第2話 校庭1周全員リレー

 5月に運動会を控え、N小の3年生担任からは

「リレーの練習をさせてください」

 と言われた。まだメンバーは決まっていない。そこで、豪介は

「全員でリレーをするぞ」

 と言い出した。子どもたちからは

「リレーって4人でやるんじゃないの?」

 と質問がでた。それで豪介は

「基本は4人でチームを組みます。でもこのクラスは22人いるからね。2人あまっちゃうでしょ。そこで、5人チームも作ります」

 と言うと、子どもたちはポカンとしている。

「4人と5人じゃ走る距離が違ってくるじゃない?」

 という素朴な疑問がでてくる。そこで豪介は、子どもたちが予想しないことを言い出した。

「4人のチームも5人のチームも走る距離は1周だけです」

「エー!」

 と子どもたちの声があがる。

「そこでチーム分けをします」

 と言って、男女を各2列にし、片方の列は高身長から並べさせ、横4人を1チームにした。横にいない2人は中間の2チームにわりふった。こうすることで、身長差があまりないチームが編成できる。

「これでチームができました。バトンタッチはどこでもできます。チームで相談して、決めてください。まずはバトンわたしの練習をします」

 という豪介の合図で子どもたちは散っていった。ほとんどのチームは4分の1ずつの場所に陣取った。一人だけどこに行くか迷っているので、豪介はゴールラインの手前10mにその子を立たせた。その上で同じチームの子を確認させたつもりだったが・・。

「さあ。練習だ。本気で走らなくていいぞ! ヨーイ、ドン!」

 とバトンをもった子どもたちが走り出す。5チームのはずだが、途中から6人走っている。バトンをもっていない子もいっしょに走っているのである。そして、ゴール。先ほど、ゴール手前10mに立たせた子どもはそのままだった。練習失敗!

 豪介は思わず、両手で顔をおおった。

「集合!」

 と声をかけて、チームごとに並ばせる。そこでバトンの順番を確認させて、その場でバトンの受け渡しだけの練習をさせた。そして、

「リレーで勝つためにはどうしたらいいと思う?」

 と豪介が子どもたちに聞く。これが豪介のやり方だ。豪介のやり方をおしつけるのではなく。子どもたちの考えを引き出すようにしている。いわば「考える体育」だ。すると、

「足の速い子がたくさん走ればいいんじゃない」

 という考えがでてきた。即座に豪介が

「いいところに気づいたね。足の速い子が長く走り、苦手な子は短い距離を走るとチームとして速くなるよね。それではチームで作戦をたてて、ポジションに立ってください。5分後にスタートします」

 それで、子どもたちがポジションに立ったところで、

「ヨーイ、ドン」

 をかけた。5人の子どもたちが駆けだす。第1走者は足の速い子が多いので、いい競争になっているが、バトンリレーで順位が大幅に変わる。受け取る子どもが助走をせずに、立ったまま待っているので、そこで順位が変わるのである。2年生まではリレーの選手だけが、リレーの練習をしているので、初めてリレーをする子どもが多い。

 1周だけなのですぐに終わる。時間はまだ半分残っている。そこで、全員を集めて「今のは練習でした。次が本番です」

 と豪介が言うと、子どもたちは

「エー!」

 と騒ぐ。そこで豪介が

「それじゃ、さっきの質問のつづき。早くバトンを渡すためにはどうしたらいいかな?」

 するとリレー経験者が

「もらう方が少し走り出すといいよ」

 と得意げに言う。豪介がすかさず言う。

「そうだね。じっとしているよりは、ゆっくり走り出す方が早くなるんだよね。ちょっとやってもらおうか」

 とリレー経験者2人に前に出てもらい、見本をしてもらった。ちょっと走りだすだけで、止まって受け取ることよりもずっと早いことが子どもたちにわかってもらえた。さらに豪介が付け足して言う。

「次は本番なので、ハンディをつけます。さっきの1位のチームはスタートラインから10m後ろ、2位のチームは5m後ろ。3位のチームはスタートラインから、4位のチームは5m前、5位のチームは10m前からスタートです」

「エー、そんなのずるい!」

 と一部の子どもたちから声があがる。先ほど勝った子どもたちだ。

「ずるいかな? 強いチームが勝つのはあたり前だし、おもしろくないじゃん。みんなが一生懸命にやるためにはハンディがあってもいいと思うよ。ハンディがあるからと、あきらめたら、それ以上伸びないと思うよ」

 と、子どもたちをその気にさせて、スタート位置に立たせた。ハンディをもらった遅いチームはやる気満々だが、一番後ろになった速いチームはふてくされ顔だ。結果は接戦で一番後ろから走ったチームの勝利となった。走るだけでなく、バトンリレーが早かったからである。それも4人チームだった。遅いのは5人チームだった。でも、最初ビリだったチームは3位になり、満足した顔をしていた。

「はい、皆よくがんばりました。来週の体育は本当のリレーをやるからね。また、がんばろうね」

 という言葉で終わった。

 後日、担任の先生から

「豪介先生、この前の1周全員リレー、澄江ちゃんが喜んでいましたよ。走るのがすごく苦手な子だったんですけど、初めて3位に入ったと言っていました」

 と言われた。

 澄江ちゃんとは、最初に立つポジションがわからなくて、うろうろしていた子である。わずか10mしか走らなかったが、3位でゴールできたのがよほど嬉しかったようだ。

 今日の体育も走らずに終わってしまった。

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