代替体育教師、おっさん先生走らず

飛鳥 竜二

第1話 おいかけドッジボール

 豪介は、小学校2年生と3年生の体育専科教師である。66才の小太りの体型で、見た目には体育専科に到底見えない。小学校の体育専科は妊娠している女性教諭の代わりに体育の授業を受け持っている。豪介は60才で退職後、65才まで講師をしていたが、年金受給を機に引退するつもりでいた。ところが、かつての同僚である町の教育長から講師依頼がきて、非常勤ということで2つの学校の体育専科を受け持つことになったのだ。M小は2年生、N小は3年生、どちらも週に3時間ずつ。水曜日は3時間目にM小、5時間目にN小がはいっており、あわただしい日だが、それ以外の曜日は1時間しかないから気楽なものだ。

 ある日のM小の2年生。担任の先生からは

「体力がつく運動をさせてください」

 と言われているので、豪介は3個のやわらかドッジボールを用意した。万が一、顔にあたってもいたくないボールだ。子どもたちは

「ドッジボールだ!」

 と喜んでいる子もいれば、いやな顔をしている子もいる。みなが皆、ドッジボールを好きなわけではない。

「今日は、おいかけドッジボールをします」

 と豪介が言うと、子どもたちは怪訝な顔をする。

「なに、それ?」

 初めて聞くドッジボールの名だ。いつもはコートの中でやっているので、おいかけることなど無理なことだからだ。

「今日は、ドッジボールのコートはありません。体育館全体がコートです。ボールをもった人は10数える間に投げてください。もし、あてることができたら、ステージの上で休むことができます。ステージの上にいる人はあてられません」

 と言うと、子どもから質問が出た。

「チャンピオンは最初にあてた人ですか?」

 当然の質問である。そこで豪介が応える。

「いいえ、違います。最後まで一度もあてられなかった人がチャンピオンです。だから投げるのが苦手な人でもチャンピオンになれる可能性があります」

 と言うと、ふだん運動が苦手な子も喜んでいた。

「最初は1個だけですが、途中からボールは増えます。それでは、スタート!」

 豪介が体育館中央にボール1個を投げる。ドッジボールが得意な子は勇んでボールを取りにいく。苦手な子はくもの子のように散っていった。中にはピアノの下にもぐった子もいた。ばればれなので、すぐにでてきたが・・。ボールを持つ子がいると、豪介は大きな声でカウントを始める。「10、9、8・・」すると、子どもたちはボールを投げつける。近くまでいかないと、なかなか当たらない。2分ほどたってから、残りの2個を投げ入れた。そうなると、てんやわんやだ。どこからボールが飛んでくるかわからない。得意な子ほどぶつけられる。ボールに近づくからあてられる確率が高くなるのだ。むしろ苦手な子どもの方がボールをよく見ていて、ボールがこないところに逃げている。

 ボールをあててステージの上で休んでいる子が出てきたが、

「先生、もどってもいいですか?」

 と聞いてきた。ただ見ているだけではつまらないようだ。

「いいよ」

 と応えると、勇んで走っていった。

 5分で終了のホイッスルを鳴らした。

 子どもたちがもどってきて、

「はい、一度もあてられなかった人?」

 と聞くと、10人ほどの子どもたちが手を挙げた。その中には、運動の苦手な亮くんもいた。逃げてばっかりだったが、満足した顔をしている。

「この人たちが今日のチャンピオンです!」

 というと満面の顔をしていた。

 今日も、おっさん先生は大きな声を出すだけで、走ることなしだった。

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