第28話 何を言ってるの?

 吉野くんの背中で、日向ちゃんがスヤスヤと寝息を立てている。


 あれから日向ちゃんが落ち着くまで待っていようとしたら、日向ちゃん、そのまま泣き疲れて寝ちゃったんだよね。

 それを吉野くんがおんぶして、みんなで一緒に吉野くんの家に向かう。


 すっかり涼しくなった夜風が、なんだか心地よかった。


「ありがとな」


 不意に、本当になんの前触れもなく、吉野くんが呟く。


「坂部がいてくれなかったら、日向をみつけられないままだったかもしれないし、あんなことした理由も、坂部が教えてくれなきゃ知らないままだったかもしれない」

「そんな、たまたまだよ。私がやりたいと思ってやっただけだから。日向ちゃんのこと心配だったし、ケンカの理由、吉野くんにはちゃんと知っててほしいなって思ったから」


 もちろん、どんな理由があっても、誰かを叩くのは悪いこと。

 だけど、これを吉野くんが知ってるか知らないかでは、きっと全然違う。


「坂部。前に、小さい頃はあの姉さんに面倒見てもらってたって言ってたけど、うちと似たような事情だったんだな」

「うん。その頃はお父さんも忙しかったから、その分お姉ちゃんにたくさん甘えてたんだ。日向ちゃんが、吉野くんにやってるみたいに」


 だから、日向ちゃんの気持ちがわかる。

 なんてのはさすがに言い過ぎかもしれないけど、力になりたい、放っておけないって思ったんだ。


「坂部がいてくれてよかった。本当、ありがとな」

「だ、だからそれは……」


 こう何度もお礼を言われると、なんて答えたらいいのかわかんなくなっちゃう。

 嬉しくないわけじゃないよ。むしろ、すっごく嬉しい。

 ただ、好きな人からこう何度もありがとうって言われると、嬉しすぎてどうにかなっちゃいそう。


「よ、吉野くんだって、私のこと、たくさん助けてくれたじゃない。ほら、草野さん達のこととか」

「あれは、半分は俺が原因みたいなものだろ」

「そんなことないよ。それに助けてもらっただけじゃなくて、あれからずっと彼氏のふりだってしてもらってるでしょ」


 吉野くんが彼氏のふりなんてしてくれなかったら、今でも色んなトラブルに巻き込まれてたかもしれない。

 助けてもらっているのは、私だって同じなんだから。

 すると吉野くんは、少しの間黙り込んだ後、ポツリと呟く。


「彼氏のふり、か……」


 それからまた黙り込んで、沈黙の時が訪れる。


 あれ? もしかして、いい加減疲れたとか、もうやめたいとか思ってる?

 好きでもない人と付き合ってるふりなんて普通に大変だから、ありえるかも。


「別に、ふりじゃなくてもいいんだけどな」


 …………えっ?


「ふりじゃなくて、本当に付き合ってもいい。って言うか、そうなりたい」


 …………えっ? えっ? えぇっ?


 吉野くん、いったい何を言ってるの?

 言葉の意味がわからず、ううん、なんとなくわかりはするんだけど、あまりにも想像できないことを言われてるもんだから、頭の中が真っ白になる。


「ど、どういうこと?」

「坂部と、本当に付き合いたいってこと」


 私を見つめる吉野くんの表情は、真剣そのもの。

 視線が合った瞬間、ドクンと心臓が大きく跳ねた。


「つ、付き合いたいって、なんで!?」

「そんなの、好きだからに決まってるだろ」


 言い放たれたその言葉は、今まで聞いてきたどれよりも、すごくすごく甘く感じた。

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