第3話 私だってブラコンだよ! って、ちょっと違う?
とりあえず、私は吉野くんに連れられ、部屋の隅へと移動させられる。
吉野くんから、さっきたっくんや日向ちゃんに向けてた笑顔は消えていて、今はすっかり仏頂面だ。
「だいたい、どうしてお前がここにいるんだ」
「どうしてって、私はただ、たっくんの迎えに来ただけだよ」
それなのに、こうして吉野くんに詰め寄られるなんて、世の中何が起こるかわからない。
「たっくん? あの子、お前の弟なのか?」
「たっくんは、私のお姉ちゃんの子どもだよ。お姉ちゃんや旦那さんが仕事終わるの遅い日は、私が迎えにくるようにしてるの」
「なるほど。つまりお前は、あの子のおばさんってわけか」
「おばっ……」
おばさんって、普通そんなこと、女の子に堂々と言う?
そりゃ、たっくんから見ればそうなんだけどさ……
「そ、そういう吉野くんこそ、どうしているのよ」
「俺も、お前と似たようなもん。妹を迎えに来ただけだ」
吉野くんはそう言って、離れたところで遊んでる日向ちゃんを指差した。
「えっ。日向ちゃんって、吉野くんの妹なの?」
「ああ。吉野日向、年は離れてるけど、れっきとした俺の妹だ」
言われてみれば、日向ちゃんの顔つき、特に目元なんかは、どことなく吉野くんと似てるかも。
あと、かわいい。子ども故の可愛さってのもあるだろうけど、日向ちゃんってすっごく美少女感があるからね。
吉野くんも吉野くんで、モデルやアイドルみたいなイケメンだから、その妹も美少女っていうのは、なんだか説得力があった。
吉野くんのうちの遺伝子ってすごい。
「俺の家、父親が仕事から帰ってくるのが遅いからな。毎日俺が日向を迎えに行って、それから家で面倒見てるんだよ」
「そうなんだ」
なるほど。それは確かに、私と似たようなものかも。
けど私と違って、吉野くんは毎日それをやってるんだ。
毎日日向ちゃんを迎えに来て、それから面倒を見る。
それってなんだか、すごく──
「楽しそう」
「はっ?」
私の言葉を聞いて、意外そうに声をあげる吉野くん。
あれ? 私がたっくんを迎えに行ったり、その後家で遊んだりする時は、ずっと楽しいって思ってるよ。
だから吉野くんもそうかなって思ったんだけど、違うの?
「吉野くん、子供の相手に慣れてそうだし、それに日向ちゃん、すっごく可愛いもん。だから、毎日一緒に遊ぶの楽しそうだなって思ったんだけど、違った?」
それとも、さすがに毎日ってなると大変なのかな?
だけどそのとたん、吉野くんの顔がパッと明るくなる。
「おっ。日向の可愛いさ、わかるか。そうだろそうだろ。俺も、将来はアイドルかモデルになれるんじゃないかって思ってる。って言うか、天使じゃねぇ?」
「そ、そう?」
「お前のところの、たっくん。あいつも、この保育園じゃ、日向が可愛いって誰よりもわかってるんだろうな。しょっちゅう一緒に遊んでるって、日向が言ってたぞ。けど、そのうち日向の可愛いさをわかるやつが増えすぎて、余計なちょっかいかけてくるやつが出てきたら困るな」
デレっとしながら日向ちゃんの可愛さを語ったかと思うと、真剣な顔で心配し始める。
まあ、モテすぎて困る気持ちは、吉野くんならわかるのかもしれないけど。
それにしても、さっき日向ちゃんやたっくんと遊んでいた時もそうだったけど、学校で見る吉野くんとは、まるで別人だ。
こんな風に、コロコロ表情が変わる吉野くん。
ファンの子が見たら、声をあげて騒いじゃうかも。
けど、そんな百面相も長くは続かない。
ハッと我に返ったみたいに息を飲むと、恥ずかしそうに顔を赤くし、それをごまかすように咳払いをする。
「……おかしかったら笑えよ」
「えっ?」
「どうせ、さっきの俺を見て、シスコンだとか思ってたんだろ。その通りだよ。おかしいと思ったら笑えよ」
「それは……」
拗ねたようにプイッとそっぽを向く。
うーん。確かに、さっきの溺愛ぶりを見ると、シスコンって言えなくもないかも。
「い、いいじゃない、シスコンでも」
「シスコンだってこと、否定はしないんだな」
「うっ。それは……」
まずい。このままじゃ、また吉野くんの機嫌が悪くなりそう。
でもシスコンでもいいっていうのは、本当だから。せめて、なんとかしてそれだけでも伝えないと。
「そ、そんなこと言ったら、私だってブラコンだよ!」
「はっ?」
「いや、たっくんは甥っ子だから、ブラコンって言うのはおかしいか。この場合、なんて言うんだっけ? と、とにかく!」
スマホを取り出し、その中にある画像フォルダを吉野くんに見せる。
そこには、たっくんの写真が何枚も何枚も何枚も表示されていた。
「私が撮ったのだけじゃなくて、お姉ちゃんにも、可愛い写真が撮れたら送ってって頼んであるの。暇な時は、これ眺めてずっとニヤニヤしてるよ。けど、それが悪いなんて思ってないもん!」
走っているたっくん。お昼寝しているたっくん。友達と一緒に遊んでいるたっくん。
それらの写真を次々にスライドして見せる。
するとその途中で、吉野くんが声をあげた。
「待て。今の写真、もう一度見せてみろ!」
「えっ?」
なんだろう?
スマホを触る手を一度止めて、それから言われた通り、今まで見せていた写真をひとつひとつ順番に見せていく。
「それだ! もっとよく見せてくれ!」
吉野くんがストップをかけたのは、この保育園の砂場で遊んでいるたっくんの写真。
これは多分、お姉ちゃんが撮って送ってくれたやつだ。
砂で山を作ってキャッキャとはしゃいでいるたっくんが可愛らしい。
ただ、その写真に写っているのは、たっくんだけじゃなかった。たっくんのすぐ横に、同じように砂遊びをする日向ちゃんの姿が写ってた。
それを、吉野くんは真剣な顔で見ている。
「あっ──もしかして、日向ちゃんが写ってるの、まずかった?」
拡散したりネットとかに流出したりしたわけじゃないけど、中には、他の人の写真に写り込むのも嫌って人はいるかも。
吉野くんも、そうなのかな?
「いや、別にダメだって言ってるわけじゃない。ただな……」
「ただ……?」
「その写真、俺にもくれないか?」
えっ、そっち!?
まさかの言葉に驚くけど、たしかにこの写真に映る日向ちゃんはすっごく可愛くて、まさにベストショットって言っていい。
これは、吉野くんがほしがるのもわかる。
「いいよ。えっと、吉野くんのスマホに送ればいいんだっけ?」
「ああ、頼む」
吉野くんもスマホを取り出し、メッセージアプリを開く。
連絡先を聞いて、さっきの写真を送ろうとしたけど、そこではたと気づく。
今私、吉野くんと連絡先交換したよね。
そりゃ、そうしなきゃ写真送れないから当たり前なんだけど、吉野くんの連絡先なんて、ほしがる子はたくさんいそう。そして、実際に持ってる人はすごく少なそう。
そんな貴重なもの、こんなにアッサリ手に入れるなんて、いいのかな?
「どうかしたか?」
「う、ううん、何でもない。今送るね」
さっきの写真をメッセージに貼り付けて、送信。
無事に届いたみたいで、吉野くんは画面を見ながら目を輝かせてる。
まあ、吉野くんは特に気にしていないみたいだし、いいか。
写真をひとしきり眺めた吉野くんは、私に対する視線もだいぶ柔らかいものになっていた。
「写真、ありがとな。けど、その……今日見たこと、学校の奴らにはあんまり言わないでくれるか?」
「シスコンだってこと?」
「ああ。あとできれば、シスコンって言わないでほしいんだけど」
「あっ、ごめん」
いけないいけない。せっかく不機嫌そうなのがなくなったのに、また逆戻りしちゃう。
「まあ、お前はそれでからかったりはしないみたいだけどな」
「し、しないよそんなこと! って言うか、吉野くんをからかう人なんているの?」
「いる。俊介だ」
「あぁ……」
俊介っていうのは多分、私たちとの隣のクラスにいる、大森俊介くんのことかな。
吉野くんとは小学校に通っていたころからの友達で、彼に物怖じせずにグイグイ話しかけられる数少ない相手ってことで、何かと目立つ人だった。
けど物怖じしないってのは、そういうこともあるんだ。
「別にアイツは、悪気があって言ってるわけじゃなくて、ただ面白がってただけなんだけどな。俺は、それが面白くない」
そう言った吉野くんは、本当に面白くなさそうに、クシャリと顔を歪めてた。
「と、とりあえず、さっきのことは話さないでおくから」
「ああ、頼む。できれば、俺が毎日ここに迎えに来てることも秘密にしといてくれ」
「そこまで? 別にいいけど」
いくらなんでも、そこまで徹底しなくていいと思うけど、吉野くんがそう言うなら秘密にしておこう。
そもそも吉野くんとこんなところで会ってこんな風に話をしてるなんて、ファンの子達に知られたら怒られそうだからね。
「さてと、そろそろ帰るか。日向ーっ!」
吉野くんが呼ぶと、それまで遊んでいた日向ちゃんがとたとた走りながらやってくる。
一緒に遊んでいたたっくんも一緒だ。
「お兄ちゃん、もう帰るの?」
「ああ、そうだ。だから、ちゃんと挨拶するんだぞ」
「うん。バイバイ、たっくん」
日向ちゃんが手を振ってバイバイすると、たっくんも同じようにバイバイする。
「日向ちゃん、また明日ね」
それに吉野くんも、たっくんの前にしゃがみこんで、優しく頭を撫でた。
「いつも日向と遊んでくれて、ありがとな」
そう言って笑った吉野くんは、とっても優しそう。
もしかして吉野くん、日向ちゃんが可愛いってだけじゃなくて、子ども全般が好きなんじゃないのかな?
さっきだって、日向ちゃんだけでなく、たっくんとだって一緒に遊んであげてたよね。
なんだかこの短い時間で、吉野くんの意外な一面をたくさん見た気がする。
ビックリしたけど、そのどれもが、なんだか微笑ましかった。
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