第5話 吉野くんとお姉ちゃん

 その日の夜。いつもの我が家のメンバーにたっくんを加えての晩ご飯を終えたところで、仕事から帰ってきたお姉ちゃんがやってきた。


「知世ーっ。巧のこと任せってばっかりでごめんねーっ!」

「ぶはっ! お姉ちゃん、苦しいよ」


 謝りながら抱きついてくるお姉ちゃん。

 私がまだ小さかった頃からやってる、お姉ちゃん定番のスキンシップだ。


 そして、やってきたのはお姉ちゃんだけじゃない。お姉ちゃんの旦那さんの、正夫さんも一緒だった。

 二人とも、仕事が終わって帰る時間が同じくらいになったから、一緒に来たんだって。


「巧、いい子にしてたかい?」

「うん。知世お姉ちゃんと一緒にお絵描きしてたの!」


 たっくんははしゃぐように声をあげると、さっき私と一緒に描いた絵を正夫さんに見せる。

 たっくんの好きな、変身して戦うヒーローの絵だ。


「知世ちゃん、本当にごめんね。本当なら、僕らでちゃんと面倒見なきゃいけないのに」


 正夫さんは私だけでなく、お父さんにも頭を下げる。


「お義父さんも、すみません」

「遠慮なく頼りなさい。二人とも、しばらくの間仕事が忙しくなりそうなんだろ」

「そうなんですよね。なのでもしかすると、今日みたいなことがこれから増えるかもしれません。本当にすみません」


 正夫さん、優しそうな人なんだけど、そのせいか私たちに頼るのを悪いと思ってるみたい。

 けど、みんな全然迷惑なんて思ってないから。


「私は、たっくんを迎えに行くのも一緒に遊ぶのも、楽しいからやってるんです。なんなら、毎日だっていいくらいです」

「ありがとう。けどさすがに、そこまで頼むことはないようにするから。僕も、ちゃんと巧のお迎えに行きたいし、一緒の時間は作りたいからね」

「わかりました。でも忙しい時は、いつでも迎えに行きますから」


 そういえば、吉野くんは日向ちゃんのこと、毎日迎えに行くって言ってたっけ。


 私がたっくんを迎えにいくのは、今言ったみたいに、お姉ちゃんや正夫さんの仕事が忙しい日だけ。

 けど吉野くんは、本当に毎日行ってるっぽいんだよね。


「ねえ、お姉ちゃんに正夫さん。たっくんと同じ組にいる、日向ちゃんって知ってる? それに、そのお兄さん」

「えっ、日向ちゃん?」


 お姉ちゃんはほんの一瞬だけ考えて、それからすぐに大きく頷いた。


「ああ、知ってる知ってる。あのイケメンな子よね。知世と同じ学校の制服を着てたし、お父さんやお母さんじゃなくてお兄さんが毎日迎えに来るのって珍しいから、前に声かけたことあるわよ。巧と日向ちゃんは仲良いから、その挨拶もかねてね」

「えっ! お姉ちゃん、吉野くんと話したことあるの!?」

「あるわよ。って言っても、巧をよろしくっていう、挨拶くらいのものだけどね」


 まさかお姉ちゃんと吉野くんにそんな接点があったなんて、思いもしなかったよ。


「たっくんからも話聞いたけど、何度か遊んでもらってるんだってね」

「そうなのよ。面倒見がよくてしっかりした子ね。学校でもそうなの?」

「う〜ん、どうかな?」


 確かに吉野くんはしっかりしているイメージがあるけど、あんな風に子供の相手をするのは、普段の学校での姿とはだいぶ違うかも。

 たっくんや日向ちゃんと遊んでるところを直接見てなかったら、想像できなかったかもしれない。


「もしかして知世、仲良いの? ボーイフレンドとか?」

「へっ? ち、違うよ!」

「えぇ〜っ、本当? 言っとくけど、彼氏にするならああいう子がいいわよ。気遣いできて優しそうじゃない」

「か、彼氏!? 」


 何を勘違いしたのか、ニヤニヤ笑い出すお姉ちゃん。

 けど、そんなんじゃないってば。


 だいたい私が、吉野くんみたいなイケメンと付き合えるわけないし、もしそんなことになったら吉野くんのファンから吊るし上げられそう。

 ファンの中には、過激な子もいるって聞いたことがあるからね。


「そもそも、吉野くんって女の子と付き合うより、日向ちゃんと遊んでる方が楽しいかもよ」


 日向ちゃんのことを、可愛いとか天使とか、将来モテすぎたら困るとか言ってたのを思い出す。


 もちろん妹を可愛がるのと恋愛は、全然別の話かもしれない。

 だけど日向ちゃんへの溺愛ぶりを思うと、恋愛よりも日向ちゃんの方が大事って言いそうな気がした。

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