、あいつ……? お兄さんは見たことありますか?」
その暗闇の中心に赤いマントを纏った人影が1つ立っていた。
それを見ただけで震えが止まらない。
野呂さんに至ってはその場にしゃがみこんで、肩を震わせて動けないでいる。
「いいや、ないね。けど、一つ言えることはある。あれは高位の吸血種だ。こんな低階層には普段いない。もっと高階層にいるはずだ。なのにどうして……?」
やばい。これは生きて帰れるかどうかわからない。
ただのコラボ企画だったはずが、その様相を一変させる。
「お前はなんだ?」
野呂さんと同じように動けないでいる白鶴ちゃんの前に出た。男にも女にも見える恐ろしいほどの美貌を持つ人型の吸血種に問う。
「いや、なに。少し困っていることがあってな」
驚くことに吸血種が喋った。
1万階層以上には人の言葉を理解する高位の魔物が出現する。
だが、こんな低階層で出現するなんて聞いたことがない。
「悪いがドウガとやらは撮れないぞ。後ろの者たちのレベルに比べて我のレベルが高すぎるからな」
「何が、目的だ?」
動悸が激しい。
ハンドガンを握る手が震える。
これはアレを使わなければならないか。
いやアレを使っても助かるかどうかわからない。
「そう心配するな。我が言いたいことはただ一つ」
ごくりと息を飲む。
高位の吸血種が自身の住処である階層を下がってきた特別な理由とは一体……。
「お願いだからこのダンジョンから出て行ってください」
高位の吸血種が俺たちの前で土下座をしてきた。
「へ?」
「いやぁ、本当はこれルール違反だからやっちゃダメなんだけど。どうしても血族の低位層の者が君たちを何とかしてほしいって言うものだからさ」
闇は相変わらず満ちているが、重々しい空気が軽くなった気がする。
というか突然フレンドリーになりすぎだ。さっきまでは威厳と威圧たっぷりだったのに。
「え? どういうこと?」
「いや、君たち臭すぎるからさ。ここで生活してる配下たちが迷惑してるんだよね。普通に攻略してくれるならいいんだけど、その臭いは問題だ。洗濯物には強烈なニンニク臭がつくし、息をするのもしんどい。だから苦情が我のところまできたんだよねぇ。だからもうそのにんにく過剰摂取で攻略するのはやめてほしいんだけど」
まさかのニンニクの臭さが原因だったとは。
たまげたなぁ。
「いや、こっちがルール違反してるのはわかるよ。けどね。この層に住んでる我が同胞たちにも生活があるしさぁ。そこのところ理解してくれるとうれしいんだけれど」
「えっと、僕たちが帰ったらあなたも帰ってくれる?」
「帰る帰る。だってここ魔素が薄くて息苦しいしねぇ」
「わかった。帰るよ。それと、もうニンニクの過剰摂取してからの攻略はしない」
「いやぁ。話が分かる人がいて助かるね。君、なんていう名前?」
「仲野白です」
「なるほど。白君か。覚えておくよ」
高位の吸血種が一方的に握手してきた。
なんだこれ?
「じゃあ、帰るわ。10万階層に来たら、歓迎するよ。そこでダンジョンボスしてるから。おいしいお茶もあるし。ぜひ来てね!」
すごいテンションアゲアゲで高位の吸血種はその場から忽然と姿を消した。
同時に闇は晴れて、もとの明るい草原エリアに戻った。
「なんだった、の?」
「えっと、臭いにおいの苦情対応に来たダンジョンの中間管理職?」
まさかニンニク臭で魔物から苦情が来るとは。
命の危険と予想外の展開すぎてみんな魂が抜けたように茫然と突っ立ていることしかできなかった。
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