第19話 続く悪意
倉庫に閉じ込められ、吉野くんに助けてもらった次の日。
私は、学校に行くのが怖かった。
だって、昨日あんなことがあったばかりなんだよ。
また、草野さんや木村さんに何かされたら。そう思うと、怖くて心臓がギュッと小さくなる。
どうか何も起きませんように。
そう祈ってたけど、残念なことにその祈りは神様には届かなかったらしい。
教室に入って席に着くなり、それを待っていたように、四人の女の子が私のところにやってきた。
「坂部さん。話があるんだけど、ちょっといい?」
そのうち二人は、草野さんと木村さん。
残り二人はあまりよく知らない子だったけど、昨日私を倉庫に閉じ込めた人たちだってのは、簡単に予想がついた。
「ねえ。ちょっといい?」
緊張する私に向かって、もう一度聞いてくる。
いいわけない。けど、ここでダメだって言っても、きっとどうにもならないんだろうな。
吉野くんからは、次に何かあったらすぐに話せって言われてるけど、その吉野くんは今は教室にいない。
多分草野さんたちも、それをわかってるからこうして私を呼んだんだと思う。
「……わかった」
結局、渋々頷いて、草野さんたちの後についていく。
そうして連れていかれたのは、校舎の隅の、あまり人の来ない場所。
さらにそれから、私が逃げ出さないようにするためか、壁際に追い詰め、バリケードを張るように横並びに立ち塞がる。
「昨日、あれからどうやって逃げたの?」
「…………」
草野さんからの質問には、何も答えられない。
もしもここで、吉野くんが助けてくれたなんて言ったら、よけいに怒らせるのは目に見えてる。
どのみち、怒っているのに変わりはないんだけど。
「だんまり? まあいいけど。でも、あれで少しは懲りたなら、二度と吉野くんに近づかないで。でないと、もっと酷いことするから。例えば、そう────」
伸びてきた草野さんの手が、容赦なく私を突き飛ばす。
突然のことにどうすることもできなくて、すぐ後ろの壁にぶつかり、そのまま床に尻もちをつく。
打ち付けられた背中とおしりがジンジンと痛む。
それを見た草野さんは、楽しそうに笑ってた。
「あなたが悪いのよ。私たち、みんなずっと前から吉野くんのこと好きなのに、あなたが出しゃばって来るからこんなことになるの」
草野さん。こんな人だったんだ。
美少女で、笑顔が可愛い女の子。そう思ってたけど、こんなことしておきながら、どうして笑えるの?
まるで理解できなくて、ゾッと寒気が走る。
草野さんだけじゃない。
木村さんや他の女の子たちも、私が震えるのを眺めながら、楽しそうに笑ってた。
「大して可愛くもないのにね。図々しいって、自分でわからないの?」
「少しは身の程を知ればいいんだわ」
「本当は、吉野くんだって迷惑してるんじゃない? 吉野くんのためにも、近づくのやめなよ」
そうして、また一斉に笑い出す。
わかっていたけど、みんな私のことを相当怒っている。
こんなにもわかりやすくて大きな悪意をぶつけられるなんて初めてで、震えがますます大きくなっていく。
だけど、そんな耳を塞ぎたくなるような言葉の中、たったひとつ、どうしても聴き逃せないものがあった。
(吉野くんに迷惑?)
この子たちが私を気に入らないってのは、嫌だけどわかる。
吉野くんに近づかないでって思うのも、仕方ないことなのかもしれない。
だけど、吉野くんの迷惑になるっていうのだけは、この子たちには言われたくなかった。
「め……迷惑かけてるのは、あなたたちの方じゃない」
必死で震えるのをこらえながら、立ち上がって、絞り出すように言う。
そのとたん、元々張り詰めていた空気が、さらにピリッと音を立てたような気がした。
「はぁっ? 何か文句でもあるの!?」
反論されるなんて、思ってなかったのかもしれない。
さっきまでのバカにするような笑顔とは違って、怒りを隠そうともせず怒鳴りつけられる。
私だって、バカなことを言ったなって思う。
こんなことしても、余計に怒らせるってわかってるのに。
だけど、だけどそれでも、譲れないものだってあるんだから。
「あなたたちのしたことのせいで、迷惑してたのは吉野くんなんだよ」
昨日、私を助けに来てくれた吉野くんは、そのせいで日向ちゃんを迎えに行けなくなって、大森くんに頼んでた。
吉野くんは、今はそれより私の方が大事って言ってくれて、それはすごく嬉しかったんだけど、それって、それだけ心配したってことだよね。
きっと、これからこういうことがある度、吉野くんは心配してくれる。心配してしまう。
そう思うと、たまらなく腹が立った。
「吉野くんのこと本当に好きなら、そんなことしないでよ!」
なけなしの勇気を振り絞って、精一杯叫ぶ。
言い返されたのが、よほど悔しかったんだろう。
草野さんたちの顔が歪んで、ワナワナと震え出す。
「うるさい! あんた、あんまり調子に乗ってると、今度は閉じ込めるだけじゃすまないからね!」
「もういいよ。今すぐやっちゃおう!」
全員が一斉に近づいてきて、私の手や肩を強引に掴む。
身動きがとれなくなったところで、正面に立った草野さんが、勢いよく手を振り上げた。
(殴られる!)
怖さのあまり目をつむるけど、不思議と、さっきの言葉を取り消そうとは思わなかった。
吉野くんを好きって気持ちを言い訳にこんなことするような人たちに、何も言わないなんてできなかった。
だからどんなに酷い目にあっても、後悔はない。
そう思ってた。
「はい。ちょっと待ったー」
その時、のんびりした声が、辺りに響いた。
あまりに場違いなその声に、草野さんも振り上げていた手を止めて、声のした方を見る。
「お、大森くん!?」
いつからそこにいたんだろう。声をあげていたのは、大森くんだった。
それを見て、草野さんたちの顔が凍りつく。
「お、大森くん。これは──」
「ああ、そういうのいいから。それより君たち、俺に感謝しなよ。俺がいなかったら、こいつ、今ごろ何してたかわからないから」
「えっ────?」
大森くんが何を言っているのかわからず、その場にいる全員が、戸惑う。
だけど次の瞬間、草野さんたちが、さっきとは比べものにならないくらい凍りついた。
「お前たち、なにしてるんだよ」
そんな、低くて荒々しい声をあげながら、大森くんに続いて出てきたのは、一目でわかるくらいに怒りの形相を浮かべた吉野くんだった。
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