第6話

 相変わらず外の世界は煩くて窮屈だ。イヤホンを耳に挿し、孤独な音の世界に身を投じながら俺は駅へと向かった。そろそろ梅雨も開ける頃合いだろう、生ぬるく、じめじめとした空気が肌にまとわりつく。


「早いもんだな」


 俺の日常は空っぽだ、振り返っても何もない。時の流れが早く感じるのはそのせいだろう。未来に想いを馳せたり、理想を思い描くことは必要なのだろうか。そんなもの、所詮は容易く打ち砕かれてしまうというのに。


 ◇ ◇ ◇


 駅に着き、改札をくぐる。次の電車は8時30分発らしい。……間違いなく遅刻だ。こうなってしまえば、正直学校に向かうのも面倒になってくる。


 (帰るか…………)


 駅のホームを背に歩き始めた瞬間、ふと、自分を殺すと言ったあの女の顔が頭に浮かんだ。どうしてこんな時に彼女のことを考えてしまうのかは全くもってわからない。だが、これがありふれた恋愛感情などではないことだけはわかる。


「ああ、そうか……」


 俺はただ、嬉しかったんだ。あの女が何であれ、自分を気にかけてくれたことが。話したこともない俺の内面に目を向けてくれたことが。


「まもなく、電車が到着いたします――」


 駅のホームにアナウンスが響き渡る。


「…………」


 そうだ、俺は逃げているだけだ。自分から。世界から。現実から。でも、それでいいんだ。どれだけみっともなくても情けなくても、それが俺だと認めたじゃないか。だから孤独は全て受け入れて、静かに枯れていく命の終わりを待つと決めたはずだ。それがなんだ、あの女に構われただけで、孤独から生まれる寂しさも、誰かと関わる幸福も思い出してしまった。はっきり言って最悪だ。惨めさと羞恥が入り混じり、その場に立ち尽くす。


「〜〜ッ……!あいつの、せいだろ……」


 歯軋りの音を掻き消すようにレールが軋む音が轟き、列車が駅に着いたことを知らせてくる。


「…………」

 

 俺は確かめなければならない。いや、確かめたい。彼女の正体を。目的を。俺は深く息を吸い、溜息を吐いた。


「……やっぱ行くか、学校」


 扉がかすかな音を立てて開く。意を決し、その中へと乗り込んだ。こんなこと、普通の人間からすればなんてことのないことだ。それはよくわかってる。それでも、今の自分にとっては大きな選択だった。

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