第32話 リレーは大波乱

 一番になる。

 たっくんや日向ちゃんの純粋無垢なオーラに押されて約束しちゃった実行委員対抗リレーも、いよいよ本番。

 グランドのレーンにはそれぞれの組の第1走者が並んで、スタートの合図と共に一斉にスタートする。


「頑張れーっ!」


 他の生徒たちや保護者の応援席から、声援が飛ぶ。

 たっくんや日向ちゃんも応援してるかな?

 そう思うと、自然と体に力が入る。


「俺たちの出番は最後の方だろ。それまでは、リラックスしていた方がいいぞ」

「だって、吉野くんは足速いから余裕かもしれないけど、私は普通レベルだよ。あんな約束したからには恥ずかしいとこ見せられないし、緊張するよ」

「俺だって緊張はしてるぞ。なにしろアンカーだからな」


 そう。うちの組の場合、このリレーの走者はくじ引きで決めたんだけど、その結果吉野くんはなんとアンカーに選ばれたの。そして私は、そのひとつ前。勝負を決める、大事なポジション。

 そもそも実行委員になったのだってくじ引きで決まったんだし、私たちのくじ運、色々すごい。


「けどまあ、俺たちでも活躍できるチャンスはあるぞ。他のやつらも、特別速いってわけじゃないからな」


 たしかに。実行委員の人たちって、私たちと同じように、くじ引きや成り行きでなった人が多いんだよね。

 みんな特別運動神経がいいってわけじゃないし、中には手を抜いて走ろうって人もいそう。

 それなら、私でもがんばれば一番になれるかも。


 もちろん、リレーだから私たち以外のランナーの結果が大きく関わってくるけど、今のところどの組も大差なく、ほとんど横一線。そうしていくうちに次々とバトンが渡されていって、私の走る順番が近づいてきた。


「頑張れよ」


 吉野くんにも応援されて、レーンに立つ。

 走ってくるランナーの人たちを見ると、私の組の人が、他より一歩前に出ていた。つまり、一位だ。

 これは、ますます嬉しい状況。


 一位のままバトンを受け取り駆け出すと、応援席から歓声が上がる。

 たっくんや日向ちゃん、見てるかな?

 そのまま全力で走って、誰にも追い抜かれないままコーナーを回る。

 これは、イケそう!


 少し先に、アンカーである吉野くんが構えているのが見えた。

 もう少し。もう少しで、一位のままバトンを渡せる。


 だけど、気持ちが焦りすぎていたのかもしれない。

 最後の直線に入って、ラストスパートをかけたところで、急に足がもつれる。


「うわっ!」


 体勢を立て直そうとしたけど、遅かった。

 吉野くんにバトンを渡すほんの少し前で、地面に向かって大きく転倒してしまった。


「痛っ!」


 思わず声をあげるけど、そんなこと言ってる場合じゃない。

 倒れている私を避けて、後ろにいたランナーが、次々と走り抜けていく。

 あっという間に、ビリになる。


「いけない!」


 慌てて起き上がって走り出す。足が痛むけど、そんなの気にしてられない。

 けど遅れを取り戻すには程遠くて、結局ビリのまま、吉野くんに向かってバトンを伸ばす。


「ご、ごめん!」


 せっかく応援してもらったのに、吉野くんだって一番になるって約束してたのに、このままじゃ私のせいで酷い結果になっちゃう。


 なのに、どうしてだろう。

 バトンを受け取る瞬間、吉野くんに焦った様子は少しもなくて、まるで私を安心させるように笑ってみせた。


「大丈夫だ。あとは任せろ」


 ただ一言、それだけ言って全速力で走り出す。

 背中が、あっという間に遠ざかる。

 そして、前を走っているランナーを、一人また一人と追い抜いていった。


 吉野くん。スポーツが得意ってのは知ってたけど、走るのこんなに早かったんだ。


 一気に追い上げていくのを見て、応援している人たちから、今まで以上に大きな歓声が飛ぶ。


 吉野くんの順位は二位にまで上がって、いよいよトップの選手のすぐ後ろに迫っていた。

 だけどもうゴールは目前。追い越せるかどうかはギリギリだった。


 歓声が、さらに大きくなる。

 私も、足が痛いのを忘れて、思いっきり叫んだ。


「吉野くん! 頑張ってーっ!」


 そしてゴールラインを超える直前、吉野くんが追い抜いぬいた。

 そのまま、一着でゴールする。


「やった! すごいすごい!」


 まさか、あれから一位でゴールできるなんて。

 劇的な逆転勝利に、グラウンドの至る所から、今日一番の拍手が贈られた。


 そんな吉野くんは、ゴールしてすぐ、私の方に向かってやってくる。


「すごいよ吉野くん!」

「任せろって言っただろ。それより、足は大丈夫か?」

「えっ、足?────痛っ!」


 言われて、足にズキリと痛みが走る。

 本当はさっきからずっと痛んでたんだろうけど、吉野くんの活躍に興奮して、感じなくなってたみたい。

 だけど、今はもう無理。


「保健室、行った方がいいかも」

「歩いて行けそうか?」

「多分……」


 痛いって言っても歩けなくなるくらいじゃないし、足を引きずって行けば大丈夫。

 少し、時間はかかりそうだけどね。

 だけど次の瞬間、私の体がフッと宙に浮く。


「えっ? えっ? えぇぇぇっ!」


 吉野くんが、私を抱え上げていた。

 いわゆる、お姫様抱っこって状態で。


「よ、吉野くん!? だから、歩いて行けるって!」

「けど、痛むんだろ。それなら、俺が運んで行った方がいい。ケガ人の対応も、実行委員の仕事のひとつだっただろ」

「そ、そうだけど!」


 全校生徒。それに家族もいる中でお姫様抱っこって、すっごく恥ずかしいんだけど!

 お姉ちゃんたち、これ見てなんて思うかな?


「どうしても嫌だって言うならやめるけど、俺としては心配だから、このまま連れていきたい。どうする?」

「うぅ……」


 ズルいよ。そんな言い方されたら、やめてなんて言えないじゃない。


「お、お願いします」


 やっとの思いでそう言うと、吉野くんはそのまま私を抱えて、グラウンドから校舎へと向かっていく。


 それを見た人たちは、さっきまでとは別の意味で、大きな歓声をあげていた。

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