第7話 水泳 波乗り体験

 暑い夏がやってきた。M小の2年生はプールが大好きだ。M小には低学年用プールがある。直径10mほどの円形プールである。深さは30cmほどしかない。

 2年生がプールサイドに座る。所定の準備運動をして、足でバチャバチャ。豪介も子どもたちに水をかける。キャッ、キャッ言いながらも子どもたちは喜んでいる。そして水に入り、時計まわりに歩かせた。3周ほど歩くと、プールに流れが出始めた。

「泳いでもいいぞ!」

 と豪介が言うと、何人かの子どもたちが泳ぎ始めた。それを見た泳ぎの苦手な子どもたちも流れに身を任せるようになった。運動の苦手な亮くんも泳ぎ始めた。豪介もプールに入り、流れをつくる。時々、豪介に水をかける子どもがいたが、倍返しで水をかけられる。

 5周ほど回って、勢いが弱まってきたので、一度休憩で子どもたちをプールサイドにあげる。そこで、ビート板を用意し、豪介がビート板の使い方の説明をする。通常は手を伸ばして、伏し浮き状態で使うのだが、デモンストレーションで腹の下にビート板を置いて、ボディボードみたいにして乗る方法も教えた。極めつけは、あおむけになり、ビート板を背中にしくテクニックも教える。まるでリゾートである。

 全員が一度にやるとぶつかってしまうので、男女別にやることにした。まずは男子がかき回し役である。流れができたところで、女の子たちがビート板を使って、思い思いに流れに乗る。キャッ、キャッ言いながら喜んでいる。10周まわったところで、男子と交代。今度は女の子がかきまわし役だ。男子はおもしろい。ボディボードみたいにして、ひっくり返っている子が続出。亮くんも果敢にチャレンジしている。中にはリゾートスタイルに挑戦している子どももいる。あえなく沈没していたが・・・。楽しいプールタイムとなった。

 翌日のことである。6年生の担任が出張で、女性教務主任が6年の補欠に入っていた。豪介が学校に行くと、

「豪介先生、ゲストティーチャーで4時間目の6年生の水泳授業に入ってもらえませんか?」

 女性教務主任はふだん6年生の水泳授業に立ち会っているのだが、危険防止のための監視をしているだけなので、指導に自信がないというのである。水泳授業には3人の指導・監視が必要である。M小の場合は、教師2人と支援員1人がつくことになっている。担任がいないと3人そろわないので、ふつうは水泳の授業をしないのだが、あまりの暑さに子どもたちから

「水泳をやりたい」

 と強い希望がでていたのである。そこで豪介は

「いいですよ。3時間目に2年生の水泳があるので、そのままプールにいればいいんですね」

「すみません。お疲れのところもうしわけありません」

「いいですよ。水泳はスキですし、一度やってみたいことがあるんです。いいですか?」

「それは、なんですか?」

「波乗りです。うまくいけばおもしろいですよ」

「おもしろそうですね」

 ということで、4時間目の授業に参加することになった。ゲストティーチャーはボランティアなので無給である。教務主任から話を聞いていた校長も豪介に感謝している。

「あとで穴埋めしますからね」

 おそらく飲み会のビール1杯で終わりだろう。


 4時間目、6年生の水泳授業となった。子どもたちとは3年前に講師として教えているので、顔なじみである。名前と顔は一致している。

 準備運動が終わり、水に慣れる段階になったところで、

「今日はみんなで波を作ります」

 と豪介が言うと、

「2年生みたいに流れを作るんですか?」

 と言ってくる。

「違う! 波乗りをするんだよ」

「えー、どうやって?」

「それは、みんなの呼吸を合わせないとできない。まず、4列になって手をつなぎます」

 それで男子2列、女子2列を作って、プールに並ばせる。横に7人もしくは8人ずつ、30人いるクラスだからできることである。そして、プールの反対側の深い方を向く。

「それではいきます。1・2・3・4・5で前に行き、6・7・8・9・10で後ろに下がります。いいですか、いきますよ。はい!」

 豪介の合図で、子どもたちが声をかけあいながら、前へ行ったり、後ろへ行ったりをくりかえす。10回ぐらい往復すると小さな波ができ始めた。

「ほら、波が出始めた。あと少しだ。がんばれ!」

 と豪介の声が響く。すると、波がだんだん大きくなってくる。

「先生、足がつかなくなってきました!」

 と背の小さい子が叫ぶ。足がつかないのでは、波作りはできない。

「よーし、後は自由に波乗りだ!」

 と豪介が言うと、子どもたちは手を放し、自由に波のりをはじめた。波乗りというより、波にのまれている感じだ。それでもキャッ、キャッ喜んでいる。30cmほどの波が立って、頭までかぶっている子もいる。波がきた時に足をけると、うまく波に乗ることができる。5分ほどで波はおさまったが、

「先生、もう1回やろうよ」

 という声があがった。それで豪介は、

「水泳の練習しないといけないからね。また次回にね」

 と弁明し、そこからは2グループに分かれて水泳の練習。上級者は教務主任がプールサイドから見守り、初級者は豪介がプールの中に入り、ばた足の練習。前へ進まない子はだいたいがばた足ができていない。ひざが曲がっていることが多いのだ。

 授業が終わってから、教務主任からお礼を言われた。

「今日はありがとうございました。子どもたちは、とても楽しそうで私も入りたくなりました。でも教頭先生からプールの水がやたら減っているが、どうしたんだ? と聞かれました」

 豪介は思わず吹き出してしまった。プールに入りたくない教員が多いが、豪介は現役でフリーの研究主任の時、1日に4時間プールにいたこともあるプール大好き人間だった。近年は夏休みの監視員もしていたが、コロナ禍でプール開放はなくなり、さびしい思いをしていたので、今日の授業は大満足であった。

 今日も走らずに終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る