第16話 閉ざされた扉

 今日の実行委員の活動内容は、体育祭のプログラムの中にある、実行委員対抗のリレーの順番確認。それに、いつものように諸々の準備だ。


 けど、リレーの順番確認はともかく、準備が大変。

 この頃になると、入場門の作成や競技で使う道具の搬入みたいな大がかりなものが多くなっていて、自然と力を使う作業も増えてきていた。


「うぅ、疲れる……」


 今私は、入場門を作るための資材を運んでる最中。

 これが重くて、あちこち移動しているうちに、息があがってきた。

 実行委員を誰もやりたがらなかった理由、改めてわかった気がするよ。


 だけど、それまで苦労して抱えていた資材が、突然フッと軽くなる。


「これ、向こうまで運べばいいんだよな?」

「吉野くん?」


 吉野くんは、私の持ってた資材を持ち上げると、変わりに目的地まで運ぼうとする。


「いいよ、私の仕事なんだし。それに、重いでしょ」

「その重いのを今まで持ってたのはお前だろ。俺の方が力あるから、適材適所だ。あと、他のやつらも疲れたら適度に休憩してるから、お前も少しは休め」

「うん。ありがとね」


 その言葉に甘えて、少しだけ休む。

 それにしても、さっき資材を持ってもらった時は、少しドキッとしたな。

 モタモタやってるわたしを見かねただけなんどろうけどさ、さっき大森くんにあんなこと言われたから、ちょっぴり意識しちゃうよ。

 早く気持ちを切り替えないと。


休憩もそろそろ終わりにして、作業に戻らないと。そう思ったタイミングだった。


「あっ、坂部さん。少し手伝ってくれない?」


 そう声をかけてきたのは、隣のクラスの木村さん。

 そういえば、今日は木村さんも来てたんだっけ。


 というのも、実は木村さん、最初の頃はちゃんと来て、何かと吉野くんに話しかけていたんだけど、吉野くんがほとんど相手にせずにいたら、話しかける回数も、そして実行委員の仕事に来ることも少なくなっていったの。


 一応来ない時は、いつもそれなりに理由をつけてるみたいなんだけどね。


「えっと、何をすればいいの?」

「第三倉庫ってあるでしょ。そこにしかないものを取ってきてほしいんだって。私一人じゃ全部運べそうにないから、坂部さんも一緒に来てよ」

「うん。いいよ」


 こうして私たちは、第三倉庫に向かう。

 この学校には倉庫がいくつかあって、体育祭の準備で使う道具や資材は大抵一番近い第一倉庫に入ってるんだけど、この第三倉庫は、そこから少し離れたところにあった。


「私、この倉庫入ったの初めて」

「普段は滅多に来ない場所だからね。近寄ることだってないんじゃないの」


 木村さんの言う通り、ここは学校の中でも端っこのほうにあって、今みたいな体育祭の準備どころか、今までの学校生活の中でだって来たことはほとんどなかった。


「電気のスイッチはどこにあるかな? 坂部さん、そっち探してくれない?」

「うん」


 倉庫の中は暗くて、このままじゃ何も見えない。

 電気のスイッチなら、入口の近くにあるかな?

 壁に手を当て、スイッチを探している最中だった。


 ドン!


 突然背中を押されて、倉庫の床に倒れる。


「きゃっ!」


 何が起きたの?

 痛みと驚きで頭が真っ白になるけど、事態はそれだけじゃ終わらなかった。

 体を起こして立ち上がろうとすると、そんな私の目の前で、倉庫の扉がピシャリと閉じられた。

 閉じたのは、木村さんだ。


「ちょっと、どういうこと!」


 慌てて扉を開けようとするけど、外からカチャリと音がして、押しても引いてもビクともしなくなる。

 もしかしてさっきの、鍵をかけた音だった!?


「な、なんでこんなことするの? 木村さん、出してよ!」


 扉をガンガン叩いて、木村さんを呼ぶ。

 だけど外から聞こえてきたのは、木村さんとは違う声だった。


「ちょっと、うるさいんだけど。そんなことしてもムダだから、静かにしてよね」

「えっ────あなた、草野さん?」


 それは、ついさっき話しをした草野さんの声だった。

 木村さんは木村さんですぐそばにいるみたいで、彼女の笑ってる声も聞こえてくる。

 ううん。笑ってる人は他にもいるみたいで、多分、全部で三・四人くらい?


「ねえ、出してよ!」


 もう一度叫ぶ。

 だけど、出してと言って簡単に出すなら、わざわざ閉じ込めたりはしない。

私の怯えぶりを笑うように、草野さんの声が届く。


「ねえ坂部さん。体育祭の実行委員、変わってくれる気になった?」

「えっ?」


 まさか、そのためにこんなことしたって言うの?

 だけど次に聞こえてきた言葉は、それよりもさらに醜悪だった。


「なんてね。もう、それだけじゃ許さないから。私たち、みんな吉野くんのこと好きだったのよ。近づきたくて、たくさん頑張って、それでも上手くいかなかった。なのにあなたが突然こんなに吉野くんの近くにいるようになるなんて、そんなのずるいじゃない。だからこれは、そのおしおき」


 草野さんは、さっき私にお願いしてきた時のような可愛い声で、とても恐ろしいことを言う。


 ううん。草野さんだけじゃない。

 木村さんや、今この扉の向こうにいる人全員が、そんなことを考えてるんだ。


「私と吉野くんは、そんなんじゃないから!」

「嘘! それじゃあ、どうして実行委員変わってって頼んだ時に断ったの!」

「それは……」


 とたんに何も言えなくなる。

 あの時どうして変わりたくないって思ったのか

 自分の気持ちなのにがわからない。


「ほら、言えないってことは、やましい気持ちがあるんでしょ。吉野くんが好きだから、私のこと邪魔したくて断ったんでしょ!」

「ちが……」


 違う。そう言おうとしたけど、本当にそうなのかな?

 草野さんには、吉野くんに近づいてほしくない。そんな気持ち、本当に少しもなかったのかな?


「まあいいや。しばらくここに閉じ込めておいたら、少しは反省するでしょ」

「そんな!」


 しばらくって、どれくらい?

 そんな私の疑問に答える人は、誰もいない。

 さらに、草野さんたちのしたことは、それだけじゃなかった。


「そうそう。吉野くんには、あなたは勝手に帰ったって言っておくから。それと、さっきあなたの荷物をこっそり持ってきておいたから、ここの裏にでも置いておくね。荷物がない方が、本当に帰ったっぽくなるからね」


 そこまでする!?

 本当に、徹底的に酷い目にあわせようとしてるんだって、思い知らされる。


「あと、この倉庫に用事があるってのも、全部嘘。坂部さんがここにいること、私たち以外誰も知らないから。もしかすると、明日までここにいることになるかも」

「────っ! ま、待って! ここから出して!」


 ガンガンと、手が痛くなるくらい、何度も何度も扉を叩く。

 だけど、鍵のかかった扉はビクともしない。そして、その向こうで草野さんたちの足音が遠ざかっていくのを、私は絶望的な気持ちで聞くことしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る