第18話 ありがとう

「最初は、実行委員の仕事中お前の姿が見えなくなったから、変に思ったんだ。そしたら、木村って言ったっけ、隣のクラスのやつ。そいつが言ったんだ。お前が、勝手に帰って行ったって」


 草野さんたち、本当に吉野くんにそう伝えたんだ。


「けどお前は、何も言わずにいきなりそんなことしないだろ。念のためスマホに電話をかけたけど、全然出ない。こんなの、どう考えてもおかしいだろ」


 吉野くん。変だって気づいてくれたんだ。

 草野さんたちは、私を閉じ込めたことがバレないように、色々手を打っていたけど、それでもおかしいって思ってくれた。

 それが、すごく嬉しかった。


「それで、どこかにいるんじゃないかって思って探してたら、部活やってる俊介と会ったんだ。それで、お前と草野が揉めてたってことを聞いた」

「揉めてたって、大森くんが見た時は、そこまで揉めてたわけじゃなかったんだけど」

「あのな。その時はあからさまに何かしてきたってわけじゃなくても、ああいうのは後々大事になることだってあるんだ。前に、俺を好きだって言ってきたやつが、そんな感じて大げんかになったことがある。現にお前だって、こうして閉じ込められたじゃないか」


 ぐうの音も出なかった。

 私はあの時点じゃ、こんな大事になるなんて考えもしなかったけど、もしかすると吉野くんの周りでは、今までにも何度かこういうことが起きてたのかも。


「これはいよいよ何かあるって思って、日向の迎えを俊介に頼んで、今まで探してたんだ」

「えっ、日向ちゃん? そうだ、お迎え!」


 吉野くんはサラッと言ったけど、どうして今まで気づかなかったんだろう。

 保育園のお迎えの時間、もうとっくに過ぎてるよね。


「ご、ごめん、 私のせいでそんなことになって!」


 吉野くんが、どれだけ日向ちゃん第一でやってきてるかはよく知ってる。

 なのに、私がこんなことになったせいで、すごい迷惑をかけてしまった。


「そんなのどうでもいい。いや、よくはないけど、今はそれよりも、お前の方が大事だ」

「吉野くん……」


 どうしてだろう。

 迷惑かけてるってわかってるのに、申し訳ないはずなのに、そう言われたのが嬉しくて、目の奥からまた涙が溢れてくる。


「それに、迎えは俊介に頼んだって言ってるだろ。あいつなら日向のこともよく知ってるし、大丈夫だ」

「そ、そっか。よかった」

「それとだな……」


 吉野くんはそこで一度言葉を切ると、真剣な顔で私を見る。


「ごめんって言ったの、取り消せ。お前は被害者だ。謝るようなことなんて、なに一つやっちゃいない。悪いのは、お前をここに閉じ込めたやつらだろ」


 そう言った吉野くんの手は、震えてた。

 吉野くん、怒ってる。それも、ものすごくだ。


「草野に木村。他にも誰かいるか? いるなら教えてくれ。全員俺がなんとかしてやる」

「ちょっ、ちょっと待って!」


 草野さんと木村さん以外の人は、私も扉ごしに声を聞いただけだから、誰かはわからない。

 けど、問題はそこじゃない。


「吉野くんが出るのは、ちょっとだけ待ってくれない。こういうのって、下手に男子が絡んだら、よけい大変なことになるかもしれないから」


 吉野くんが注意して、草野さんたちが大人しく聞いてくれたらそれでいいんだけど、下手をしたらよけいに怒らせかねない。

 じゃあどうしたらいいかって言われてもわからないけど、今はまだ、私には戦う覚悟ができていなかった。


「けどよ…………」


 吉野くんは不満があるみたいで、何か言いたげにしていたけど、やがて仕方ないって感じで頷いた。


「ああっ、わかったよ! 坂部がそう言うなら、今は何もしないでおく!」


 ただし、それからすぐにこうつけ加えた。


「けどな、それも今回きりだ。次に坂部がこんなことされたら、例え止めても、俺が草野たちを黙らせてやる。だから、何かあったらすぐに俺に話せ。嘘や隠し事は一切なしだ。それができないなら、今すぐどうにかする!」

「吉野くん……」


 言ってることは強引だけど、それだけ私のことを心配してるんだってのが伝わってくる。

 こんな時だってのに、それが嬉しい。吉野くんが心配してくれるのが、守ろうとしてくれるのが、とても嬉しかった。


「うん。ありがとう」


 それと、もうひとつ。まだ、大事なことを言っていないことに気づく。

 とても、大事なことを。


「それとさ、その……助けてくれて、ありがとう」

「なんだよ、今さら。お前がこんな目にあったのは、俺のせいだろ」

「違うよ! 吉野くんが謝るようなことなんて、なに一つやってないから!」

「──っ! お前…………」


 さっき吉野くんから言われた言葉を、そっくりそのまま返す。

 このことで、吉野くんに悪いなんて思ってほしくなかったから。

 だから、精一杯伝えるんだ。


「吉野くんが来てくれて、助けてくれて、すごくすごく嬉しかった。本当に、ありがとう」

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