第3話 盗賊①

ドアが開いて数秒、その後の騒々しい音を聞いてやっと事態の大きさに気づいた。

 あからさまに数人以上の遠慮もしない足音。先ほどまでは微かな音も立てずに動いていたのに、家に赤子一人だと気づくや否やすぐに行動に移す辺り、こういった行為に慣れているのだろう。


『家主がいない間を狙ったあたりから考えてもそうじゃろう……まずいの。』


 そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!どうすんのこれ⁉︎

 合計十人ほどだろうか……連中はぞろぞろと無遠慮に家の中を荒らしていき、そのうち一人が僕の方までやってくる。


「お頭ぁ!この赤子どうしますか!」

「ああ、エルフのガキは高く売れるからな……ってなんだこりゃ人間じゃねぇか!」

 

 僕はリーダーと思われる男に首を掴まれ掲げられる。そこまで強い力で掴まれたわけじゃないが、赤子の状態だからか漏れる声はそのまま泣き声へと変わってしまう。


「ぎゃああ!おぎゃぁああ!!」

「うるせぇ!」

「ぎゃあ!かはっ……こほっ!ひゅーぅうっ……。」

『おい!意識をしっかり保つんじゃ!』


 ベッドに容赦なく叩きつけられ、肺の中の空気がひゅーという音と共に吐き出される。自分自身で呼吸を調整する力もなく、苦しい呼吸のままチカチカする視界の中をまどろむ。

 なんとか意識を離さずにいられたが、赤ちゃんという存在の弱さを嫌というほど実感した。


「ちっ!金目のものも大してないっす!」

「もういい!撤退だ。小屋に火を放って去るぞ。」


 マジかよ!この体じゃ脱出しようがないぞ!

 どうにか動こうと手足をジタバタさせるが、それらは虚空を切るだけでベッドの縁すら掴むことができない。なんとか少し姿勢を変えることができたが、少し見渡せる範囲を広くしただけだった。


「“原初の火よ 我が魔力を用いて 道を照らせ“」


 リーダーであろう男が呪文を唱えると、その右手から小さな炎が上がる。ライターの火より少し大きいくらいだが、木造のこの小屋を燃やす火種には充分なのかもしれない。

 

「ぎゃあ!(あれが魔術……!)」

『あんなもの魔術と言ってたまるかえ!ここで終わるわけにはいかんぞ!どうにか切り抜ける方法を……!』


 盗賊共はもう小屋に火をつけた。

 まだ本格的に燃え上がる前だが、焦げ臭い匂いとチリチリという恐怖を煽る音がだんだん強くなってくる。同時に湧き上がってくる焦燥感。もがいて空を切る手足は、もうどうしようもない状態であることをこれ以上なく表していた。


「もう盗れるものは盗ったな……よし、もう去るぞ!」

「うっす!」


 音もなく入ってきた連中は、火だけを残した。今度はどすどすと足音を立てながら、煙が充満してきた小屋から順番に出ていく。


『ちっ……こんな……ぁ……‼︎』


 しかし、数秒も経たずに帰ってきた。

 というより吹っ飛んできた。


「もうちょっとゆっくりしていきなよ。せっかくこんな辺鄙な場所に来たんだからさ。」


 そして家主が帰ってくる。

 両手や背中に大量の荷物を抱えたエイラツィオさんは小屋の中を見渡す。その表情は笑顔のままだったが、こちらを見た時だけ何か違った。

 悲しいのか怒ってるのか悔しいのか……とにかく涙を堪えていたのだけは見てとれた。今の僕よりも赤ちゃんみたいな表情。

 そんな彼女が一歩踏み出すと、小屋の中で燻っていた煙も火も全て消え去る。


「な、なにが……?」

「おい野郎ども!行け!」

「う、うす!」


 盗賊たちはなにが起こったかわからない様子だったが、リーダーの一言で反射的に動いたのだろうか、すぐさま懐からナイフや剣を取り出しエイラツィオさんに襲いかかる。

 小屋に残っている七人のうち三人が向かっていったが、その誰もが彼女に近づくことすらできなかった。

 一人は胴体を横から鞭のように水に打たれ、もう一人は鋭い水流が脇腹を刺し、残りの一人は突然頭にまとわり付いた水泡によって窒息させられた。


「う……。」

「お前らぁ!……ちぃっ!」


『無詠唱、無動作による中級魔術の行使。エルフは魔術にも富んでいるがここまでは珍しいの。こんな山奥でのほほんと暮らしてるのが不思議なくらいじゃ。』


「テメェ!こいつぅぉお!」


 子分の一人が必死の形相で僕を掴もうとしてくる。

 しかもその前にエイラツィオさんの方向にナイフを投げており、そのまま流れるようにして僕の目の前まで手が迫る。


「ぎゃぁあ!」


 しかし水流の軌跡が、目にも止まらぬ速さでナイフごと手を貫く。さらに一度手を貫いたあと、縄のように形を変え男を締め上げる。


「ぐ……うぅ。」

「いくらちっぽけとはいえ、ボクのプライドに賭かけてもう触らせるわけにはいかないからね。」

『勝負あったの……実力差がありすぎじゃ』


 助かった……のか。


「ふっふっふ……見たかぁ!さすが天才なボク!家出る時結界かけ忘れたのはあれだけど、なんとかなるもんだね。さあ!さっさと降参したまえ!」

『勝ったの、風呂入ってくるのじゃ。』


 いやこの流れはダメだろ。

 エイラツィオさんの勝利宣言に対し、盗賊たちは膠着していた。しかしそれは降参を考えているとかではなく、何かの別の行為に逡巡しているように見える。

 だが、唯一そうなっていないのがリーダーの男だった。


「おい!あれを使え!」

「え?いやそれは……。」

「馬鹿がよぉ!ここであの女にやられるか、それとも俺に殺されるか……それよりはまだマシじゃねぇのかぁ?」

「「……う、うす!」」


 まだ子分のうち一人は迷っていたが、残りの二人は動き出した。

 懐の中の小瓶のようなものを取り出し、一瞬の間の後それを呷るように飲もうとする。その途中に体の何箇所かをエイラツィオさんの魔術に貫き、切られるが、致命傷を負いながらもそれを飲む。

 半分も飲めずにその大半は盛大にこぼれたが、それでも男たちに得体の知れない現象が起こる。


「グゥ……アアアアアアアアアアッッッ!!!」


 体が肥大化し、傷が塞がっていく。肌はどんどん赤くなり、とにかく膨れ上がった筋肉によって顔や体毛といった部分は潰れていき人相がわからなくなる。声は聞き取ることもできないほど低くなっていたが、叫ぶ声は決して悦楽や快楽といった感情は表していない。

 体表は謎の光に覆われている。先ほどから何度も魔術を見たことによって、僕にもあれが魔術による結界のようなものだと直感的に理解した。

 そしてそれを見ていたリーダーが叫ぶ。


「やっちまえテメェらぁ!」


 ……やっぱこうなるじゃん!

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