第17話 助けて

「誰か! 誰かいませんか!」


 あれからどれくらい時間が経っただろう。

 とても出られないくらいの小さい窓から外を見ると、すっかり暗くなっていた。


 たまに扉を叩いて声を上げるけど、いくらやっでも誰もやってこない。

 そりゃそうだ。この倉庫はほとんど使われていないし、場所は学校の敷地内でも外れの方。


 用事がある人はもちろん、近くを通る人だって滅多にいない。


 そろそろ、部活も終わって残っていた生徒たちも帰ったかな?

 もしそうなら、いよいよ誰からも気づいてもらえなくなるかも。


「さ、さすがに、一晩中このままってことはないよね? もう少ししたら、誰か開けに来てくれるよね?」


 そうは言ってみたけど、本当のところはわからない。

 しかも、もし仮に草野さんたちが開けに来てくれたとしても、その後ろくなことにならないのは想像がつく。


「どうしてこうなったんだろう……」


 こんなことになるなら、あの時草野さんのお願いを聞いて、実行委員を変わってあげた方がよかった?

 それとも、吉野くんと一緒にいる機会が増えたことが間違いだった?


 遊園地に行ったこと、知られてなくてよかったな。

 もしそうなら、多分もっと酷い目にあわされていただろうから。


「吉野くん、今頃どうしてるかな?」


 草野さんたち。吉野くんには、私は勝手に帰ったと伝えておくって言ってたっけ。

 吉野くん。それを聞いて、なんて思うかな?

 怒る? 呆れる?


 おかしいって思って、私のこと探しに来てくれないかな?


 一瞬そんな期待が胸を過ぎるけど、日向ちゃんのお迎えもあるし、もうとっくに帰っているよね。

 私がいないせいで作業が遅れて、迎えにいくのが遅くなったりしなきゃいいけど。

 なんて、こんな時に人の心配なんてしてる場合じゃないか。

 けどそうでもして気を紛らわせなきゃ、不安で心が押しつぶされてしまいそう。

けど、それももう無理かもしれない。


「吉野くん。助けて….…」


 今まで堪えていた涙が微かに零れる。

 吉野くんがやって来て、扉を開けてくれたら。

 ありえないってわかってるのに、そんな想像をしてしまう。

 それくらい、今の私は限界だった。

 頭の中はぐちゃぐちゃで体が震える。無駄だと思っても、もう一度扉をたたいて、助けを求める。


「誰か! 誰かーーーーっ! …………吉野くーーーーん!」


 吉野くんに、助けにきてほしかった。私はここにいるよって、気づいてほしかった。


 喉の奥から込み上げてくる痛みに耐えながら、何度も何度も叫ぶ。


 その時だった。



 ──────坂部!


 ──────坂部!


 なにこれ。幻聴?

 扉の向こうから、微かに吉野くんの声が聞こえたような気がした。


「坂部! いるのか! いたら返事しろ!」


 今度は、さっきよりもっと大きな声が聞こえてきた。

 間違いなく、吉野くんの声だ。


「吉野くん! ここ! 私、ここにいるよ!」


 どうして吉野くんがいるのかはわからない。だけど、これを逃したら、もう助かるチャンスはないかもしれない。

 そんなことにならないよう、必死に叫んだ。


 すると今度は、扉の向こうの、すごく近い距離から声が届く。

 ずっと来てほしいって思ってた、吉野くんの声が。


「坂部! お前、そこにいるのか!?」

「えっ、えっと────か、鍵がかかってて、ここから出られないの!」

「鍵って、この南京錠のことか! 職員室から鍵もってくるから、少しだけ待ってろ!」


 それからすぐに、駆けていく足音が聞こえてきた。

 そして、待つことほんの少し。また足音が聞こえて来たかと思うと、カチャリと音がして、今まで開かなかった扉が、勢いよく開かれた。


「坂部!」

「吉野くん!」


 嘘じゃない。夢じゃない。本当に、吉野くんが助けにきてくれたんだ。


 その瞬間、今までポロポロと流れていた涙が、一気に溢れ出した。


「う……うぅ…………うわぁぁぁぁん!」


 怖かった。今まで、すごくすごく怖かった。

 助かったことで積み重なってきた気持ちが解放されて、吉野くんにしがみつきながら、子どものように泣き続ける。


 吉野くんは、そんな私の体を受け止めながら、優しく背中をさすってくれた。


「大丈夫。もう、大丈夫だからな」


 そのまま、どのくらいすぎただろう。たくさん泣いて、たくさん叫んで、疲れて声も出なくなったところで、ようやく少だけ落ち着くことができた。


「ご、ごめんね。服、汚れてない?」


 しがみついてわんわん泣いたもんだから、当然吉野くんの服は濡れちゃっている。

 それ以前に、あんなにギュッと密着してたんだ。今更ながら、恥ずかしくなってきた。


「そんなの、別にどうでもいい。それより、なんでこんなことになったんだ?」

「それは……」


 尋ねられて、答えに困る。

 草野さんたちに閉じ込められたんだって、言うのを躊躇する。


 彼女たちを庇ってるわけじゃない。

 怖いんだ。

 もしここで吉野くんに全部本当のことを言って、ますます怒らせたらどうしよう。そう思うと、治まったはずの震えがまた出てきた。


「えっと、それは……」


 何か適当なことを言ってごまかすべき?

 だけどなかなか返事をしない私を見て、吉野くんは言う。


「もしかして、草野に何かされたとか?」

「あっ…………」


 どうして知ってるの!?

 驚く私の顔から、吉野くんも何かを察してくれたらしい。

 ぽつぽつと、そこに至った経緯を話し始めた。

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