第24話 何があったの?
久瀬先生、吉野くんに、いったい何の話があるんだろう。
気になったけど、私も一緒にそれを聞くってわけにはいかなくて、吉野くんより一足先に、たっくんや日向ちゃんのいるクラスに向かう。
いつもなら、待ってる間二人一緒に遊んでいて、私や吉野くんが来るとすぐに駆け寄ってくる。
だけど今日やってきたのは、たっくん一人だった。
「たっくん。日向ちゃんは一緒じゃないの?」
「日向ちゃんはあっち」
たっくんが指さしたのは、部屋のすみっこ。
日向ちゃんはそこで一人、こっちに背中を向けてうずくまっていた。
「日向ちゃん?」
名前を呼んでも返事はなくて、まるで私の声なんて聞こえてないみたい。
もう一度名前を呼んだけど、結果は同じ。
「ねえ、たっくん。日向ちゃん、いったいどうしたの?」
「あのね、けんくんとケンカしたの」
ケンカ?
穏やかじゃない言葉に眉をひそめると、部屋の中に、さらに数人入ってきた。
吉野くんに、久瀬先生。それに男の子と、そのお母さんっぽい人。
その全員が全員、落ち込んでいたりムスッとしていたり、あまり良くない表情を浮かべている。
「吉野くん、何があったの? 日向ちゃん、ケンカしたって聞いたけど……」
聞いてみると、吉野くんは浮かない顔のまま、一緒に入ってきた男の子を見る。
よく見るとその子のほっぺたは、うっすら腫れ上がっていた。この子が、日向ちゃんとケンカしたっていう、けんくんなのかな。
「日向が、この子を叩いたんだよ」
「日向ちゃんが?」
驚いて日向ちゃんを見ると、吉野くんの声が聞こえたからか、ようやくこっちを振り向いてくれた。
そしたらその顔には涙の後があって、目は真っ赤になっていて、ほんの少し前まで泣いてたってのがすぐにわかった。
そして日向ちゃんのほっぺたも、男の子と同じように腫れ上がっていた。
「手を挙げたのは二人ともだし、どっちが悪いってわけじゃ……」
久瀬先生はそう言うけど、全部言い終わる前に、男の子のお母さんがかん高い声をあげた。
「先に手を出したのはその子でしょ!」
日向ちゃんがビクッと震えるけど、その人の剣幕は収まらない。睨みつけるように、吉野くんを見る。
「あなた、この子のお兄さんよね。親はどうしてるの?」
「父は仕事で忙しいので、普段は俺が迎えにきています」
「ああ。そういえば、そんな子がいるって聞いたことあったわね。じゃあ、普段もこの子の面倒はあなたが見てるの?」
「そういうことも多いです」
吉野くんがそう言うと、その人は大きく顔をしかめる。
「子どもが子どもの面倒見てるなんて、まともにならないのも当然ね」
えっ?
どうしてそんなこと言うの?
いくらなんでも、そんな言い方することないじゃない。
「あの。それは言い過ぎなんじゃ──」
「坂部、いいから!」
たまらず声をあげるけど、その言葉は、吉野くんに遮られる。
「日向が先に手を出したなら、まずはそれを謝らないと」
吉野くんは、さっき言われたことには何の反論もしない。
ただ、悔しそうにギュッと手を握っていた。
けど、本当にそうなのかな?
子どもが子どもの面倒見てるなんて。その言葉が、胸に響く。ずっと昔にあった、嫌な記憶が蘇る。
先に手を出したこと、怒るのも謝るのも当然かもしれない。けど、だからって言っていいことと悪いことがある。
そう思うのは、私が昔、あんなことがあったからなのかな。
だけどここには、私以上に納得できてない子がいた。
日向ちゃんだ。
「私、悪くないもん!」
もしかすると日向ちゃんは、吉野くんなら味方になってくれるって思ったのかもしれない。
吉野くんにしがみついて、訴えるように、悪くないって言い続ける。
「日向。お前が先に叩いたのは本当か?」
吉野くんがそう言ったとたん、日向ちゃんの声がピタリと止まる。
「それなら、ちゃんと謝らなきゃダメだ。わかるな」
謝るのが嫌なのか、吉野くんが味方になってくれなかったのが嫌なのか、日向ちゃんは涙をボロボロ流しながら、何度もしゃくり上げる。
吉野くんは、そんな日向ちゃんから、けんくんやそのお母さんに向き直ると、そのまま深く頭を下げた。
「日向が手を挙げてしまって、すみませんでした」
けんくんのお母さんも、それ以上責めるようなことは言ってこなかったけど、けんくんも日向ちゃんを叩いたってことに関しても、何も言わなかった。
それから、私も吉野くんもそれぞれたっくんや日向ちゃんを連れて家に帰るけど、別れるその時まで、ずっと重い空気が漂っているような気がした。
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