第12話 星side どうやって場を持たせるか
「えっと……それじゃあ、どこ行こうか?」
そう尋ねる坂部の声は、少し緊張しているようにも聞こえた。
そりゃそうだよな。ちょっと前から話すようになったけど、いきなり一緒に遊園地を回るなんて、戸惑うのも当然だ。
なら、いっそここで別れて別々に回ろうか。
けど急にそんなこと言い出したら、それはそれで後々気まずくなりそうだ。
いくら俺でも、そこまで無神経じゃない。
学校で無駄に声をかけてくる奴ら相手にならそれでもいいが、坂部は何か違う。
「俺、どこに何があるのかよく知らないんだよな。坂部は、行くならどこがいい?」
「えっ。私が選んでいいの?」
「ああ。どこか行ってみたい場所、ないか?」
「えっと……あるかな」
「じゃあ、そこにするぞ」
特に行きたい場所がない俺が選ぶより、ここは坂部に任せた方がいいだろう。
そうして歩き出そうとするが、その前に、坂部は俺にパンフレットを渡してきた。
「じゃあ、その次は吉野くんが行きたい場所に行くから、選んでおいてね」
「俺がか? 全部坂部の好きなところに行っていいんだぞ」
「そんなの悪いよ。吉野くんだって、ちゃんと行ってみたいところ見つけてよね」
「わかったよ。次のアトラクションが終わるまでに考えておく」
この遊園地に来たのは初めてじゃないが、もうずいぶん前の話だ。
パンフレットを見ると忘れているのも多かったし、つい最近できたアトラクションもけっこうあるみたいだ。
元々、今日は一日ずっと日向の保護者でいるつもりだったから、自分がどこに行きたいかなんて、考えてなかった。
なのにこうして日向から離れ坂部と二人で回ってるのは、さっき坂部の姉さんにこう言われたからだ。
『お願い。知世を遊ばせてあげてくれない。今日あの子を誘ったのは、巧の面倒を見てもらってるお礼がしたかったからなのに、こんな時まで構いっぱなしなんだもん。それはそれで嬉しいんだけどさ、姉としては、たまには妹に羽を伸ばしてほしいのよ』
そんなこと言われたら、連れ出さないわけにはいかないだろ。
特に、妹には羽を伸ばしてほしいって一言がきいた。
俺が日向には思いっきり遊んでほしいって思ってるように、坂部の姉さんもそうなのかもな。
けど、俺と坂部が一緒に楽しむには、ひとつ問題があったんだ。とても、大きな問題が。
俺たちの間には、会話がないんだ。
「待ち時間、けっこうあるみたいだね」
「ああ」
「吉野くんは、並ぶの平気?」
「ああ」
坂部が乗りたいと言ったジェットコースターの列に並んでこの会話をしたのが、今から少し前。
いや、俺はただ相槌を打ってただけだし、会話って言えるのか?
しかも、それからはお互い沈黙してる。
けどそれも当然だよな。
日向とたっくんっていう保育園組のことを除けば、俺たちの接点はほぼゼロ。
それらの話題が出ている時は二人とも夢中になって語り合えるけど、そうでなけりゃ何を話せばいいかなんてわからない。
おまけに、俺には仲のいい女子なんていないし、特別仲良くなりたいと思ったこともなかったから、話の引き出しなんてねえよ。
そんな風に困っていると、俺より先に坂部が口を開いた。
「日向ちゃん、喜んでてよかったね」
「あ、ああ。そうだな」
やっぱり、俺たちが話せることと言ったらそれしかないか。
こんな時くらい、何か別の話題を出せたらとも思ったが、黙っているよりはずっといい。
「あとで、坂部の姉さんにもう一度礼を言っておかないとな」
「お姉ちゃんは、別にそんなのいいって言うと思うよ」
「それでもだ。連れてきてもらっただけじゃない。今だって、日向の面倒見てもらってるだろ。それに日向のやつ、めちゃめちゃ甘えてたじゃないか」
甘えすぎて、今頃迷惑をかけてないかが心配になるくらいだ。
いい子でいるって約束、ちゃんと守るんだそ。
「日向のやつ、元々女の人に懐くことが多いんだよな。俺や父さんも面倒見てるけど、母さんがいないこと、どこかで寂しいって思ってるのかもな」
「お母さん? いないって、どういうこと?」
何気なく言った俺の言葉に、首を傾げる坂部。
あっ、しまった。
そうだよな。今の言い方じゃ、そう思うよな。
「俺の母さん、亡くなってるんだよな。日向が生まれた、少し後に」
「えっ……ご、ごめん」
とたんに申し訳なさそうにする坂部。
茶化せるような話じゃないし、気まずくなるのも無理ないか。
けど、ここで坂部が謝る必要なんてないだろ。
「俺の方こそ、変なこと言い出して悪かったな。けどもう何年も前の話だし、引きずってるってこともないからな」
「そ、そう?」
「ああ。だから、お前が気にするようなことじゃない」
そう言って話を終わらせようとする。
これ以上続けたって微妙な空気になるだけだし、坂部だって困るだろ。そう思っていた。
だが坂部は、躊躇いがちに声をあげる。
「で、でもさ……日向ちゃん。お母さんがいないの、寂しいかもしれないけど、その分吉野くんが、たくさん日向ちゃんのこと大事にしてるでしょ」
「ああ。まあな……」
「私もね、小さい頃は、お姉ちゃんに面倒見てもらうことが多かったの。たくさん甘えたし、一緒に遊ぶの、凄く楽しくてかったんだ。えっと、だから……多分、日向ちゃんだってそうじゃないかな。」
たどたどしい感じで、それでも言葉を続ける坂部。
その一生懸命な様子がなんだかおかしくて、さっきまでの微妙な空気も忘れて、つい笑ってしまった。
「ぷっ…………お前、必死すぎ」
「だ、だって……」
「ありがとうな」
日向がどう思っているかなんて、本当のところはわからない。
けど、そんな風に言ってくれるのは嬉しかった。
「そうだといいな」
「きっとそうだよ。お姉ちゃんにたくさん甘えた、妹としての意見」
「そいつは、心強いな」
そうこうしているうちに、ジェットコースターの順番がやってくる。
なんて話せばいいかわからなくて、場が持つか心配だったけど、俺や日向や母さんのこと、そんな風に言ってくれるやつと一緒にいるってのは、意外と悪くないかもな。
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