第8話 ストップ・ザ・ラジオ体操

 運動会シーズンが近くなった。2年生は1年生と合同で行う。1・2年は運動会で玉入れとダンスを行う。ひとつの流れなので、担当は1年担任のM先生だ。20代の女性教諭なので、ダンスはお手の物だ。豪介は正直ダンスは苦手だ。いっしょになって体は動かすが、なにかぎこちない。2年生からは笑われている。

 だが、豪介にはひとつの特技があった。それはラジオ体操である。30年以上前にラジオ体操指導員の資格をとったぐらいで、きれっきれのラジオ体操ができるのである。

 授業の始まりはラジオ体操から始まる。運動会の開会式でも準備運動としてラジオ体操をするので、きちんと教えなければならない。指揮台に6年生が立って示範をするのだが、授業では豪介が行う。

 1度目は音楽をかけてふつうに行う。豪介は示範なので、左右逆に動かなければならない。案の定、1年生は体操にはなっていない。まるでパラパラダンスである。

 そこで2度目は音楽なしでやることにした。

「今からストップ・ザ・ラジオ体操をします。先生がストップと言ったら、先生と同じポーズで止まってください」

 と言い、

「まずは背のびの運動です。1・2・3・4」

 と声をかけ、

「5、ストップ!」

 と大きな声で背伸びのポーズで止めた。子どもたちは両腕を上げているが、まっすぐ伸びている子はごくわずか。ほとんどの子はななめ上を向いている。ひどい子は肩の高さまでしかあがっていない。

「はい、もっと腕を上にあげて、耳にくっつくぐらいまで上げるんだよ」

 と豪介げ言うと、何とかそのポーズになった。1年担任のM先生も子どもたちの間を通って、声をかけている。

 2つ目の腕を振って足を曲げ伸ばす運動では、豪介は思わず笑ってしまった。腕を横に広げる時に足をとじて、腕を下げる時に足を閉じている1年生が何人かいたのである。そこで、やりなおしをした。これまた「5」でストップをかけた。手を横に広げ、足をOの字で拡げる姿勢だ。このO字ができていない。半数以上の子が開脚になっている。かかとをあげないといけないので、慣れていない子たちにはしんどいポーズだ。ストップ姿勢を続けている豪介もつらくなってきた。なんとかO字ができたので、3つ目の腕をまわす運動にはいった。先ほどは回す向きが逆の子もいたので、

「1」でストップをかけた。胸の前で腕を交叉させるポーズである。これは比較的楽にいった。だが、まわす段階で大回りさせずに、小回りさせている子がいる。まさにパラパラダンスだ。

「大きく!」

 と豪介がどなる。それで何とかサマになっていた。

 4つ目の胸をそらす運動は、左足を横に開くのだが、足をそろえたままの子が多い。これも「1」でストップ。最初のポーズの確認である。

 5つ目の横曲げ。簡単そうだが、手を体の前に倒す子が多く、体が横に曲がっていない。そこで、「3」でストップ。

「腕が耳にあたるぐらいにくっつけて!」

 と指示をだす。M先生も子どもたちの間をまわり、横曲げの角度を指導している。

 6つ目の前うしろの運動は、見ていて豪介は笑ってしまった。膝を曲げ、まるで土を掘っているような動きをしていた子がいたからである。しっかり足を開き、床に手が3回つくようにがんばり、腰に手をあてて後ろにそるという動きだが、後ろにそることができない子が続出。そこで「6」でストップ。後ろにそったポーズをさせると、バランスを崩し転倒者続出。ふだんの運動不足、特にバランス感覚の欠如がよくわかる動きである。

 7つ目の体をねじる運動は体の横で腕を小さく4回左右に振った後、大きく斜め上に腕を振り上げるのだが、体がねじれていない。そこで「5」でストップ。大きく腕を振った状態で体をねじるポーズをさせる。

「手の先をみなさーい!」

 と指示を出す。子どもたちの間をまわっているM先生はもう疲れ気味だ。

 8つ目は左足を開いて、腕を上下する動きだ。激しい動きではないのだが、腕をまっすぐ上げることができない。1つ目の背伸びと同じ動きなのだが、腕が開いているのだ。そこで「2」でストップ。しっかり腕を上にあげ、かかともあげることを指示する。ところが、かかとをあげてじっとすることができない。脱落者続出である。M先生はもうお手上げだ。

 9つ目は足をさらに広げ、足のつま先に手をもっていき、後半は体をそらす動きだ。子どもたちの半分はへろへろになっている。豪介は流した。

 10こ目は体をまわす動きだ。豪介は体を回しているので子どもたちの様子が分からない。でも、終わったところでM先生から「ストップ」がかかった。体をぐるっと回すのではなく。体の前で腕だけを回している子がたくさんいたというのだ。そこで、「2」でストップ。体が後ろにいったところでのポージングは豪介も厳しい。要は体をまわすことだけを指示した。

 11こ目は跳躍である。子どもたちは喜んでやっているが、リズムはバラバラ。足と手を開くタイミングもあっていない。「5」でストップをかけ、腕は肩の高さ、足は開くことを指示した。

 12こ目は、2つ目と同じ。腕を振って足を曲げ伸ばす動きである。まだ、手と足の動きが合わない子もいたが、豪介もヘロヘロになってきた。

 最後は深呼吸だ。これは簡単だと思っていたが、「3」で腕を降ろしてしまう子が続出。それも体をたたく音がうるさい。そこで「4」でしずかに体にそえることを指示する。

 これでストップ・ザ・ラジオ体操は終了。次はM先生主導のダンスの予定だったが、M先生も疲れはてたようで、ダンスの後にする玉入れの練習に切り替わった。子どもたちは大喜びである。

 後日の運動会での開会式。

「1・2年生のラジオ体操が上手だね」

 と見ている来賓や保護者たちからほめられていた。その声はM先生や2年生担任のA先生に向けられた。だが、豪介はそこにいなかった。豪介の仕事は体育の授業の代替であり、学校行事である運動会に来ても、勤務にはならないのである。本当はボランティアで参加する予定だったが、土日のアルバイト先から

「人が足りないので来てくれ」

 と頼まれて、そっちに行っている。週明けに来て、開会式の様子を聞いてニヤッととするのが豪介の喜びであった。

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