第7話 体育祭の実行委員

 昨日から、吉野くんと会ったり話したり、何かと距離が近くなることが多い。

 もちろんそんなの、たまたまの偶然だけど、偶然ってのは一度起きたら次々に起こりやすくなるらしい。


 そう思ったのは、この日あったロングホームルームの時間だった。


 その内容は、もうすぐある体育祭の、実行委員決め。

 全てのクラスから男女それぞれ一人ずつ選ばれるんだけど、実行委員なんて言っても、やることは競技で使う道具の作成や、壊れてないかのチェック。要は、雑用係だ。

 あと体育祭当日には、特別プログラムとして、実行委員の人たち限定のリレーってのもあるんだよね。


 リレーはスポーツが好きな人ならやりたいかもしれないけど、雑用をやりたいって人はまずいない。

 私や紫ももちろんそうで、紫なんて、ホームルームが始まる前から、ブーブー言っていた。


「やだやだ。うちの部の先輩に、去年実行委員やった人がいるんだけど、とにかく面倒で、部活の時間もかなり減ったって言ってたんだよね」

「そうなんだ。それは嫌だな……」

「でしょ。絶対やりたくなーい!」


 実行委員の仕事は、体育祭当日だけじゃなくて、それまでの準備だってたくさんある。

 そのせいで、何度も放課後集まって話し合いや作業をしなきゃいけないんだって。

 そのせいで、紫みたいに部活をやってる子からの評判は、特に悪かった。


 もちろん私だって、部活には入ってないけど、実行委員なんてやりたくない。


 けどそう思ってるのはみんな同じで、自分からやりたいなんて言う人は誰もいない。


 するとなかなか決まらないことに痺れを切らしたのか、先生がこんなことを言い出した。


「このままじゃ、いつまで経っても決まらないぞ。誰もやるって言わないなら、くじ引きで決めるからな。当たったやつに拒否権はない」


 これにはクラス中からブーイングがあったけど、だからって他にいい案があるわけじゃない。

 結局みんな、しぶしぶくじをひくことになる。

 先生はこうなるだろうって予想してたのか、既にくじは用意してあった。


「箱の中に折った紙が入ってるから、男女で別れて順番に引いていくように。ひとつだけ当たりが入ってるから、それを引いたやつが実行委員だからな」


 当たりって、それってむしろハズレなんじゃないかな。

 そう思ってる間に何人かがくじを引いていくけど、当たりが出たって人はまだいない。


 当たりはたったひとつしか入ってないから、そう簡単には出ないか。

 紫も引いたけど、見事にハズレだった。


「よし! 実行委員にならずにすんだ!」

「よかったね、紫」

「次は知世の番でしょ。ちゃんとハズレを引きなよ」

「ちゃんとって、こんなの運でしかないんだから、そんなこと言われても困るよ」


 とはいえ、まだまだ確率的にはハズレの方が可能性は高いはず。きっと、大丈夫だよね。

 箱の中に手を入れ、一枚抜き取って、ハズレですようにと祈りながらそれを開く。

 だけど、その祈りは通じなかった。

 開いた紙には、大きく『当たり』って書いてあった。


「そんなぁーっ!」


 そりゃ誰かが必ず当たるってのはわかるけど、それが私じゃなくてもいいじゃない。

 できれば誰か変わってほしいけど、そんな子がいるなら最初から立候補してる。

 助けを求めるように他の子を見るけど、みんな気の毒そうに目をそらすだけだった。


「ありゃりゃ。知世、ご愁傷さま」

「うぅ〜っ。紫は、代わりにやってはくれないよね?」

「うん。悪いけど、それは無理」

「だよね……」


 嫌だけど、こればっかりは仕方ない。

 ガックリ肩を落とすと、男子の方はまだ当たりが出ていないみたいで何人かが順番に引いていってた。


「げっ。当たった」


 くじを引いた男子の中から、そんな声があがる。

 嫌だよね。その気持ち、よーくわかるよ。私と同じ、くじ運悪い仲間だね。それに、実行委員仲間だ。


 いったい誰なのかなって、男子たちの方をよく見る。

 すると──。


「えっ、吉野くん!?」


 男子の真ん中で、吉野くんがくじを握りながら顔を顰めてた。


「俺、やりたくないんだけど」

「俺たちだってそうだよ。そういう文句を言わせないためのくじ引きだろ」

「まさか、やらないなんて言わないよな」


 嫌そうにする吉野くんだけど、他の男子にあれこれ言われて、それでも嫌だとは言えなかったみたい。


「わかってるよ。やればいいんだろ」


 これって、吉野くんが実行委員になったってことだよね。

 私、吉野くんと一緒に実行委員やることになるんだよね。


 するとその途端、女子の空気が一気に変わった。


「ちょっと待って。男子の実行委員って吉野くん!?」

「だったら、私も実行委員になりたいんだけど!?」

「するい! 私だってそうだよ!」


 さっきまで誰もやりたがらなかったのが嘘みたいに、みんな一斉に声をあげる。


 同じ実行委員なら、仕事中一緒にいられる時間が増える。みんな、吉野くんと一緒にいたいんだ。


 そして、騒ぐ女の子たちの視線が、一気に私に注がれる。


「坂部さん。あなた、どうしても実行委員やりたい? 嫌だとか面倒だとか、思ってない?」

「えっ──えぇっ!?」


 もしかして、私の代わりに実行委員になろうとしてるの?

 どうしよう。そりゃ、確かに嫌とか面倒とか思ってたよ。けど男子の実行委員が吉野くんになった今、代わってほしいって思ってる子は何人もいるよね。

 考えなしに代わってなんて言ったら、大変なことになるかも。


 さらに、それを聞いた先生が口を挟んでくる。


「おいお前たち、これ以上揉めるんじゃない。交代はなし。この二人でもう決定だ!」


 代わるのダメなの? このままじゃ私、吉野くんのファンから嫉妬されそうなんだけど。


 思った通り女の子たちからブーイングがあがるけと、そこで、ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴る。


「男子は吉野、女子は坂部で決定だ。みんな、文句言うんじゃない」


 ああ。本当に、私と吉野くんが実行委員になっちゃった。


「えっと、知世。色んな意味で大変だろうけど、頑張ってね」


 紫がポンと肩に手を置くけど、私は乾いた笑いでそれに返すことしかできなかった。

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