第27話 ケンカの理由

 目を開いた日向ちゃんは、最初、ここがどこだかわかってないみたいで、キョトンとしていた。

 だけど吉野くんを見て、何があったか思い出したんだろう。

 急に、火がついたように叫び出した。


「やーっ!」

「うわっ! 日向!」


 吉野くんの手を振り払うように暴れたかと思うと、背中を向けてうずくまる。

 逃げ出したりはしなかったけど、まだまだ嫌な気持ちはなくなっていないみたいだ。


「日向。日向の話を聞かなかったのは、俺が悪かった。けど、日向がいなくなって、父さんたちも心配してる。一緒に帰ろう」


 吉野くんが声をかけるけど、振り向きもしない。


 どうしよう。

 吉野くんが日向ちゃんを抱えて、強引に家に連れて帰ることはできると思う。

 けどそれじゃ、日向ちゃんの気持ちは晴れないまま。

 吉野くんもそれがわかってるから、力ずくでなんとかしようとはしてないんだよね。


 なら私も、できることをやらないと。

 しゃがみ込んで、日向ちゃんと同じくらいの目線になって、言う。


「ねえ、日向ちゃん。私、たっくんから聞いたんだ。日向ちゃんが、どうしてケンカしたのか」


 これを話すなら、今しかないって思った。

 日向ちゃんは、相変わらずこっちに背を向けたまま。だけど驚いたように、ビクリと肩を大きく震わせた。


「日向ちゃん。吉野くんを待ってる時に、言われたんだって。いつもお兄ちゃんしか迎えに来ないなんて、変だって」


 また、日向ちゃんの肩が、何度か揺れる。

 背中を向けていても、泣いてるんだったのがわかる。


 一方、それを聞いた吉野くんは、すごく驚いていた。


「俺しか迎えに来れないの、そんなに嫌だったか? 父さん。それか、母さんが迎えに来た方がよかったか?」


 吉野くんの声は、少しだけ震えてる。

 日向ちゃんが、そんな風に言われたこと。それが、喧嘩をするくらい嫌だったことが、すごくショックだったんだろう。


 けど多分、吉野くんは思い違いをしてる。

 日向ちゃんは、いつも吉野くんしか迎えに来ないのが嫌なんじゃない。

 きっと、その逆だ。


「日向ちゃんは、お兄ちゃんのことが大好きだから怒ったんだよね。変だって言われたのが、嫌だったんだよね」


 少しだけ、日向ちゃんが振り返って、こっちを向く。

 やっぱり、そうだったんだ。

 吉野くんは日向ちゃんのことが大好きで、日向ちゃんだって、吉野くんのことが大好き。なら、あんなこと言われて怒る理由なんて、それしかない。


 そんなの、二人を見てたらすぐにわかる。

 それに私は、そんな日向ちゃんの気持ちも、少しだけわかった。

 だって、日向ちゃんと私は似てたから。


「私もね、小さいころお母さんが亡くなったんの。その頃、お父さんはお仕事で忙しくて、お姉ちゃんがたくさん面倒見てくれたんだ。日向ちゃんのお兄ちゃんが、日向ちゃんのこと、たくさん可愛がってるみたいに」


 これには、吉野くんも息を飲む。

 私のお母さんが亡くなったことは、吉野くんにもまだ話してなかったからね。


 お母さんがいないこと、ちっとも寂しくなかったわけじゃない。けど私には、お姉ちゃんがいてくれた。たくさん面倒見てくれて、たくさん可愛がってくれた。

 小さい頃、保育園に通っていた時は、いつもお姉ちゃんが迎えに来てくれていた。


 私は今でもお姉ちゃんが大好きで、たっくんに夢中になったのだって、最初は、私もそんなお姉ちゃんみたいになりたいからだった。


 日向ちゃんの境遇は、そんな私とちょっと似ていて、だからわかる。


 わたしも昔、お父さんやお母さんじゃなく、お姉ちゃんに面倒見てもらうのを変だって言われて、すごく嫌な気持ちになったんだ。

 けど、だからこそ言える。


「いつもお兄ちゃんが日向ちゃんを迎えに来るのは、ちっとも変なことじゃないよ。日向ちゃんは、お兄ちゃんが迎えに来るの、嫌?」


 そのとたん、日向ちゃんは、首を大きく横にふった。そんなことないって全力で言ってるみたいに、何度も激しく横にふる。


 そうして、大粒の涙をボロボロ零しながら、吉野くんを見た。


 そんな日向ちゃんを、吉野くんはギュッと抱きしめる。

 抱きしめて、何度も何度も背中をさすって、頭を撫でる。


「日向。ちゃんと話聞いてやれなくて、ごめんな。俺のこと、そんなに大事に思ってくれて、ありがとな」


 日向ちゃんは相変わらずしゃくりあげたまま、言葉なんて出せなかったけど、そんなの必要ないのかもしれない。

 吉野くんに抱きしめられた日向ちゃんは、泣いているけど、とても嬉しそうだったから。

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