第三章 第二節 ギアハート

私には友達と呼べる者がいない。孤児院の外の子供は私の魔眼を気持ち悪がって近付かなくなったからだ。幼かった私は自分に見えるものが他の人間には見えないことが理解できなかった。だからたまに見かけた色を纏った人について話すと、そんなものは見えないと気味悪がられたのだ。そうして私には友達ができなかった。孤児院にいた子供達が家族として接してくれていたから寂しい思いをすることはなかったが、ある日、ロイ兄さんに勧められた日本のアニメを見て以来、友達がいるということが羨ましかった。ロイ兄さんは友情の持つパワーは時として世界を変えうるほどの強さを見せると力説していた。当時の私は純粋にそれを信じ、強い憧れを持ったのだ。


ある日、買い出しを頼まれて近くのお店に買い物をしに行った帰り道。いつの間にか私の隣に立っていた少女に声をかけられた。私には特別な力がある。それを少女の言う通りに使えば望むものを用意してやると。幸か不幸か、悪意のある人間にそれほど接してこなかった私はその言葉を信じた。友達を作ることもできるのか。そう尋ねた私にその少女は微笑んで肯定した。その日から私は孤児院に戻ることはなかった。

少女につれて来られたのは薄暗く罅の入った壁が目立つ地下室だった。そこでは手足を拘束された状態でうめき声を上げる人が何人もいた。そんな光景を見れば幼い私であっても恐怖を覚える。すぐにそこから逃げ出そうとしたのだが、少女に腕を捕まれ逃げることは叶わなかった。少女はその端正な顔を歪ませて私に近付けると「お前は特別だ。このようなことはしない」と言った。それが本当だろうと嘘だろうと私に自由はない。有無を言わさぬ恐ろしい瞳を向けられた私は大人しく少女の言うことを聞くしかなかった。


それからはひたすら拘束された人たちを見るだけの仕事をさせられた。ここで彼らを監視して私の目で色を纏った人間が見えた時に少女に伝えろという。今でこそわかるが認識の魔眼を常時使えばそれだけ対価が発生していた。しかし少女から与えられる食事量は少なく、私は少しずつ衰弱していった。それでも私は黙って言われたことを繰り返す。拘束された人は毎日痛めつけられたり何らかの薬を投与されたりと非道な実験をさせられていた。正気を失っていく者、実験で命を落とす者、命を落とした後も実験体として薬を投与され続ける者、毎週のように拘束された人の顔ぶれが変わっていくのをただ震えたまま黙って見ていることしかできなかった。


そんな生活を2ヶ月ほど経った頃だろうか。少量の食事を与えられるだけで風呂もトイレもない場所に閉じ込められ、私の体と心は限界を迎えようとしていた。拘束した人間に実験を行っていた少女は急に焦って悪態を吐いた。普段はあるはずの余裕をなくし、珍しくばたばたと走り回って書類や薬をまとめると少女は私の腕を掴んで地下室から出た。慌てて地下を出ると、その出入り口を囲むように別の少女二人が立っていることに気付いた。一人は黒髪の少女で銃を構えており、もう一人は同じく黒髪だが赤いメッシュが入っている少女で鉄パイプを持っていた。腕を掴んでいた少女は私を盾にしたまますぐさま異能力を使った。今でも詳細は不明だが、当時はさらによくわからない状態でただただ怖かったのを覚えている。


二人の少女は息ぴったりな動きで異能力に対抗し、私を盾にする少女を追い詰めようとした。しかし私が急に突き飛ばされたことで銃を持った少女の動きが止まった。鉄パイプを振り回す少女がすかさず私の背後へ向かい振りかかった。しかし空振りに終わった。私を捕え続けた少女は一瞬の隙をついて逃げたのだ。その後どこへ行ったのかわからない。今でもラボでは危険な異能力者として捜索しているほどだ。


こうして再び自由を手に入れた私は少女たちによって保護されることとなった。その少女たちは今では私の師匠だ。ラボで安全に保護されることが決まり、孤児院の皆には私の失踪した理由を事実とは全く違うもので伝えた。そして異能力者の被害者であり、私自身も異能力者であることからラボ職員としての身分を得ることもできた。


過去を振り返ると、私はまともな人生を歩んではいないだろう。しかし普通ではないが幸せのある人生を送れている。それをくれたのは師匠たちだ。師匠たちはお互いのことを親友だと言って私に紹介してくれた。あぁ、友達とは、親友とは、こんなにも大きくて眩しい力を持っているのか。元々あった憧れをさらに大きくするには充分だった。


ラボで働く中でいろんな人と仕事をした。しかし友達と呼べるような気安くて信頼できる力強い関係の人には出会えなかった。師匠たちのようにお互いを完全に信頼した関係の友達は私にはできないのか。


そうやって考えているうちに事件が起こった。アリサ師匠がラボから離脱すると言って失踪したのだ。私は悪いことをするような人ではないと知っているが、アリサ師匠は最強と言ってもいい力を持った異能力者だ。そんな彼女がラボではなく国家などに雇われてしまえば大問題だ。玲子師匠がラボからの殺処分命令を破棄させていなければ、彼女は命を常に狙われるプレッシャーを感じながら生きることになっていただろう。二人は離れてしまったが、玲子師匠は今もアリサ師匠のために手を尽くしている。おそらくアリサ師匠も何か考えがあって離脱を決断し、見えないところで玲子師匠のために動いていることだろう。これほどまでに想うことができる人がいるのは軽く嫉妬するほど羨ましかった。


そんな中で現れたのがスーパーラッキーガールの中村亥吹だった。彼女は出会いからすぐ私に砕けた態度を取ってくれた。今までの他の人だったら私を恐れるか気味悪がるかの二択だった。私の目のこともすんなりと受け入れた。少し憧れていたおふざけをしたりからかったりしても、怒ったり嫌がったりするだけで完全に拒絶されるなんてことはなかった。それどころか彼女は私を信頼してくれているのが伝わってくる。


イブキはいじっぱりで負けず嫌いなところがあるが、実際は弱虫で甘えたがりな子供のような優しい女の子だ。そんなイブキがかわいくて私は好きになったのだ。私には弱くあるなんてできなかったし甘えることもできなかった。イブキは私にできないことをやれる子なんだ。そんな子と私はどうしても友達になりたかった。




目を覚ますと暗い洞窟に作られた鉄格子の中で固い地面の上に転がされていた。そうだ。私は盗賊と戦っている時に殴られて気絶したのだ。銃の弾詰まりという不運な偶然があったとはいえ、不覚を取ってしまったのは恥ずべきことだ。現代の実戦だった場合は最悪の場合あの時点で殺されていたかもしれない。とはいえこうして生きているとなれば今は脱出が先決だ。


「……誰もいないっすかね」


まずは状況の確認だ。装備していたナイフや銃、手榴弾は外されている。ここに連れてこられる時に捨てられてしまったか。いや、私が銃や手榴弾で敵の集団を吹き飛ばしたのは見ていたはずだ。盗賊が有用な武器を認識して捨てるなんてことはありえないだろう。この洞窟の中にあると考えるのが妥当か。

続いて私の身体の状況だ。殴られた頭と転がされた時にぶつけたであろう腰に痛みがあるだけで五体満足でどこにも支障はない。両手両足を縄で縛られているのは少し面倒だが、外そうと思えば外せる範囲だ。盗賊という下卑た連中に捕まったという時点で既に慰み者にされているかと思っていたがそのような様子も見られない。連中は本当に奴隷として私を良い状態で売るつもりなのだろうか。もしかすると私が意識を取り戻してから一方的に嬲るつもりだったのかもしれない。何にせよ現状で何もされていないのなら問題はない。

最後に周囲の確認だ。洞窟の壁に松明がかけられているだけで、外からの光は入ってきていない。相当深い洞窟なのだろうか。よく見るとツルハシのようなものがそこかしこに落ちている。廃鉱山、廃炭鉱といったところか。目の前の鉄格子はしっかりした作りのようで鍵がなければ開けることは難しいだろう。同じような鉄格子が見えることから他にも誰かが捕まっているかもしれない。脱出の際には必ず確認しなくては。


一通り確認を終えた私は縛られている手足をどうにかするために関節を外す準備をする。実際に関節を外すのは師匠との訓練以来だ。おそらく当時よりも痛みを感じやすくなっているだろう。意識しないように別のことを考えておく。


イブキは無事に逃げられただろうか。イブキのことだからおそらくエド閣下に私の捜索を頼んでいるかもしれない。ここがどこなのかわからないのが問題だが、何かをきっかけに見つけてくれることだろう。それだけ私はイブキを信じている。かっこよく盗賊を引き受けておいて捕まってしまった私をイブキはどう思うだろうか。いつものように罵倒が飛んでくるくらいなら喜んで受け入れよう。あれはイブキなりの心配だというのは理解している。しかし、イブキが私を本当に使えない奴だと判断して拒否されたら、私は耐えられないかもしれない。やっと友達になれそうな人を見つけたのに嫌われるなんていうのはショックが大きすぎる。脱出できたらまずは謝って許してもらうところから始めなければ。喧嘩したわけじゃないが謝って許してもらうってなんか友達っぽくていいじゃないか。そうやってイブキとの距離を詰めていこう。


イブキのことを考えながらだったからか、関節を外して戻す時の痛みはあまり感じなかった。縄から解放された私は改めて鉄格子をどうするか考える。長くて丈夫な金属棒があればてこを使ってこじ開けられるかもしれないが、近くにはツルハシの残骸しかない。しかも手を伸ばしたところで届く範囲にあるわけではない。手元にあるのは手足を縛っていた縄くらいのものだ。引っかければ取れるだろうか。そんなことを考えていると、暗闇から足音が近付いてくることに気付いた。


「よう嬢ちゃん。檻の中の気分はどうだ?」


「もうちょっと掃除しておいてくれたらよかったっすね。おかげで服が錆だらけっす」


近付いてきたのは今朝襲ってきた盗賊のリーダーの男とその仲間の男だった。仲間の男の手には私の装備していたナイフや銃、手榴弾が握られている。


「捕まって服の心配か。随分と肝の太い嬢ちゃんだ」


「服は女の子の鎧っすからね」


「その割には色気の無ぇもんを着てやがるな」


「これは動きやすいんすよ」


私が着ているのは迷彩柄の戦闘服だ。自衛隊員が着ているものとほとんど同じだが、私が着やすいように少し改造してある。本来ラボ職員に服装指定などはないのだが、昔お気に入りの服で任務に行ってボロボロにした経験から替えの効く戦闘服を着るようになった。おすすめしてくれたのは鈴木さんだ。


「そうかよ。んなくだらねぇことを話に来たんじゃねぇのはわかるな?」


リーダーの男は仲間の男が持っていた私のナイフを引き抜くと私に向ける。


紫電の閃光イグニッションを捕まえられなかった代わりにおもしれぇおもちゃを持った女を捕まえられたのは嬉しい誤算ってやつだったな」


「そのせっかくのおもちゃをブンブン振り回してちゃ壊しちゃうっすよ?」


「そんな簡単に壊れるような代物には見えねぇなぁ?これはどこで手に入れたんだ?」


本題はこれだろう。私が地球から持ち込んだものはこの世界からすると数世紀先の文明で作られたものだ。ナイフはともかく、銃や手榴弾はこの世界で作るとなるとかなりの職人が一点もので作るくらいのことをしないと難しいだろう。


「さあ?どこだったか忘れたっすね」


「大人しく言わねぇと嬢ちゃんの大事な服を引き裂いた後、体にナイフをぶちこんでやってもいいんだぜぇ?」


男たちが気色の悪い笑みを浮かべる。こんなセクハラを受けたのは初めてだ。しかし映画で売り言葉に買い言葉の応酬を見てきた私にそんなものは通用しない。


「あんたらのナイフじゃ体どころか服に穴も開けられないっすよ。まずは自分のナイフを鞘から抜くところから始めるといいっす」


「こっ、このアマッ……!」


「この程度のことでキレるなんてどうしたんすか?もしかして図星っすか?」


男たちは顔を真っ赤にして睨みつけてくる。相手が怒ってしまえばレスバは負けない。私は任務の無い時、掲示板で三日三晩争い続けたこともあるインターネットレスバトラーだ。地球だろうと異世界だろうとおっさんの怒りの沸点が低いのは同じことだ。


「どうやら死にてぇみてぇだなぁ!?すんなり話せば陵辱程度で済ませてやろうと思ってたが気が変わったぜ!」


リーダーの男はナイフを仲間の男に返し、今度は銃を手に取った。


「嬢ちゃんはこのよくわからん魔道具で俺たちの仲間を何人もやってくれたよなぁ?同じ方法で殺してやるから感謝しなぁ!」


男は銃をおぼつかない手つきで私に向ける。おそらく戦った時の私の見様見真似なのだろう。どれだけ私に向けて引き金を引いたとしても撃てないということに気付いていないのだ。私が最後に撃った時に弾詰まりを起こしてしまった以上、次弾が装填されていない状態だ。しっかりと弾詰まりを解消して再装填しなくては撃てるはずがない。それどころかちゃんと使い方を理解していないのか、引き金に指すらかかっていない。あまりに滑稽なその姿を見て笑いが出そうだった。


「はぁ……使い方のわからない獲物で相手を脅すとか呆れて物も言えないっすね」


「お前がこうして使っていたのは見てたんだぞ!出まかせを言ってんじゃねぇ!」


「ふわぁ……どうぞご自由にするっすよ」


私はあくびをしてリーダーにやってみるように促してやる。するとリーダーは赤くなった顔をさらに赤くしながら銃に力を込めている。認識の魔眼を発動して見てみると、リーダーからわずかに魔力の反応が出ていた。魔道具と勘違いしているからか、魔力で動いて撃つと思っているようだ。あまりにも何も起きないことで業を煮やしたのか、ついには銃を上下に振り始めた。何がしたいんだこいつは。


「あれぇ?私を殺すんじゃなかったっすかぁ?」


「な、なぜだ……なぜ発動しない……!?」


「それは私にしか使えないように作られてるからっすねぇ」


面白くなって本当に出まかせを言ってみた。使い方を知っているのが私だけだから私にしか使えないという意味なら嘘じゃない。


「なんだと!?そんな高度な魔術までかかっているのか!?」


「エド学長……エードゥアルト様ならすぐ使えるようになるっすかね」


「魔法使いでないと解除できないというのか!?ふざけた魔道具だ!」


スライドとか引き金の仕組みにすぐ気付いていじっていた人ならすぐ使えるだろうなというただの感想だ。それでこんなに怒っているのは馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

そろそろ終わりにしてやるとしよう。


「使わないなら返してほしいっすね。こんな風に!」


私は鉄格子に近付いてリーダーの手にあった銃を一瞬で奪い取った。正しく握っていない者から銃を取り返すなど鉄格子越しであっても余裕であった。


「このアマァ!何をしてやがる!」


「ちゃんと握ってないからっす。これはこうやって使うっすよ」


そう言って銃からマガジンを抜くとスライドを引いて弾詰まりを解消する。そして再びマガジンを入れるとまたスライドを引いた。これでまた撃てるようになったというわけだ。


「なっ……!」


「銃っていうのは複雑なようで手順としては簡単なものなんすよね。さあ、死にたくなければ鍵を開けろっす」


銃を向けてやるとリーダーは一歩後ずさった。しかしリーダーを張っているだけあって、なかなか往生際の悪い男であった。


「へっ!いいのか?俺たちにはまだこれがあるんだぜ?」


そう言ってリーダーは仲間の方を指さす。仲間の男は手榴弾のピンに指をかけてニヤニヤと笑っていた。


「ちっ、そっちはちゃんと使い方を見てるっすね」


「嬢ちゃんが小せぇ鉄の棒を抜いてから投げたもんが爆発したのには驚いたぜぇ!しっかり目に焼きついてるくらいな!」


私がこの二人を撃って殺したとしても、手榴弾のピンを抜かれてしまっていれば私もただでは済まない。本人たちは理解していないかもしれないが、自爆覚悟の相手は銃での対処が難しくなる。こうして銃を向ける私と手榴弾を見せて牽制する盗賊たちの膠着状態が出来上がってしまった。しかし幸運の女神は私に微笑んだようだ。


かしら!侵入者だ!見たこともねぇ魔法で見張りがやられちまった!」

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