迫る悪意

第14話 まさかのお願い

 みんなで遊園地に行ってから、数日が経った。

 この頃になると、続いてた夏の暑さも少しは落ち着いてきて、秋になってきてるんだなって実感が湧いてくる。


 そしてうちの学校で秋といえば、もうすぐある体育祭だ。

 私たち実行委員の仕事も、前は放課後にあったりなかったりって感じだったけど、最近はほとんど毎日になっていた。


「坂部、準備できたか?」

「あっ、ごめん。もうちょっと時間かかると思うから、先行ってて」


 授業が終わったところで、同じく実行委員の吉野くんが呼びにくるけど、私はまだ帰りの荷物をまとめてなかったから、吉野くんだけ先に行ってもらった。


 吉野くん。日向ちゃんのお迎えがあるってことは先生に伝えたみたいで、作業が長引きそうな時は先に帰ることになってるの。

 その分できるだけ早く行って、他の実行委員の人たちが集まる前に作業を始めてることも多かった。


「ねえねえ。今、 吉野くんから知世に話しかけてなかった?」

「あっ、紫。今日も実行委員があるから、声かけてくれたの」

「吉野くん、そんなのほっといて、一人で勝手に行くイメージしかないんだけど?」


 そこまで驚くこと?

 って思ったけど、確かに普段学校での吉野くんしか知らないなら、そういうイメージしかないかも。


「って言うか吉野くん、最近知世と話すこと多くない?」

「えっ? そ、そうかな?」


 とぼけてみるけど、確かにそれはあるかも。

 学校では特別一緒にいるってわけじゃないけど、声をかけたり話をしたりすることは、それなりに増えたんだよね。


「もしかして、一緒に実行委員やってるうちに、仲良くなったとか?」

「そ、そんなことないと思うけど」


 きっかけは実行委員じゃなくて、保育園の事情を知ったり遊園地行ったりしたことなんだけどね。


 けど、いくら紫でも、それは言えない。

 保育園のことはナイショって言われてるし、一緒に遊園地に行ったなんて言ったら、それこそ大騒ぎしちゃうよ。


「何にしたって、あの氷の王子様相手にこれは凄いことだよ。羨ましがってる子、多いんじゃないの? 吉野くんファンの間でも噂になってるみたいだよ」

「ちょっと、やめてよ!」


 紫は面白そうにケラケラ笑うけど、これ以上この話を続けたら、言っちゃいけないことまでポロッともらしそう。


「そうだ。実行委員、早く行かないと!」


 追求を避けるため、鞄を取り出し荷物をまとめはじめると、紫もそれ以上聞いてきたりはしなかった。


 それから教室を出て、実行委員が集まる部屋に向かおうとしたんだけど、その途中、突然声が飛んできた。


「ねえ、ちょっと待って!」


 足を止めて見てみると、そこにいたのは、一人の美少女。

 同じクラスの草野さんだ。


「坂部さん。ちょっと話があるんだけど、いい?」

「えっ。でも私、これから実行委員の仕事があるんだけど」

「そんなに時間はかからないから。お願い!」


 目の前で両手を合わせ、頭を下げる草野さん。

 見た目が可愛いから、こんな仕草もすっごく絵になるんだよね。


 そんな風に頼まれたら、嫌って言えないよ。


「じゃあ、少しだけなら」

「本当? ありがとう坂部さん!」


 実行委員の集合時間まではもう少しあるから、大丈夫だよね。

 けど、草野さんって同じクラスだけど、私と話したことってほとんどないんだよね。

 いったい何の用なんだろう?


「えっとね……突然だけど、坂部さんって、吉野くんと仲いいの?」

「ふぇっ!?」


 さっきも紫に言われたけど、またその話?

 私と吉野くん、他の人からはそんな風に見えるのかな?

 そういえば紫、吉野くんファンの間で噂になってるって言ってたっけ。


「べ、別にそんなことないんじゃないかな?」

「そう? でも坂部さんって、他の女の子たちより吉野くんと接点あるし、最近話しかけられることも多いと思うんだけどな」

「それは、まあ……」


 私と吉野くんが特別仲がいいかはともかく、他の子たちへの態度があまりに素っ気ないから、それと比べたら話すことは多いかも。


「何がきっかけでそうなったの? やっぱり、一緒に実行委員やってるから?」

「うーん、そうかな?」


 本当は違うんだけど、とりあえずここはこう答えておく。


「じゃあさ、坂部さんって、吉野くんのこと好きだったりする?」

「────っ!」


 やっぱり、こんな話になっちゃった。

 吉野くんの名前が出てきた時から、そんな予感はしていたんだよね。

 草野さん、前に吉野くんに告白してフラれたっていうし、他の女の子と仲良くしてるって聞いたら、気になるんだろうな。


「ち、違うから。実行委員で一緒にいたら話す機会も多くなったけど、それだけだから」

「だったらお願い。実行委員、私と変わって!」

「えぇっ!」


 さすがに、こんなこと頼まれるなんて予想外。だけど、私を見つめる草野さんの目はすごく真剣だ。


「私、吉野くんのこと好きなの。私が実行委員になったって、坂部さんみたいになれるなんて思わないよ。でも、少しでも仲良くなれる可能性があるなら、かけてみたいの。ダメかな?」


 今度は、目の奥がうるんできてる。

 草野さん、そんなに吉野くんのこと好きなんだ。


「いきなりこんなこと頼むなんて、失礼だよね。でもお願い! 吉野くんと仲良くなれるチャンスがほしいの!」


 どうしよう。ここは、草野さんのために実行委員を変わってあげるべきなのかな?


 けど、私と吉野くんが仲良くなった理由って、本当は違うんだよね。


 それに気になるのが、日向ちゃんのお迎え。

 吉野くん、先生には事情を話して遅くまでは残らないようにしてるけど、だからこそ、作業がたくさんある日は、私がちょっぴり多く残ってやっている。


 草野さんにそれをやらせるなら、そういう事情を全部話すことになるかもしれないけど、そのことは吉野くん、あんまり知られたくないんだよね。

 だったら、今まで通り私が実行委員を続けた方がいいのかも。


 草野さんのために変わってあげるか、吉野くんのためにこのままにするか。どっちがいいんだろう。


 正解なんてわかんない。

 だけど、どうしてもどっちか選ばなきゃいけないなら、私の答えはこれだった。


「ごめんなさい。それは、できないから」


 言った途端、草野さんがハッと息を飲む。

 やっぱり、ショックだったかな。

 胸がチクチクと傷んで、申し訳なさが広がっていく。


「どうして? 坂部さん、好きで実行委員やってるわけじゃないでしょ」

「それは、そうだけど……」


 日向ちゃんのこと、吉野くんが知られたくないって思ってるなら、ここで理由を言うわけにはいかない。


 けど、本当にそれだけ?


 どうしてかな。

 自分でもよくわからないけど、たとえ日向ちゃんのことを抜きにしたって、実行委員の仕事を変わってあげたいとは思えなかった。


 草野さんが真剣に頼んでるのはわかってるのに、こんな風に思うの、おかしいよね。


「ごめんなさい。どうしてもダメなの」


 自分の気持ちもわからないまま、もう一度謝る。

 理由も話さずこんなこと言われて、納得なんてしてくれるかな?


 その時、私でも草野さんでもない、全く別の声が飛んできた。


「あれ、坂部さん? こんなところで何してるの?」

「お、大森くん?」


 そこにいたのは、大森くんだ。


 大森くんは、この場に漂う重い空気を少しも感じていない様子で、私の近くにやってくる。


「坂部さん、実行委員だよね。吉野、いつまで経っても来ないって怒ってたよ」

「えぇっ!」


 吉野くんが怒ってる?

 集まる時間まではまだ少しあるのに?

 で、でもそれなら、すぐに行った方がいいよね。


「そういうわけだから、草野さん。坂部さんのこと、連れて行っていい?」

「それは…………いいけど」


 草野さんは、しぶしぶって感じで小さく頷く。

 本当は、まだ話の続きをしたかったのかも。


 だけど吉野くんが怒ってるなんて言われたら、私も急がないわけにはいかない。

 ペコリと頭を下げると、私は大森くんに連れられ、その場を後にした。


「えっと、大森くん。吉野くん、そんなに怒ってた?」


 集合場所に行く途中で、大森くんに聞いてみる。

 すると大森くんは、実にあっさりとこう言った。


「ああ、心配しなくても大丈夫。それ、嘘だから」




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