第3話 俺と彼女と勝手に嫁面している推し
朝。
快適な目覚めだ。
ベッドから体を起こすとそこはいつも通りの俺の部屋だ。
昨日は推しの配信を見ていた。そうしたらいきなりPCの画面の中から推しが出てきて告白してきた。
俺はどうやら疲れていたらしい。
陰キャ童貞オタクの痛々しい妄想を現実と思ってしまうくらいには。
「今日は土曜日か。学校に行かなくてもいいし、外に用事もない。今日は家でゆっくりできるな。たしか夜には白鶴ちゃんの配信もあったし」
「まぁ、それはうれしいですわ。でも今日配信するのはむずかしいかもしれません……」
「ええー。めちゃくちゃ楽しみにしてたのにー。そっか。まぁ、白鶴ちゃんにも外せない用事が突然できちゃうこともあるんだろうし。仕方ないか……」
「はい。
「そっかー。なら仕方ないなぁ。今日は我慢するかー」
「でもその分たっぷりとご奉仕いたしますので、どうか楽しみにしていてくださいね。手料理なんか振舞っちゃったりして」
そうなのか。白鶴ちゃんの手料理。どんなのかとても楽しみだ。
「………………………………………は?」
俺は今、自室のベッドの上にいる。
そして横には配信でお馴染みの白と黒の鶴をイメージした着物姿の白鶴ちゃんが俺の左腕を愛おしそうに抱きしめている。
胸が、大きな胸が当たってる!
胸の大きな人は着物が似合わないなんて誰が言った!?
裁判を起こしたら勝訴できる自信があるくらいには似合いすぎてヤバイ。
「ななななあなんなんんあななな!」
あまりの異常事態に俺はベッドから転がり落ちた。
「俺のベッドで何してるだ!?」
「一緒に添い寝をするのは夫婦だったら当然の営みでは?」
「何いきなり夫婦にまでステップアップしてんだよ!? まずは付き合って恋人からだろ!?」
「そうですわね。恋人から始めた方が楽しそうですわ。さすが白様」
「ちがう! 間違っているぞ! 今、白鶴ちゃんが俺の部屋にいること自体がおかしいんだ!」
「だめ、ですか……?」
「うっ……」
普通に考えたら不法侵入だ。
だが、白鶴ちゃんは推しだ。
黒曜石のように美しく艶のある長い黒髪。
目鼻立ちが整っているのは当然として、特に優しげな瞳が俺は好きだ。
だけど、今その瞳は悲しげに潤んでいる。
俺が白鶴ちゃんを拒絶したせいだ。
推しを拒絶? ありえない。白鶴ちゃんと一緒に生活できるなんて最高じゃないか!
「だめだだめだだめだ! 冷静に考えろ。自分の欲望に身を任せて推しや他の白鶴ちゃん推しオタクのことを考えないなんてありえない! 白鶴ちゃん推しオタクの風上にもおけない」
深呼吸をしていったん冷静になろう。
そんな時、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
「僕が出ますから。美々さんは一度待っていてください」
そう言って階段を駆け下りて、玄関に到着。
扉を開けると、そこにいたのは予想外の人物だった。
「……野呂、美都さん。どうして僕の家に……?」
「え?」
なぜか俺の家に訪ねてきた野呂さんの方も驚いている。
そして気まずそうに目線を外してきた。
俺をいじめている陽キャ動画配信グループの一員。クラスの最上位カースト。
そんな彼女がどうして俺の家に来たんだ?
「あの、違うんなら、いいんですけど……。ここに美々白鶴は来ていませんか?」
「え? どうして白鶴ちゃんのことを知ってるんですか……?」
「やっぱり来てる……。私の感覚は間違ってなかった」
野呂さんは自分の思考に没頭してぶつぶつ言ってる。
大丈夫か、この人……?
「あのー。野呂さん?」
「ひぅ。ごめんなさいごめんなさい!」
バン! と玄関の扉が閉じた。俺じゃなくて、野呂さんが閉じた。
わけがわからない。普通逆じゃない?
そして、少し扉が開く。その隙間から野呂さんがちらりと覗いてくる。
「あの」
「な、なんですか?」
「美々白鶴を返してほしい、です」
「返す? どういう意味ですか?」
「私が美々白鶴の中の人、だから。だから白鶴がいないと配信ができない、です」
美々白鶴はVtuberだ。美少女のイラストを機材で動かしてネットで配信している。当然、白鶴ちゃんを動かして配信をしている中の人がいるわけで。それが今、目の前にいる野呂美都さんということだろう。
だとしたら、今俺の部屋にいる白鶴ちゃんは誰なのか?
「なにがなんだか、わけがわからん」
とりあえず俺は白鶴ちゃんと野呂さんを会わせることにした。
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