第2話 状況整理と魔術

妾は魔王アンリエッタ・マンユ・ダエーワ。全魔族を統べるものにして、世界最強の称号を欲しいままにする存在じゃ。』


 魔王……?さすがファンタジー世界そういうのもいるのか?

 というか魔王とか言われても……なんで僕の頭の中に語りかけてるの?できるならさっさとどっか行ってもらいたいんだけどねぇ!


『それを言うならこっちのセリフじゃ!本来妾が転生体としてこの体を乗っ取るつもりじゃったのにぃ!直前で其方の魂がどっかから飛んできて妾から奪いおったのじゃ!』


 アンリエッタは怒っているような声色で話しているが、実際には怒っているわけではないと理解できた。頭の中から話しかけてきている相手だからか、表情や仕草がわからないにも関わらず、どのような感情の機微をしているのかが手に取るようにわかる。


『まあ過ぎたことを責めはせん。ユウヘイ、其方が妾をこの体から分離させる方法を見つけるのじゃ』


 でも魔王なんだろ?僕も一応人間だから、どちらかというと人族の味方だよ。君を復活させる努力をするとは限らないんじゃない?

 僕の至極真っ当な意見に対し返ってきたのは、極悪非道な脅しだった。


『このままだと一生妾が頭の中に居座るがいいのかえ?プライベートなぞ存在せんぞ。厠もベッドも全部妾に監視され、脳内でバカにされる人生じゃが。』


 協力させていただきます魔王様。どうすればさっさと出ていってもらえるでしょうか?できれば僕がまだ授乳されるうちにお願いします。

 で、どうやればいいんですか?


『知らん』


 はーぁ……解散だ解散。もう全部諦めて思考停止しておぎゃるか。


『いやいやいや方法がないとは言っとらんよ。現状妾が知らないというだけじゃ。なんたって妾が生きていたの千年前じゃぞ。』


 確かに千年前というと日本なら平安や鎌倉辺りか。当時とのギャップを考えれば、出来ないことができるようになっててもそこまでおかしくないか?


『お主の世界での千年の発達ほど進化しているかは分からんのじゃがな。個人で妾を超える人間がいるとは思わんが、体系としての魔術の発展に期待するしかないじゃろ。』


 となると目下の目標は魔術を調べるということになるのか?

 でも、て言うことは……


『まあ今のお主じゃ無理じゃな。少なくとも10歳ぐらいにならなくては話にならないんじゃないかえ。」


 ……。


「おぎゃあ!ぎゃあああああ(ママぁ!おっぱい!)」

『諦めるのが早すぎじゃないかのぉ!』


 ってあれ?

 気がついたらエイラツィオさんがいなくなっていた。テーブルの上にあった幾つかの瓶などがなくなっているのがわかるが、この体だとドアや窓を見ることが出来ないので、たまたま見えないだけか家から出ていったのかが分からない。


『ああ、彼奴なら先ほど出ていったぞ。この家からしばらく遠くまで行っておったから、しばらく帰らないんじゃないかえ?まあ大方変態幼児に呆れて育児放棄を決め込んだんじゃろ。』


 僕まったく出て行くことに気が付かなかったんだけど、君はなんでわかるんだ?視覚や聴覚は共有されてるんだと思ったけど。


『その通り共有されておるよ。其方が感じ取った以上のことは妾も分からん。ただ単に同じ情報だとしても、それを処理する能力の差じゃな。まっ、さすが最強の魔王というところかの。』


 じゃあそんな魔王様にお願いがあるんですけど。


『まあ暇つぶしになりそうなものならやらんでもないが、なんじゃ?』


 魔術を教えてくれ!


『ほう?魔術とな。』


 そう魔術!異世界転生したらしたいことランキング(僕調べ)堂々の2位!ちなみに一位はハーレムだが、この状態では不可能そうというかあれなので……とにかく異世界に来たなら学ぶべき代物だろう!


『いや無理じゃ多分。』


 はぁ?君魔王なんでしょ?復活の方法もわからなければ魔術も教えられないとかとんだ無能じゃねぇかよ!


『あっ、其方言ってはならぬこと言ったな!魔王のプライドと恨みの深さを思い知るがいいわ。知らなかったじゃ済まないからの!』


 そんな状態で何ができるって言うんだよこのポンコツ魔王が!


『こっちは其方の記憶全部把握しておるんじゃ。ほうほう……えーと5歳の時に同じ幼稚園のカホとかいう女の子に告白したが、普通にキモいから無理と言われ振られると。5歳の女の子からこのセリフ引き出せるって相当じゃぞ。』


 は?


『あと中学生にもなっておもらししとるな。しかもそれを妹のせいにした上で速攻でバレておるのぉ。ほほう……其方気づいてないようじゃがこれ近所の人間に広まってるの。その日から2つ隣の家のご婦人が其方を見るたび口角が上がっておる。ちなみにこのご婦人は其方の好きだった女の子の母親じゃの。』


 数年越しの真実!

 殺せ!ていうか今すぐ自殺してやる!クソが!体が動かねぇ!


『まあこれでわかったかの。其方では妾に勝てんぞ。恥の多い人生だったことを恨むんじゃな。』


 クソがぁ!僕が……!僕が……!僕がもう少し証拠隠滅が上手ければ妹に全部押し付けられたのにぃ!


『そこじゃないじゃろ。』


 まあいい、素直に聞いてやるさ。

 ところでなんで教えるのが無理なんだ?僕が魔術を学ぶのは君にもメリットがあるだろうに。


『妾というか其方の問題じゃ。』


 魔術の才能がないとか?


『そのボディは妾の転生体になる予定だったものじゃぞ。妾が生前自身に掛けた転生の魔術には、転生先の体について複数の条件をつけておった。千年間転生できなかったのはそれが原因じゃ。』


 じゃあこの体は君のお眼鏡に叶うものなわけだ。

 ならなぜ無理なんだ?


『まず一つが其方が魔術のない世界から来たと言うことじゃな。魔術とはイメージの世界。術式自体をどんなに理路整然としたものにしようとも、実際に発動の動力源となる魔力は感覚で扱う。まず魔力というものの存在を実感しなければ魔術を行使するのは不可能じゃよ。』


 そんなこと言ってもやってみなくちゃ分からないじゃん?


『わかる。そもそも其方の体に魔術がもう掛かっていることに気づいてないじゃろ。』


 え?何それ?


『一心同体となっている妾の言葉はともかく、あの女の言葉が理解できたのを不思議に思わんかったのか?異世界なんじゃから言語違うに決まっとるじゃろ。』


 確かに、一切不思議に思わなかったが彼女の話していた言葉が確実に日本語でないとわかるのに、何を言っているのかはわかった。タイムラグなしで同時通訳されているといった感覚が正しいか。


『さすがの妾もどっかの大陸の辺境な地域に転生しては困るし、言語をもう一度学ぶのもめんどくさい。転生直後にどのレベルで魔術行使ができるかも分からなかったしの。自身の魂自体に翻訳の魔術を掛けておいたのじゃ。今それが妾を通じて其方にも影響を及ぼしてるんじゃな。』


 本当に気づかなかった。


『まっ、そんなこんなで無理じゃ。まあ安心せい、一生魔術を使えないわけじゃあるまい。この世界で生活してれば次第に魔力を知覚できるようになろう。』


 くっそー!じゃあマジで歳とるまで赤ちゃんプレイを誰かに見られ続けるという羞恥を受けなければならないのかよぉ!

 と俺が絶望に悶えていると、ガチャっという扉が開く音が聞こえてきた。

 いいもん、もうこんな魔王なんて放っておいてエイラツィオさんに構ってもらうから。


『すまん、妾も千年眠ってて鈍ったかの。これあの女じゃない……盗賊じゃ。』


 は?

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