日向ちゃんの大切なもの

第23話 先生からの話

 私と吉野くんは、何かと仲がいい。

 最初、そんな噂が流れてるって聞いた時は、なんでやまさかで頭がいっぱいになった。

 だって、そんなことになってるって全く自覚がなかったし、いくらなんでも騒ぎすぎだって思ったから。


 だけど、今は違う。

 登校途中、吉野くんとバッタリ会って、それから揃って教室に入ったんだけど、その途中、チラッチラッとこっちを見てくる人が何人もいることに気づく。


 学校一のモテ男子と交際宣言なんてしたら、そりゃこうなるよね。

 あれから数日。私と吉野くんがつきあってるって噂は、すっかり浸透していた。


「それじゃ、また後でな」

「うん──」


 吉野くんと別れて自分の席につくと、紫がニヤニヤしながらやって来る。


「朝から揃って登校とは、幸せいっぱいだね〜」

「ちょっと、からかわないでよ。あれ、本当は違うんだって、ちゃんと言ったじゃない」


 他の人に聞こえないよう、めいっぱい声を小さくして言う。

 実は紫にだけは、吉野くんと付き合ってるってのは嘘だって伝えたの。


 なのに、ちょくちょくこんなこと言ってくるんだよね。


「いやいや。そうは言っても吉野くん、本当は知世のこと、ちょっとは好きなのかもよ」

「まさか!?」

「だって、普通なんとも思ってない人を庇うために、付き合ってるなんて嘘はつかないでしょ。しかも、あの吉野くんがだよ。これが知世以外だったら、放っておいて終わりなんじゃないの?」

「そ、そんなこと…………ないとは言いきれないかも」


吉野くん、興味無い人にはとことん無関心だからね。


「それに吉野くん、ファンの子たちに、知世には手を出すなって、しっかり釘をさしてたじゃない」


 吉野くん、私と付き合ったことについてファンの子からあれこれ質問されることも多かったんだけど、その度に、私に余計なちょっかいは出すなって言ってくれてたの。


 紫の言う通り、そこまでしてくれてるってことは、少しは気にいってもらえてるって思ってもいいのかな?


「で、でもさ、気づかってくれてるからって、恋愛として好きかどうかはわからないじゃない!」


 吉野くん、実は私のこと好きなのかも。なんて勝手に期待して外れてたら、恥ずかしくていたたまれない。

 それに、すごくショックだ。


「期待して、違いましたなんてことになったら、心のダメージがすごいことになると思う」

「そう? けどそんな風に思うってことは、知世は吉野くんのこと、意識してるんだよね」

「うぅ……そ、そうなのかな?」


 紫の言葉に曖昧な返事をするけど、本当はわかってる。


 吉野くんと一緒にいると、ソワソワして落ち着かなくなることがある。彼女だって言われた時のことを思い出すと、ドキドキが止まらなくなる。

 それってやっぱり、そういうことだよね。


「す、好きです。意識、してます……」

「ほら、やっぱり」


 観念して本音を言うと、やっぱりって感じで紫がニヤニヤと笑う。


「あ、あのさ、紫。この話、吉野くんには絶対にしないでね。私が好きなんて知ったら、吉野くん、困るかもしれないから」

「そうかな? 別に困らないんじゃないの?」

「そんなのわかんないじゃない! だから、お願い!」

「はいはい、安心して。知世がまだ知られたくないって思ってるなら、野暮なことはしないから」


 よかった。

 私だって、いつかはこの気持ちに向き合わなきゃいけないかもって思ってるけど、今すぐじゃない。

 まだ、全然心の準備ができてないから。


 だから吉野くんと一緒にいる時も、なるべくそういうことは考えないようにしているんだけどね。

 近くにいると、そうもいかなくなる時だってあるの。










 長く続いた体育祭実行委員の仕事も、いよいよ大詰め。 何しろ体育祭本番は明日だ。

 今までしてきたたくさんの準備に、時々やってた実行委員対抗リレーの練習。

 大変だったけど、今日で最後だと思うと、少し寂しい。


 最後の活動は、校内の至るところにある掲示板に、手分けしてポスターを貼るんだけど、私は吉野くんとペアになって回ってた。


「上の方は俺が留めるから、押さえておいてくれ」

「うん」


 私が 掲示板にポスターを押し当て、吉野くんがそれを画鋲で留める。

 私じゃ手を伸ばしても、画鋲を留める位置までギリギリ届くくらいだけど、吉野くんなら余裕だ。

 普段はあまり気にしてなかったけど、吉野くん、背が高いんだよね。


 その途中、ポスターを押さえる私の後ろから吉野くんが手を伸ばした時、自然と覆いかぶさるような体勢になってしまった。


「あ……」

「あっ! わ、悪い。くっつくの嫌だったか?」

「う、ううん。そんなことないから!」

「本当か? 嫌なら、すぐに言えよ」

「だ、だから、嫌じゃないから」


 吉野くんが慌てたように言うけど、嫌なんてことない。

 嫌どころか、むしろドキドキしてるよ。


 少し前なら、いくらなんでもここまで動揺することは無かったけど、好きって気持ちに気づいたとたん、どうしても意識しちゃう。


 吉野くんはどうなんだろう。

 こんなくっつくような体勢になっても、なんも感じないのかな?

 って思ってたら、吉野くん、プイッと私から目をそらす。


 えっ? なんで!?


 それからしばらくの間、私も吉野くんも、変に緊張しながらの作業になっちゃった。


「そういえば、あれから草野たちはどうした? また何か嫌がらせされてるってことは、ないよな?」


 ポスター貼りもようやく終わって、実行委員の集まる教室に戻る途中、吉野くんが聞いてくる。

 草野さんたちと揉めてからというもの、こんな風に時々確認をしてくるんだけど、幸い吉野くんが心配するようなことは起きてない。


「うん、大丈夫。そっちは、もうすっかり平和だから」


 草野さんは教室ですれ違っても、お互い何も言わずに不干渉。

 木村さんは、気まずかったのか、いつの間にか他の子に実行委員を代わってもらっていたんだけど、おかげで顔を合わせる機会もほとんどなくなっていた。他の子たちも、似たようなものだ。

 もしかすると、吉野くんが女の子たちに散々釘を刺していたおかげかもしれない。


「ならいいけど、何かあったら、すぐに言えよ。でないと、その……何のために彼氏になったかわからないからな」

「う、うん……」


 彼氏って、いきなりそんなこと言う!?

 もちろん、嘘の彼氏だってわかってはいるけど、突然そんなこと言われたら意識しちゃうよ。

 私の顔、赤くなってないよね?

 このままじゃドキドキしすぎて、吉野くんの顔もまともに見れなくなりそう。


 実はこの時、吉野くんの顔も十分赤くなっていたんだけど、自分のことだけでいっぱいだった私は、それに気づくことができなかった。


「そ、そういえば、今日は私も、保育園にたっくんを迎えに行くんだ」

「そうなのか。なら、日向も喜ぶな。日向、坂部にもまた会いたいって言ってたんだ」

「本当!? 嬉しい!」


 お姉ちゃんからたっくんのお迎えを頼まれることは今でもあるけど、その度に日向ちゃんとも会っていて、今ではすっかり仲良し。


 お姉ちゃんはお迎えを頼むと、今でもごめんねって言ってるけど、私にとっては前以上に楽しい時間になっていた。


 今日の実行委員の仕事は、明日が本番ってこともあって、長引くことなく早々に終了。

 それから、吉野くんと一緒に保育園に向かう。


 ついたらまずは、担任の久瀬先生に挨拶。

 それから、いつもならすぐにたっくんや日向ちゃんのクラスに行くんだけど、この日は少し違った。


「えっと……日向ちゃんのお兄さん。少し話があるんだけど、いいかしら」

「えっ?」


 いつもとは違う久瀬先生の言葉に、私は少し不安をになる。

 話ってのが何なのかは、さっぱりわからない。

 だけど久瀬先生の顔は、なんだか曇っているように見えた。

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