魔法使いのススメ
藤宮紫苑
第1話
「いやー、びっくりしたよ。あんな寂れたビルの屋上で何してるのかと思ってみてたら、お姉さんいきなり飛び降りようとするんだもん。いやー、本当びっくりした」
深夜のファミレス、目の前にいる彼女はひょんなことから出会った赤の他人だ。明るい場所に来るまではわからなかったが、濡れ羽色の長く綺麗な髪に、きめ細かな白い肌、不自然なほどに整った綺麗な顔立ち、彼女とすれ違えばだれもが振り返るであろう。なぜか私はそんな彼女に命を助けられた。今回は。
「お姉さん、なんかまた良くない顔してるじゃん。え、何? 死にたい? そんなことより私の話でも聞きなよ。お姉さんの話は聞いてくれないのかって? 言いたいの? それならいいけど、聞こうか?」
私は見ず知らずの彼女に自分の心の中の不満をさらけ出した。彼女はそんな私の話をただただ黙って最後まで聞いていた。
「なるほど。結果が出ない。毎日寝て起きて、同じことの繰り返し。こんなに色々なものがあふれている世界なのに、なんで自分の人生はこんなにつまらないんだろうかと。なるほど。あ、それでさ、私そろそろお腹ペコペコで倒れそうなんだけど、お姉さん何食べる? え、食べたくないの? 何でよ、私だけで食べてたらなんか変な風に見られるじゃん。お姉さんアレルギーとかある? ……無いのね。おっけー」
話を聞いてくれたのは良かったが、彼女は話が終わるとすぐに食べ物の話を始めた。もうすでに私が話したことなど、頭の中から消えてしまったようだ。彼女はテーブルに備え付けられた端末を操作して料理を注文する。もつ鍋、ミートソース、フライドポテト、挙句の果てにラーメンまで頼んでいる。そんな量を一人で食べれるのだろうか? それから十五分ほど経ち、料理が次々と運び込まれてくる。テーブルの上に並ぶ料理の数々、他人事ではあるが流石にこの量は心配になってしまう。
「来た来た。さあ、お姉さんも食べよう。え、自分は頼んでないって? まだそんなこと言ってるの? こんなの私一人で食べれるわけないじゃん、見てよ私のこのか細い腕を! え、それほどか細くもないって? うるさいなー。ほら、ラーメンとか早く食べないと伸びちゃうじゃん。え、夜にラーメンは無理だって? さっき飛び降りようとしてた人が何言ってんの? そんなの気にする暇があったら早く食べなよ。腹早く!」
彼女は小さなどんぶりにラーメンを取り分けると私の目の前に置いた。言われてみればお昼から何も食べてなかった。急に腹の音が鳴る。恥ずかしながら、こんな気分でもお腹は空くようだ。結局私は目の前にある料理の匂いの誘惑に負け、彼女に言われるがままに食事に付き合う羽目になった。最後の方なんて、もう食べたくないくらいにお腹がいっぱいになったというのに、頼んだ本人が小食だったせいで、私の方が無理をして後処理をする羽目になってしまった。
「いやー、おいしかったー。ありがとね、お姉さん。ここいつも来るんだけどさー、色々食べたいものはいっぱいあるけど、私って小食じゃない? そのせいで一度にあんまり頼めなくてさぁ。今日はお姉さんがいてくれてよかったよ。え、お姉さんも小食だけど無理して食べたんだって? でも丁度いいんじゃない? お姉さん痩せすぎだし、無理してでも食べたほうが良いよ。さて、食べ終わったし出よう。もう目的は達成したし。……どうしたの? え、お腹がいっぱいで動けない? はぁ。もう、だらしないなぁ。じゃあちょっとだけ待ってあげる。私眠くなってきちゃったから出るとき起こして」
彼女は好き勝手言った後、本当に寝てしまった。このまま彼女を置いて出て行ってしまおうかとも思ったが、今外に出て言ったところで電車も止まってしまっている。なによりも、彼女一人を夜中のファミレスに一人でおいていくのは流石の私でも罪悪感があった。結局彼女が自ら目覚めるまで、私はずっと待っていた。途中快適すぎるエアコンのせいで何度も眠りそうになったが、二人そろって寝るのもまずいだろうと、ドリンクバーを飲みながらなんとかギリギリのところで耐えしのいでいた。
「あれ、お姉さんまだいたの? ていうかもう朝になりそうじゃん。あー良く寝た。ていうかさ、お姉さん結局自分の話ばっかりで、私の話全然聞いてくれてないじゃん。え、大した話じゃないだろうって? そんなことありません―。お姉さんのためになるとても良い話ですー。え、何? それなら試しに聞かせてみろって? おう、任せろ。私ね、こう見えて魔法使いなんだよ。すごい? え、頭おかしいんじゃないかって? お姉さん言うねえ。でもさ、お姉さんだって見たでしょ? 私がほうきで飛んでくるの。え、見てないの? 暗くてよくわからなかった? 何それ、ほら、これだよ、このほうき!」
彼女は足元からほうきを出す。そんなものが置いてあるとは思っていなかったので少し驚いた。しかしここに来る間、彼女はそんなものを持っていただろうか? はたまたそれすらも気付かないほどに、私が消耗してしまっていたという事なのだろうか。しかし飛んできたのを見たでしょうと言われても、そればっかりは全く記憶にない。確かに誰もいなかったはずの場所に、突然彼女が現れたのは驚いた。まわりは真っ暗だったので、もしもし仮にほうきで飛んできたのが本当だというならば、そのせいで気付かなかったのだろうか。真面目に考えれば考えるほど、馬鹿らしい話だ。
「ん。どうしたの? 家に帰る? 日曜日なんだしそんなに急がなくていいんじゃない? どうせ休みの日に家にいても寝て終わりなんでしょ? なら帰んなくていいじゃん。え、寝てないから普通に疲れたって? それはそうか……。わかったよ。じゃあ家まで送って行ってあげる。家の住所ごと? え、車でもあるのかって? 無いよ。これ使うの」
彼女は再び足元からほうきを取り出す。本気で言ってるのだろうか。それともただ私を引き留めたいだけか、ただ単に遊ばれているだけなのか。どちらにしろとんだ災難だ。後一時間もすれば始発の電車も来るだろう。もう帰ろう。私は財布に入っていた千円札を三枚出して無言で立ち上がる。
「ん。出る? じゃあ私も行く」
ついてくる彼女をよそに私はそのまま歩みを進める。
「だーめ!」
彼女は私の手をつかんで離さない。意外と力は強い、というか強すぎる。彼女はソファーに座ったままだというのに、私は彼女の手を引きはがせないどころか、その場から一歩も進むことができない。
「もう、諦めて! ここのお金は私が払うから、レジはお姉さんの係ね」
三枚の千円札が私に返却される。彼女に言われるままに付き合わされ、気が付いたらもう始発が始まろうという時間になってしまった。私は一体何をしているんだろうか。流石にもう、どうでもよくなってきた。
「さてと、行こうか」
彼女はほうきを指さして言った。
「ほら、早く」
本気で言ってるのだろうか? それは流石に笑えない。普段の私ならばこのまま彼女を置いて帰ってしまうだろう。しかし今の私は疲れ切っていて全てがどうでもよくなっていた。これだけ付き合って、今度こそ本当に帰ろう。私は浮かぶほうきに座った。そう、浮かんでいるほうきに座ったのだ。このほうきは、なんで浮かんでいるのだろうか?
「お姉さん、そのお姫様座りじゃ落ちて死ぬよ。ちゃんとまたがって。ズボンなんだから下は見えないでしょ」
私は彼女に言われるがままにほうきにまたがる。そして彼女自身もほうきにまたがる。
「死にたくなかったら、ちゃんと捕まって」
私は無意識のうちに彼女の背中にしがみつく。そして次の瞬間、私は空の上にいた。
「最近の魔法のほうきは急上昇、急降下も早いんだよね。その上、下手な重力もかからない。日々技術は進歩してるんだよねぇ」
魔法なのに技術とは。私は心の中で思ったが、そんなことを言っている場合では無かった。この状況をどう説明すればいいか、私にはわからない。ただほうきが空を飛んでいると、それ以外に言いようがなかった。
「あ、そうだお姉さん、ちょっと寄り道して言っていいかな? え、どこに行くのかって? ……あれはスーパー銭湯みたいなもんかな。ほら、一晩明けて汗でベタベタだし、お姉さんもすっきりしたいでしょ? え、メイクが落ちるの恥ずかしい? そんなのまたすればいいじゃん。どうせ私たち以外いないから大丈夫だよ」
銭湯とは。それが初めの感想だった。
「え、話が違うって。ああ、確かにこれ銭湯じゃなくて温泉だよね。でもここのお湯ってさ、たまに不死鳥とかが立ち寄るみたいで、入ると疲れがものすごいとれるの。お姉さん絶対入ったほうが良いよ。別に誰ものぞきやしないから大丈夫だよ。え、それよりも不死鳥ってなんだって? 不死鳥は不死鳥でしょ。お姉さん火の鳥とか読んだこと無いの? それは知ってる? ほら、やっぱり知ってるじゃん」
これは夢なのだろうか。湯船につかりながら考える。湯船につかっている間、物語に出てくるような燃えるような羽根をした鳥を見たような気がしたが、多分これは夢なんだろう。他にも体長数十メートルはありそうな大きな翼を持ったドラゴンと呼ばれていそうな生き物を見たが、これもきっと夢だなのだろう。私は考えることをやめた。温泉の効能なのだろうか、湯から出た後もやけに体がぽかぽかとしている。まるで体全体が暖かな羽毛に包まれているようなそんな感覚だった。まどろみの中、気付くと自宅マンションに到着していた。
「お姉さん、ふにゃふにゃじゃん。え、何、ベッドまで連れて行ってほしいの? 別にいいけど。……はい。これで完璧。もうあんなことしちゃ駄目だよ。じゃあね。……て、お姉さんその手放してよ。私はもう帰るよー。え? 一緒に添い寝してほしいの? まあ別にいいけど……。お姉さん最初と全然態度違うじゃん。……はいはい、わかったよ。ほらおいで」
とても幸せな夢を見た気がした。あまりに幸せすぎたものだから、私は目を覚ますのが少し恐かった。でもそれじゃ駄目、もう起きなきゃ。
「あれ、お姉さん、起きたの? ふぁぁ。私まだ眠いよ。ていうか今日日曜日なんだし、そんなに無理して起きなくていいんじゃない? ほら見てスマホの時計。まあ確かにもうお昼だけど。仕事は無いでしょ? ねえ、お姉さん。よかったらまたどこか行こうよ。まだお姉さんの知らない世界、色々見せてあげるからさ。でもその代わり、また添い寝させて? だってお姉さんすごい抱き心地良いんだもん。あ、変な意味じゃないからね? お姉さんも結構えっちだねぇ。まあ私は別にそれでもいいんだけど? ねえ、とりあえずもう一回寝よ? 今度は私から抱きついていいかな? うん。ありがと。じゃあおやすみ」
魔法使いのススメ 藤宮紫苑 @sio_n
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