第8話 お迎えに行くのが遅れちゃう

 体育祭実行委員の仕事は、その日の放課後から始まる。


 まずは全部のクラスの実行委員が集まっての顔合わせがあるんだけど、私も吉野くんもそれに出て、これからの大まかな説明を受けていた。


「以上が、体育祭当日とそれまでにやる作業の流れになります。細かい内容が書かれたプリントがあるので、とりあえず今日は、それをまとめたしおりを作ってください」


 担当の先生はそう言うと、束になってるプリントをいくつも持ってきた。


 しおりは私たち実行委員以外の生徒も、普段の授業時間で体育祭の準備をする時に使うから、全部の生徒の数だけ必要になるんだって。


 それをここにいる実行委員の人たちだけで作るのは、けっこう大変そう。


 初日なんだし、今日はすぐ帰れるかなって思ってたけど、そんな期待はあっさり打ち砕かれちゃった。


 吉野くんも似たようなことを思ってたみたいで、面倒くさそうにため息をついていた。


「災難だよね」

「まったくだ。まさかこんなことになるなんてな。さっさと終わらせるぞ」


 そうして、しおりを作る作業に取り掛かる。


 先生からは、自分の担当する分を作り終えたら、あとは各自勝手に帰っていいって言われたけど、量が多いからまあまあ時間がかかりそう。


 私と吉野くんはうちのクラスに配る分を手分けして作っていたけど、その間会話はほとんどない。


 私語は禁止じゃないし、中にはお喋りしながらやってる子もいるけど、私と吉野くんじゃ話せるような話題もないからね。


 日向ちゃんの話題なら別かもしれないけど、保育園でのこと、人には言わないでって言ってたから、ここでその話をするのはやめた方がいいよね。


 あっ、でもちょっと待って。


「ねえ、吉野くん」


 他の人には聞こえないくらいの、小さな声で話しかける。


「日向ちゃんのお迎え、毎日行ってるんだよね。大丈夫なの?」


 私は、今日はたっくんのお迎えがあるわけじゃないけど、吉野くんは違うよね。


 保育園には、だいたいこのくらいの時間までには迎えに来てくださいって決まりがある。

 まだまだ余裕があるんだけど、もしも作業が長引いて終わるのが遅れたら、間に合わなくなるかもしれない。


「ああ。だから、さっさと終わらせるって言っただろ。明日からは、先生に事情を話して、あまり遅くまでは残れないって伝えるつもりだ」


 本当は今日もそうしたいだろうけど、先生、作業の指示をしたあとは、私たちに任せていなくなったからね。

 そうなると、私も急がないと。私がモタモタしてたら吉野くんが帰るのが遅くなるからね。


 そうして私たちは、素早く黙々と作業を続ける。

 ってできたらよかったんだけど、そうはならなかったの。


「ねえ吉野くん、これどうすればいいかわからないんだけど、教えてくれる?」


 そう言ってきたのは、隣のクラスの木村さん。

 途中から、作業のやり方がよくわからないって、やたらと吉野くんに聞いてくるようになったんだよね。


「またかよ。さっきも同じこと聞いたよな」

「だって、一度じゃ覚えられないんだもん」

「だいたい、聞くなら俺じゃなくて同じクラスのやつに聞けばいいだろ」

「吉野くんの説明、わかりやすいから」


 わかりやすいなら、一度でちゃんと覚えられるんじゃないかな?

 そもそも何度も聞くような難しい作業でもないし。


 というか、多分木村さんは、やり方を聞きたいんじゃなくて、吉野くんとお喋りしたいんだと思う。


 吉野くんはその度に、不機嫌そうな顔して塩対応してるけど、木村さんはそれでもめげずに何度も話しかけてくる。


 気になる男の子とお喋りしたいって気持ちはわからなくはないけど、やればやるほど吉野くんの機嫌が悪くなってない? 木村さん、それでいいの?


 そんなに何度も中断されたら、作業だってうまく進まない。

 終わって帰る人たちも出てくる中、私たちがやらなきゃいけない作業は、まだまだ残ってた。


 時計を見ると、そろそろ日向ちゃんのお迎えに行かなきゃ、間に合わなくなりそう。

 なのに、そんなこと知らない木村さんは、まだ吉野くんとお喋りしようとしてくる。


「お前、いい加減にしろよ。俺、急いでるんだけど」

「ごめんごめん。私のが終わったら、吉野くんの分も手伝うからさ」

「お前の方が残ってるだろ。少しは真面目にやれよ」


 吉野くんは怒りながら、何度か時計をチラチラと見ている。やっぱり、日向ちゃんのお迎えの時間、気にしてるんだよね。


 けどこのままじゃ、どんなに急いだって時間がかかりそう。


「あ、あの、吉野くん!」


 吉野くんと木村さんの言い合いをストップするように、声をあげる。

 お喋りを中断させられた木村さんは少し怒ったように私を見るけど、今はそれを気にしてる場合じゃない。


「えっと……吉野くん、用事があるんだよね。残りは私がやるから、今日はもう帰った方がいいんじゃない?」

「えっ? けど、まだけっこう残ってるぞ」


 吉野くんの言う通り、残りの量はまだまだあって、これを全部一人でやるのは大変そう。

 けどそれだけ残ってるからこそ、吉野くんは今すぐ帰った方がいいと思う。


「これくらい大丈夫だって。」

「けどよ……」


 保育園よお迎えの時間に間に合うためには、今すぐ帰った方がいいってこと、吉野くんだってきっとわかってる。

 それでも、残りを私一人にやらせるのには抵抗があるみたいで、すぐには頷いてくれなかった。


 けどこのまま言い合ってたら、それこそ時間がかかっちゃう。


「日向ちゃん、待たせちゃかわいそうだよ」

「────っ!」


 小さい声で日向ちゃんの名前を出すと、吉野くんはわかりやすいくらいに反応する。


「時間がすぎても吉野くんがやってこずに、他の子がみんな帰ったあと一人だけで待つことになったら、すごく心細くなるんじゃないかな?」

「くっ……」


 寂しがる日向ちゃんを想像したのか、吉野くんの顔がくしゃりと歪む。

 私だって、そんなことになったら、悲しい気持ちになる。


 だからやっぱり、吉野くんはすぐに帰ってお迎えに行った方がいい。


「ほら、早く」

「本当にいいのか?」

「私は、今日は用事もないからね。任せてよ」

「────ああ。ありがとな」


 吉野くんは少しだけ躊躇ったけど、頷いた後は、急いで帰り支度を始める。


 今から保育園に行けば、お迎えの時間はオーバーせずにすみそう。

 そして出ていく直前、吉野くんは木村さんに向かって言う。


「俺が遅れたのは、お前のせいだからな。責任とって、坂部の作業、ちゃんと手伝えよな」

「えっ!?」


 とたんに慌てる木村さん。

 吉野くんの手伝いなら大喜びでやっただろうけど、相手が私なら、そんなのやりたくないみたい。


 けど吉野くんの言う通り、作業が遅れたのは木村さんが原因なんだから、手伝ってもらうくらいはいいよね。





 ◆◇◆◇◆◇





「終わったー」


 しおり作りもようやく終わって、帰り道。


 あの後木村さんはグチグチ言いながらも手伝ってくれたけど、元々自分のやるべきだった作業もあったから、全部終わるのはけっこう時間がかかっちゃった。


「吉野くん。日向ちゃんのお迎え、間に合ったかな?」


 あのタイミングで帰ったなら、多分間に合ったと思うけど、どうかな?


 スマホを取り出して、メッセージアプリを開く。

 吉野くんの連絡先はこの前交換してあるから、これを使って聞いてみよう。

 そう思ったら、既に吉野くんからのメッセージが入ってた。


【日向の迎え、ちゃんと間に合った。坂部のおかげだ。ありがとな】


 よかった。

 こんな風にお礼を言われると、少し照れくさくて、それになんだか嬉しくなる。

 作業の疲れや面倒さも、ありがとうの一言で、一気に吹き飛んだ気がした。


「返事、しようかな」


 そう思ったところで、ふと気づく。

 吉野くんからのメッセージには、まだ続きがあることに。


 なんだろう。

 画面をスライドさせて、続きを読む。


 すると────


「ふぇぇぇぇぇぇっ!?!?」


 書かれているものを見た瞬間、私は驚きの声をあげたのだった。



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