実行委員はひと苦労
第6話 事情を知ってる大森くん
保育園で吉野くんとバッタリ会った次の日の朝。
学校に行き、校門をくぐったところで、少し前を吉野くんが歩いているのを見つける。
そしてその横には、一人の女の子がいた。
「あれって、草野さん?」
草野さんは私と同じクラスの子で、学年でも指折りの美少女だ。
そんな彼女が吉野くんと並んで歩くと、美男美女って組み合わせになって、とっても映える。
って言いたいところだけど、どうにもそんな雰囲気じゃ無さそう。
草野さんは、あれこれ吉野くんに話しかけているみたいなんだけど、吉野くんは特に興味はなくて、さっさと先に歩いていってるって感じ。
そういえば草野さん、吉野くんに告白してフラれたって、紫が言ってたっけ。
二人とも歩く速さが違うから、草野さんは時々小走りになって吉野の後についていくけど、吉野くんはお構いなし。
すると、やがて草野さんは大きく声をあげた。
「ひどい! だったらもういいよ!」
そうしてクルリと後ろを向き、逃げるように駆け出していく。
私のすぐ横を通って、その時間近で草野さんの顔を見たけど、怒ってるような悲しんでるような、なんとも言えない表情をしていた。
吉野くんも振り返ってそれを見送ったけど、その時、私と目が合った。
「よう」
「あっ──お、おはよう」
「昨日は、日向の写真ありがとな」
「う、うん……」
吉野くんは普通に挨拶してくるけど、私も普通にしてていいのかな?
あんなの見た後じゃ、なんだか気まずいよ。
「えっと……今のって、草野さんだよね? 何かあったの?」
「少し前に、色々あったんだよ」
「色々って、えっと……告白とか?」
「知ってたのか。まあ、そういうこと」
紫から聞いた話、本当だったんだ。
別に疑ってたわけじゃないけど、こうして直接本人の口から聞くと、噂で聞くよりずっと重く感じる。
「その時は断ったけど、それならせめて、今日の放課後遊びに付き合ってくれって言われたんだよ。それも、断ったけどな」
「それって日向ちゃんのお迎えがあるから?」
「それもある。放課後遊びに行ったら、迎えにいく時間に間に合わなくなるからな」
草野さんはそれが不満で、あんな顔してたんだ。
「まあ、日向のこと抜きにしても答えは変わらなかっただろうけどな。付き合うとか言われても興味無いし、そもそもアイツのことよく知らないから」
学年でも指折りの美少女をバッサリ。こんなのを見ると、さすが氷の王子様って言われるだけのことはあるよ。
「女の子と付き合うの、興味ないんだ」
「そんなことしてる暇があったら、日向と一緒にいられる時間を作る」
昨日、私が思った通りのことを言い出した。
草野さんもまさかそんな理由でフラれたなんて思ってもないだろうけど、昨日の吉野くんを見たら納得するよ。
「本当に、日向ちゃんのこと大好きなんだね」
「ああ。大事な妹だからな」
これじゃ、吉野くんに本気で恋してるファンの子たちは大変そう。
けどそんな子たちには悪いけど、私はそんな風に日向ちゃんを大事にする吉野くんは、氷の王子様って呼ばれてるクールな姿よりも好きかも。
吉野くんに彼女ができるとしたら、その相手もきっと、こんな吉野くんしっかり受け入れられる人なんだろうな。
そのまま私たちは、なんとなく並んで歩く。吉野くんの隣ってのはなんだか緊張するけど、わざわざ離れるのも変だからね。
それに、日向ちゃんの可愛さを語ったりたっくんと遊んでくれたりしているところを見ると、近寄り難い雰囲気も、少しは薄くなってる気がした。
そうして、揃って下駄箱まで来た時だった。
「よう、星。お前が女子と一緒なんて珍しいな」
一人の男子が、吉野くんを見るなり、そんなことを言ってきた。
その子は、隣のクラスの大森俊介くん。吉野くんの友達で、氷の王子って吉野くんとすっごくフランクに話せる数少ない人だ。
「別に、俺が誰と一緒にいようと勝手だろ」
「そりゃそうだけどさ、お前、言い寄ってくる女子がいても、いつも近寄んなって感じで塩対応じゃないか。告白されても遊びに誘われても、顔色ひとつ変えずに断ってるだろ」
大森くんの言い方だと吉野くんがすっごく冷たい人みたいに聞こえるけど、たった今草野さんの誘いをキッパリ断ってたから、否定できないかも。
「えっと……君は確か、坂部知世さんだっけ。星と同じクラスの」
「そうだけど、どうして知ってるの?」
「どうしてって、同じ学年だし、クラスが違っても顔と名前くらいだいたいわかるでしょ」
「えっ、でも……」
そうなのかな?
私は他のクラスだと名前知らない人もけっこういるよ。吉野くんなんて、同じクラスなのに昨日まで私の名前知らなかったんだけど。
「……悪かったな」
「あ、いや、別に……」
この話題、引き伸ばすとお互いに気まずくなりそうだし、これ以上何も言わないでおこう。
「で、なんでまた二人が一緒にいるんだ?」
「別に、ただそこで会ったんだよ。昨日も学校が終わった後にたまたま会ったから、その時の話をしただけだ」
「昨日? けど星、お前いつも、学校が終わったらすぐに日向ちゃん迎えに行ってるじゃないか?」
大森くん、日向ちゃんのこと知ってるんだ。そういえば、昨日吉野くんもそんなこと言ってたっけ。
「迎えに行った先で会ったんだよ。こいつの甥っ子も日向と同じ保育園通ってて、昨日たまたま迎えに来てたんだよ」
「えっ。じゃあもしかして坂部さん、星と日向ちゃんが一緒のところ見たの?」
「ええ、まあ……」
「すごくなかった?」
「それは……」
すごいというか、ビックリはしたかな。
けどそう言っちゃうと、吉野くん怒るかも。
大森くんも、どうしてそんな言い方するかな。そういえば吉野くん、大森くんに、シスコンってからかわれたことがあるって言ってたっけ。
「わ、私だって甥っ子のこと大好きだから、吉野くんが日向ちゃんを可愛がる気持ち、わかるから。日向ちゃんすっごく可愛いし、あんな妹がいたら私だって夢中になっちゃうよ! たっくんと二人一緒にもたれかかったところなんて、変わってほしいくらいだよ!」
日向ちゃんが大好きだっていい。って言うか、あんなに可愛いんだから大好きになって当然。
そう伝えたくて、叫ぶように言う。
そしたら大森くん、まるでそれに圧倒されたみたいに大きく仰け反った。
「そ、そうか。そこまで勢いよく言われるとは思わなかったから、驚いたな」
そ、そう?
もしかして、引かれた?
そう思ったけど、大森くん、今度はニコッと笑ったかと思うと、吉野くんの背中をバシバシと叩き出した。
「見ろ星! お前の日向ちゃん愛、ちゃんと受け入れる子いるじゃないか。だから言ってただろ。お前、普段無愛想なんだから、もっとそういう人間らしいところを見せていけって」
「余計なお世話だ。だいたい、お前がシスコンシスコン言うから、人前では言いたくなくなったんだよ」
「だから、お前のシスコンはむしろチャームポイントなんだって。氷の王子にそんな一面があるって知ったら、ますます女子人気上がるぞ」
「なら、なおさら言わなくていい。興味ない奴らに言いよられても迷惑なだけだ」
大森くん、吉野くんのことをシスコンって言ったの、そういうわけだったんだ。
はしゃぐ大森くんに対して、吉野くんは実に迷惑そう。
けどね、私、大森くんの気持ちわかるな。
「わ、私も、日向ちゃんやたっくんと遊んでた吉野くん、いいと思ったよ。普段学校で見るのとは全然違ったからビックリしたけど、すごく優しそうだったし、なんて言うか、見ていて癒される」
「おぉっ、わかってくれるか。坂部さん、見る目あるね」
「……お前ら、いい加減にしろ」
盛り上がる私と大森くんを、吉野くんはじとっとした目で睨む。
「ご、ごめん」
ど、どうしよう。吉野くん、怒っちゃったかな?
けど大森くんが、そっと私の耳元で囁く。
「大丈夫。本気で怒ってるわけじゃないから」
「そ、そうなの?」
「長年アイツの側にいた俺を信じてよ」
本当に?
吉野くんは、プイッとそっぽを向いて何も言わなかった。
たけど私もなんとなく、大森くんの言う通りのような気がした。
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