第25話 いなくなった

 家に帰って、お父さんが晩御飯の支度をしている間、たっくんと一緒に遊ぶ。


 だけどいつもは楽しいはずのこの時間も、さっきの出来事が引っかかって、モヤモヤした気持ちになってくる。

 たっくんも、なんだかいつもより元気がないように見えた。


「ねえ、たっくん。日向ちゃんとけんくんがどうしてケンカしたのか、たっくんは知ってる?」


 日向ちゃんもけんくんもよそのうちの子だし、本当なら軽々しく首を突っ込んじゃいけないのかもしれない。

 だけど、日向ちゃんがなんの理由もなしに誰かを叩くなんて思えなかったし、事情があるなら知りたかった。


「あのね。僕が知世ちゃん待ってたら、けんくんが変って言って日向ちゃんが怒ったの」


 うーん、全然わかんない。

 たっくんくらいの歳の子だと、何かを説明する時、話の順序がバラバラだったり、大事なところが抜けてたりすることがあるんだよね。


 そういう時大事なのは、決して答えを急がず、ゆっくり根気強く話を聞くこと。


 わからないところをひとつひとつ質問しながら、少しずつ、たっくんが何を言っているのか探っていく。

 そうしていくうちに、しだいに、何があったのかが見えてきた。


「そうか。だから日向ちゃんは、あんなことしたんだ」


 たっくんから話を聞き終え、フーッと大きく息をつく。


 このこと、吉野くんは知っているのかな?

 日向ちゃんから、ちゃんと話を聞いたのかな?


 もちろん、どんな理由があったって、手をあげるのはよくないこと。そんなのはわかってる。

 だけど今の話を聞いて、吉野くんにはちゃんと知ってほしいって思った。


 スマホを取り出し、吉野くんに電話をかける。

 何回かのコール音が鳴って、吉野くんの声が聞こえてきた。


「坂部か?」

「うん。急に電話してごめんね。今から話して大丈夫?」


 お願いだから聞いてほしい。そう思って尋ねたけど、返ってきたのは断りの言葉だった。


「悪い。今は、聞けそうにない。日向が、いなくなったんだ」

「えっ……?」


 スマホ越しに聞こえてくる吉野くんの声は、固くて緊張していて、酷く不安そう。

 不安になったのは、私も同じだ。


「いなくなったって、どういうこと? 日向ちゃん、何があったの?」

「日向のやつ、家に帰った後もずっとむくれてたから、一度そっとさせておこうと思って一人にさせてたんだ。それから様子を見に行ったら、いなくなってた」

「そんな!」


 それって、家出みたいなものなのかも。


「そういうわけだから、悪い。今から、日向を探さないと」

「うん。ごめんね、こんな時に電話して」


 電話を切ると、体中から嫌な汗が流れてくる。

 ケンカの理由について話すことはできなかったけど、とてもそんなこと言ってる場合じゃない。


 家出って言っても、小さい子だから、そんなに遠くに行けるとは思えない。だけど外を見ると、もうすっかり暗くなっていて、とても一人で外に出て安心って時間じゃなくなっていた。


「知世ちゃん、どうしたの? 日向ちゃんは?」


 今の話を知らないたっくんが、不思議そうに首を傾げている。


「えっと……日向ちゃんとお話するの、また今度になっちゃった」


 そう言いながら、自分の声が少し震えていることに気づく。


(日向ちゃん、大丈夫だよね?)


 祈るように心の中で呟いていると、玄関でガラガラと音がして、お姉ちゃんが帰ってきた。


 お父さんも、晩御飯の準備ができたと言って私たちを呼びに来たけど、何があったか話すと、二人ともサッと顔色を変える。


「そんなことになってるの? すぐに見つかるといいんだけど」


 やっぱり、心配になるよね。

 私たちでさえこうなんだから、吉野くんはどれだけ心配してるんだろう。


 なんとか心を落ち着かせようとするけど、それとは反対に、不安はますます大きくなっていく。

 何もできないでいるのが、もどかしくなっていく。

 そして、とうとう我慢できなくなった。


「私、吉野くんの家に行ってくる」

「えっ、今から? 日向ちゃん、一緒に探すつもりなの?」


 驚くお姉ちゃんだけど、そのつもり。

 吉野くん、きっと今ごろ必死になって探しているだろうし、探すなら少しでも数が多い方がいい。


 吉野くんのうちなら、この前みんなで遊園地に行った時車で迎えに行ってるから、どこにあるかは知っていた。


「けど、もう暗くなってるし、大丈夫か? なんなら、父さんが代わりに探しに行こうか?」


 お父さんは、私がこんな時間に出かけるのが心配みたいで、いい顔はしない。

 私だって、普通ならそんなことしないけど、それでも今は、日向ちゃんのことが気がかりだった。


「お父さんは、日向ちゃんと会ったことないでしょ。私なら何度かあってるし遊んだこともあるから、探すなら私の方が絶対にいいって」

「それは、そうだけど……」


 お父さんはまだ心配しているようだったけど、私を見て、止めるのは無理だって思ったみたい。


「その男の子、吉野くんだったね。探す時は、その子か、でなくても他の誰かの近くで一緒に探すこと。それは絶対に守るように」

「うん。わかった!」


 そうと決まれば、モタモタしてられない。

 そうして私は、すぐに家を飛び出して行った。

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