第5話 形成逆転
「ぎゃあ!」
「うるせぇぶち殺されてぇのか!」
残った部下の一人が、僕の首元を掴みナイフを突きつけてくる。
煌めく刃が視界の端で光を放ち、確実に死を運んでくるであろう凶器はゾワっとした恐怖を伝える。ナイフの反射から見える僕の顔は、額から汗が吹き出し、指先一つ動かすことさえ叶わぬほど緊張していた。
「ヒーヒッヒッ、これで形成逆転すねぇお頭!」
「俺の神機妙算な考えがあってこそだなぁ!はっはっは!!」
「よ!流石村一番の神童!尽善尽美にして気炎万丈の男!」
なんだこいつら急に学上がるじゃねぇか鯖でも食べたか?
『鯖への信頼感高すぎじゃろ……多分翻訳魔術の関係上訳された言葉が無駄に賢くなったんじゃな。にしてもごろつきにしては頭悪くはないんじゃろうが。』
しかし、そんなふざけたことを言っても状況は変わらない。
エイラツィオさんはまるで人形のような童顔を歪め、油断なく盗賊たちを睨んでいる……いや?見つめているのは僕……か?
とにかく、このままではエイラツィオさんはどうしようもない。というより、危惧するべきは僕自身だ。
「ギャハハハハッ!この女どうしてやりますかねぇお頭!」
「エルフとはいえ上玉だ。売り飛ばすのは俺たちでたっぷり可愛がってやってからでも遅くねぇだろ!」
こいつらは知らないだろうが、僕は今日拾われただけの……エイラツィオさんにとってはただの他人である。人質としての価値はほぼ無いだろう。
ということは、僕を無視してこいつらを攻撃する可能性が最も高い。
『うーん、まあ安心せい。あやつの魔術の腕を見るに、妾たちに手を出すのよりも先にこやつらを殺す方が早いじゃろ』
……そうなのか。
「よーし!じゃあまずはその服を脱げ!」
「いいっすねー、じっくりやって行くんすね。あっ、もちろん俺もおこぼれを……。」
「いーや、お前はそのガキ押さえつけとけ。」
「えっ。」
「安心しろ、たっぷり犯して気絶させた後なら良いぜ。」
「よっしゃぁ、悲喜交々すよぉ。」
盗賊たちの下衆な目線を浴びているエイラツィオさんは、その飾り気のない民族衣装のような服の裾に手をかける。
そして一瞬逡巡するように視線を下に向けた。
「はぁ……しょうがないね。」
『そろそろじゃろ。一応歯を食いしばっておくんじゃな。』
彼女は後ろに置いてある手荷物を一瞥する。
そしてそのまま家の中を一周するように眺めていく。焦げた床に壁、荒らされた戸棚、倒れている盗賊たち、そして僕。
一瞬覚悟を決めるように手に力を込め、その手で……そのまま服を脱いだ。
『は?』
「は?」
ドレス……というよりはワンピースのような衣装を脱ぐと、真っ白な肌とそれより白いサラシのような下着だけで覆われた肢体が現れる。
魔法かそれとも特殊な素材でも使われているのか、ぴっちりと体に吸い付いているその下着姿は一般的な感性からして恥ずかしいものだろう。
しかし、エイラツィオさんの表情に羞恥や屈辱といった感情は浮かんでいない。
「これでいいかな?」
『良いわけなかろう⁉︎なぜさっさと殺さんのか!』
三つほど気づいた点がある。
まず一つ。
盗賊たちに捜索され、燃やされたこの家はかなり荒れている。床には木片やガラス片のようなものが散らばっており、赤ちゃんが落下でもしたら万が一があり得る状態である。
『だからなんなのじゃ⁉︎彼奴の魔術の腕を鑑みればほとんどあり得ないじゃろ!よしんばその可能性を考慮したところで、人間のガキにそこまでする義理が……』
義理はなくても、そうする人なんだよ、彼女は。
二つ目に気づいたことは、最初会った時エイラツィオさんが付けていた首飾りを今は付けていないということだ。
ならば、どうしたのか?
それは彼女が持って帰ってきた大量の荷物……おそらくベビー用品の類……とエイラツィオさんはこの家には金目の物が一切ないほど慎ましやかに暮らしていることを考慮に入れればすぐわかる。
「よーし、じゃあその布もとってもらおうかぁ!」
お頭と呼ばれている男の下卑た声が聞こえる。
急がなくては。
『急ぐって何をじゃ?赤子にできることなど……』
三つ目に気づいたこと、それは先ほどの男たちが使った薬……それらが飛び散り、僕や僕を掴んでいる男の腕にかかっているということ。それらが僕の舐められる範囲にあること。
『おい⁉︎あんなものを赤子が飲んだらどうなるか……!』
「なんだこのガキ動くな!」
座っていない首を思い切り動かし、男の腕についている液体を舐める……っ!
試みが成功したか失敗したか。
それを確かめる間もなく僕の意識は落ちた。
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