第4話 私と一緒に復讐しない?


「うわぁ、本当に動いて喋ってる……」


 野呂さんは目を輝かせている。自分が動かしていたモデルが意思を持って話しているのを見てとてもうれしそうだ。

 でも驚いているということは野呂さんにとっても予想外のことらしい。

 しかし落ち着かない。俺の部屋に推しとクラスメイトの女子がいるなんて。


「美々さんがどうして意思を持って画面の中から出てきたのか、わからないんですか?」

「わからない、ません」

「たしか本来は変身ヒーローみたいに中の人がモデルの外見になれるだけ、でしたよね?」


 ダンジョンと謎の配信サイトの力のおかげか。Vtuberは現実でモデルの外見をまとえるようになる。そのモデルに設定していた特殊能力も程度はあるが使えるようになるらしい。動画でしか見たことないけど。

 モデルが意思と人格を持って独立するなんて話は聞いたこともない。


「私も昨日配信が終わったら、突然モデルが使えなくなってて……」

「当然ですわ。わたくしはあなたのような方と活動したくありませんから」


 白鶴ちゃんのきつい視線に野呂さんは「うぅ……」と怯えながら縮こまってしまった。

 美々さんがどうして意思と人格を持って現実に出てきてしまったかは一度置いておいた方がよさそうだ。


「どうして白——じゃない美々さんは野呂さんのことをそんなに嫌ってるんですか?」

「嫌うのは当然ですわ。わたくしの愛しい人をいじめていたのですから!」

「うっ……」


 野呂さんが気まずそうに視線を逸らした。

 ああ……。そういうことか。

 今だになぜ俺に好意を寄せているかは謎だけど。野呂さんを嫌う理由は納得だ。


「なるほど、わかりました」


 これは根の深い問題だ。

 正直、いじめられている身としてはすごく苦しい。

 だけど、野呂さんから直接的な被害は受けていない。

 それにこのまま白鶴ちゃんの配信を見られなくなるのはつらい。

 そう伝えようとした時だった。


「本当にごめんなさい!」


 今まで視線を逸らしていた野呂さんが覚悟を決めたように俺と真正面から向き合う。そして土下座をした。


「でも野呂さんから直接は何もされてませんよ」

「私はもっと早くやめるように言うべきだった、です。けどずっと怖くて言えなかった。仲野君がつらい目に遭っている時見ているだけだった。それはいじめに加担していることと同じこと、だから」


 そこは意見が別れるところだろう。

 いじめを見て見ぬふりをする。もし止めようと行動したら自分にターゲットが移るなんてことはよく聞く話だ。

 俺としては野呂さんを恨む気持ちは一切なかった。

 

「ん? その言い方だと、いじめをやめるように言ったんですか?」

「昨日、放課後にダンジョンで……」


 それはとても勇気がいることだっただろう。

 野呂さんの様子からして、結末も予想できてしまう。


「それでどうなったんですか?」

「配信グループからは追い出されちゃいました。絶交、されたんだと思います」


 ここにきて初めて笑顔を見せる。

 それが逆に痛々しい。


「あ、でも安心してください。私がグループを抜ける代わりに仲野君へのいじめをやめてもらうよう約束してくれましたから」


 気丈にふるまう野呂さんを見て思う。

 やっぱり彼女は被害者だ。


「僕はむしろ野呂さんを尊敬します。普通、いじめをやめるようになんて言えませんから。だから、僕は野呂さんを許します」

「わたくしはまだ納得できませんわ……。だって美都は白様をいいように使って動画配信をして、その収益を得ていたんですもの。今言ったことは本当だとは思いますが、黙って甘い汁を吸っていた事実はなくなりませんから」


 白鶴ちゃんはまだ納得がいかないようだ。

 だが、このまま二人がいがみ合うのよろしくない状況だ。

 そこで一計を案じることにした。

 

「でも実際のところ、いじめよりもっと大切でとびきり深刻な問題があります」


 野呂さんがまだ何かあるのかと身構える。

 白鶴ちゃんはうんうんと頷いている。


「僕の大大大好きな推しVtuber 美々白鶴ちゃんの配信が見れないことです!」

「「…………え?」」


 野呂さんと白鶴ちゃんがきょとんとしていた。


「今二人が喧嘩してたら配信できません。それは僕の推し活人生に多大な影響が出ます。だからいじめのことを謝るなんて心底どうでもいいので、二人はさっさと仲直りして配信をしてください」

「「ええー」」


 俺を好きだと豪語していた白鶴ちゃんも呆れていた。

 そんなにおかしいことだろうか? 推しの配信がなくなることに比べたらいじめの問題なんて屁みたいなものだ。


「あの、いじめがどうでもいいは言い過ぎではありませんか? わたくし、落ち込んでおられる白様をお慰め出来たらと思っていましたのに」

「あ、どうでもいいですから。さっさと配信に戻って。どうぞ」

「はぁ……」


 白鶴ちゃんが呆気に取れていた。

 そんな俺たち二人のやりとりを見て、初めて野呂さんがくすくすと笑った。

 俺、そんなにおかしいことを言っただろうか?


「笑う資格なんてないけど、おかしくて。あははははは。いじめより推しの配信を優先なんて。おかしすぎ! ……あ。ごめん、なさい。友達みたいな口、聞いちゃって」

「いいですよ。僕は勇気を出した野呂さんを尊敬してますから。敬語はなくていいです。そんな野呂さんと友達になれたら、僕はうれしいですから」


 野呂さんは少し頬染めて、視線を外した。今度は気まずい感じじゃなくて、単純に照れただけだろう。


「友達……。だったら私にも敬語じゃなくて、いい」

「うん。わかったよ」


 なんだか話が変な方向に行ってしまった。


「だったら、提案なんだけど。私と一緒に復讐しない?」


 

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