第31話 一番になって

 うちの学校の体育祭は、家族も見学に来れるけど、校内のどこにでも入ってこれたら、さすがに安全性の問題があるみたい。


 家族の応援場所とそれ以外ではネットで区切られていて、応援に来た人たちは、それを超えちゃダメ。

 ただし生徒は、自由にネットを超えて家族のところに行けるようになっていた。


「俺、これから日向たちのところに行くけど、坂部はどうする?」

「えっ? えぇっと……」


 いくつかの競技が終わって、実行委員の仕事も一段落ついたところで、吉野くんが聞いてくる。

 私だってもちろんみんなのところには行きたいし、これを逃したら、また実行委員や競技で、ゆっくりできるのはしばらく先になりそうだから、行くなら今がいい。


 だけどそれって、吉野くんと一緒に行くってことだよね。

 どうしよう。

 もちろん、吉野くんと一緒が嫌だってわけじゃないよ。ただ、さっきあんな話をして、続きはまた後でって状態なんだよ。

 どうしたらいいかさっぱりわかんなくて、心臓がバクバク鳴っている。


「悪い。あんな話した後だってのに、俺と一緒だと、緊張するし困るよな」

「えっ?」

「じゃあ、俺は時間ずらすから、行きたかったら一人で先に」

「ちょっ、ちょっと待って!」


 一人で答えを出して、勝手に離れて行こうとするもんだから、慌ててそれを引き止める。

 けど、その時思わず、吉野くんの手を握っちゃった。


 その瞬間、吉野くんの体がビクンと揺れる。

 目を見開いて私を見ていて、顔は赤くなっていた。


「よ、吉野くん?」

「悪い。緊張してるのは、俺の方かも」


 吉野くんが緊張!?

 なんだか全然そんなイメージ湧かないけど、今の表情を見たら、そうなんだって納得しちゃう。

 それに、その気持ちわかるよ。私だって、すっごく緊張してるから。


 で、でも、だからって無理に別々に行動することないんじゃないの。


「わ、私も緊張してるけどさ、吉野くんと一緒なの、嫌でも困ってもいないからさ。行こうよ、みんなのところに」

「いいのか?」

「うん!」


 心臓は、相変わらずバクバク。

 だけどそれを気にしすぎて、やりたいこともできないんじゃ、すごくもったいないから。


 それと、もうひとつ。


「それに、ここで悩んでばっかりいたら、会いに行く時間がなくなっちゃうよ」

「…………それは、そうだな」


 吉野くんも、これには大いに納得したみたい。

 結局、二人でネットで仕切られた向こう側の、みんながいるところに向かっていく。


 私たちがやってきたのに真っ先に気づいたのは、たっくんと日向ちゃんだった。


「あっ、知世お姉ちゃんだ!」

「お兄ちゃーん!」


 相変わらず可愛い。相変わらず天使。

 飛び跳ねて迎えてくれたたっくんの頭を、思わず撫でる。


 家族の前では、吉野くんとのあれこれは顔に出さないようにしなきゃ。あんなことになってるなんて知られるの、恥ずかしすぎて無理。

 なんて思ってたけど、たっくんや日向ちゃんの可愛さパワーのおかげで、十分気は紛れそう。


 吉野くんも、懐いてくる日向ちゃんを嬉しそうに抱っこしていた。

 さっき、学校での自分のイメージがって言ってたからか、いつもみたいな甘ーい猫なで声で話したりこそしないけど、日向ちゃん大好きってオーラは十分に出てると思う。


 って言うか、この二人がそろって応援してくれるなんて、最高なんだけど。


「ねえ、お姉ちゃん。二人が応援してるところ、しっかり写真に撮っておいて」

「いやいや、写真撮るなら、応援されるあなた達の方でしょ」

「そんなのよりも二人だよ。絶対だからね!」


 私のお願いにツッコミを入れるお姉ちゃんだけど、自分の写真よりもよっぽど嬉しいから。


「それよりあなた達、出るのはどの競技だっけ? たっくんも日向ちゃんも、さっきから教えて教えてって何度も聞いてくるのよ」


 そういえば、全部しっかりとは話していなかったっけ。

 って言っても、私たちが出る競技はそんなに多くない。ただでさえ実行委員で忙しいから、その分出る競技は少なくして楽したいって思ったから。


「この、全校生徒によるダンスでしょ。それから私は騎馬戦に出るけど、上に乗るんじゃなくて馬なんだよね」


 どれもこれも、目立たないどころか、もしかすると見つけられずに終わるかも。

 これじゃ、応援し甲斐がなさそう。


「あっ。でも、実行委員対抗リレーがあるか」


 私や吉野くんや、他の実行委員の人たちが、それぞれの組に分かれての対抗リレー。

 ただでさえ忙しいのにそんなことしなきゃならないのって、実行委員に選ばれた人たちからはなかなか評判の悪い競技だけど、これなら目立てるし、応援も盛り上がるかも。


「おぉっ、いいね。たっくん、日向ちゃん、聞いた? 二人とも、リレーに出るんだって」

「リレー?」

「そう。かけっこして、次に走る人にバトンを渡していくやつ」


 お姉ちゃんから話を聞いて、たっくんや日向ちゃんも、ワクワクしてきたみたい。

 キラキラした目で、こっちを見てくる。


「すごーい!」

「一番になってね!」


 えっ、一番? それは、できるかな?


 私は運動オンチってわけじゃないけど、だからって特別得意ってわけでもない。一番は難しいかも。


 だけど、たっくんと日向ちゃんが、キラキラした目で見つめてくる。


「知世お姉ちゃん、頑張って!」

「たくさん応援するね!」


 純粋な眼差しが眩しい!

 これは、とても一番は無理なんて言えない。


「う、うん。お姉ちゃん頑張るから、応援よろしくね」


 そう言うと、それを見ていた吉野くんはそれがおかしかったのか、吹き出しそうになるのを必死でこらえてた。


「わかった、一番だな。まかせとけ」


 ああ、約束しちゃった。

 これは、全力で頑張らないと。

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