第20話 怒りの吉野くん
大森くんの登場で、動揺していた草野さんたち。
だけど、吉野くんが現れた時の驚き様は、それ以上だった。
多分、一番この場面を見られたくない相手だっただろうから、当然だ。
でも、驚いているのは私も同じ。
「吉野くん。それに大森くんも、どうしてここに?」
教室からは離れてるし人目につかない場所だから、たまたま通りかかったってわけじゃないよね
「あんなことするような奴らだ。また何か嫌がらせしてくるに決まってるだろ。教室に入ってもお前はいない。それに、隣の教室には草野もいなかった。何かあったって思って、俊介にも頼んで、どこに行ったか探したんだよ」
「俺、この件には関係ないんだけどさ、事情が事情だし、さすがに放っておけなかったからね。けど草野さんは目立つし、しかもこれだけの人数で行動してたら、見つけるのも楽だったよ」
吉野くん、そんなことしてたんだ。
何かあったら、また心配かけるって思ってた。
だけど実際は、何もなくたって、心配して気遣ってくれていたのかもしれない。
「坂部。さっきお前、俺に迷惑かけるなって怒ってたよな。そんなこと言うくらいだ。俺がこいつらに何か言っても、文句はないだろ」
「う、うん」
それから吉野くんは、視線を私から草野さんたちに移す。
今までと同じように、怒りを浮かべながら。さらにそこに、軽蔑した表情を加えながら。
「お前たち、こういうことするんだな。最低。って言うか、揃いも揃ってバカじゃねーの」
草野さんたちから、ヒィッと小さく悲鳴があがる。
弁解したいのか、何人かが口をもごもごさせているけど、こんな決定的な現場を見られたんだ。
どんな言い訳をしたって、うまくいくはずがない。そう思ってた。
だけどそんな中、草野さんが叫ぶ。
「ち、違うの吉野くん。私たち、吉野くんのためを思ってやったことなの!」
「……はぁ?」
吉野くんも、自分のためなんて言われるとは思ってなかったんだろう。心底理解できないって感じで眉間に皺を寄せるけど、その間に、草野さんはさらに続けた。
「だって吉野くん。他の人に干渉されるの、好きじゃないでしょ。なのに坂部さん、吉野くんの迷惑も考えずに、グイグイ近づいていって。だから、私たちみんなで注意しようと思ったの」
自分たちがいかに正しいか、どれだけ吉野くんのことを思っていたかを、必死になって訴える。
その中で、私がいかに悪いやつかも散々言ってていた。
だけど、草野さんがどれだけ言葉を並べても、吉野くんの怒りは収まらない。むしろ言えば言うほど、どんどん不機嫌になっていくようだった。
「ふーん。迷惑なら、あんなことしてもいいんだな。だったら俺も、お前のこと引っぱたいておけばよかったな。散々ウザ絡みされて、すごく迷惑だったからな」
「そんな、酷い……」
こういう時の吉野くんは、本当に容赦ない。
草野さんはショックで涙ぐむけど、さすがにこれは同情なんてできなかった。
「言っとくけど、今星が言った引っぱたくっての、多分本気だから。俺たち、実は少し前から見てたんだけど、星のやつ今にも飛び出しそうで、抑えるの大変だったんだから」
「えっ? 少し前からって、いつから?」
てっきり、私たちを見つけてすぐに出てきたって思ってたけど、違うの?
「尻もちついてる坂部さんに、この子たちが色々言ってたくらいからかな。星はすぐに出ていこうとしたけど、待ってもらったよ。でないと、こんなの撮れなかったからね」
大森くんはそう言って、スマホを取り出し動画を見せる。
そしたら草野さんたちは、今までよりもさらに青ざめた。
なぜならそこには、彼女たちが私に罵声を浴びせていたところ、無理やり押さえつけて引っぱたこうとしていたところが、しっかりと録画されていたから。
「か、勝手にそんなの撮ってたの!?」
「勝手って、そんなこと言える立場だと思ってる? これ、色んな人に見せたらどうなるか、わかってるよね」
女の子たちが抗議の声をあげるけど、大森くんに反論され、いよいよ青ざめる。
「俺としては、今すぐ問題にして、お前たちを処分してやりたいところだけどな」
吉野くんがギロリと睨むと、草野さん以外の女の子も泣き出した。
もう、みんな完全に心が折れていた。
「けど、そうしたら坂部のこと逆恨みしてまた嫌がらせするかもしれない。二度と坂部に手を出さないって言うなら、ひとまず誰にも言わないでおくが、どうする?」
その言葉に、ほとんどの子は一斉に頷いた。
誰ひとり、言い訳もごめんなさいの言葉もなかったけど、泣きながらコクコクと首を縦に振る。
だけどそんな中、またしても草野さんだけが違った。
「……ねえ、どうして? どうして吉野くん、坂部さんのことそんなに庇うのよ!」
涙でぐしゃぐしゃに顔を濡らし、肩を震わせながら、それでも到底納得できないといった風に、彼女は言う。
「いつもの吉野くんなら、周りで何かあっても無関心だったじゃない。私が声掛けてもほとんど無視してるようなもんだったし、誰と誰が揉めたって、別に気にしないんじゃないの? なのに、どうして坂部さんだけそばにいるの? どうして坂部さんだけ庇うの? ねえ、どうして!?」
なんだかこう聞くと、吉野くんが酷くドライな人のように思えてくる。
いや、学校で見る吉野くんは、実際そんな印象なんだけどね。
吉野くん。なんて言うんだろう。
だけど、草野さんの言葉に最初に答えたのは、なぜか吉野くんじゃなく大森くんだった。
「そりゃ、坂部さんは星の彼女だからね。特別扱いするのは当たり前でしょ」
…………へっ?
お、大森くん。今、なんて言ったの?
私が、吉野くんの彼女? 彼女って、付き合ってるって意味の、あの彼女だよね?
意味不明すぎて、頭の中が真っ白になるけど、吉野くんだって似たようなものだったみたい。
草野さんたちを睨みつけるのも忘れて、心底驚いた様子で大森くんに詰め寄る。
すると大森くん。後ずさりしながら私の方にやって来て、私と吉野くんにしか聞こえないくらいの声で、そっと囁いた。
「いいから、話合わせて。そういうことにしといた方が、これから何か起きた時に守りやすくなるでしょ」
そ、そんな理由!?
確かにそのくらい言った方が、吉野くんが私を庇うのに説得力が出るかもしれないけど、いくらなんでもそんなことできないよね。
私と付き合ってるなんてことになったら、吉野くん、すっごく困っちゃうよ。
けど、ここで違うなんて言ったら、草野さんたちがまた騒ぎ出しそう。
ど、どうしよう。
「ああ、そうだな。俊介の言う通りだ。坂部は、俺の彼女だから」
えっ?
吉野くん。今、なんて言ったの?
「彼女にこんなことされたら庇いもするし、腹も立つ」
「そんな……」
その言葉が、よっぽどショックだったんだろう。
既にこれでもかってくらい青ざめ、泣いていた草野さんたちだったけど、吉野くんの言葉で、今までよりもいっそう大きくしゃくり上げる。
一方、私は私で、呆然としていた。
吉野くん。私のこと、彼女って言ったよね。
そりゃ、私のことを守るためにそう言ったんだってのはわかってる。
だけど、たとえ嘘でも彼女なんて言われて、こんな風に守ってもらったんだ。
嬉しくて、ドキドキして、お腹の底から、暖かい何かが込み上げてくるようだった。
「わかったか! わかったなら、二度と坂部に手を出すな!」
その一喝が、最後の引き金になったみたい。
草野さんたちはボロボロと涙を流したまま、逃げるように一斉に立ち去って行った。
結局、最後の最後までごめんの一言もなかったけど、今さら謝ってほしいとは思わなかった。
好きな人に、ここまで言われたんだ。
きっと彼女たちにとって、それ以上重い罰はないんだから。
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