第2話
脇目も振らずに改札をくぐり抜け、家の最寄駅に向かう電車に乗り込む。だが、この時間の車内は同じ高校の生徒ばかりで座席が空いていないということを失念していた。制服姿の学生ばかりの中、私服姿の自分は嫌に目立つ。まあ、そう思っているのは自分だけだろうが。大体、友人と呼べる存在は一人もいないのだ。だから、もしクラスの連中に見つかって今更何かを言われたところでどうでもいい。そんなことより、一刻も早く席に着きたい。急いだせいか疲労感も凄まじい。
(無理するんじゃなかったな……)
ふらふらと車両端の壁にもたれ掛かりしばらくの間電車に揺られていると、目の前に座っている女性がこちらを見上げ、何やら口を動かしている。イヤホンをしているせいで最初は何をしているのかわからなかったが、どうやら彼女は自分に話しかけているようだ。すぐにイヤホンを外すと、同時につんざくような外の世界が押し寄せてくる。
「席、譲ってあげよっか」
彼女の声は聞くに堪えない喧騒を掻き分け、自分の耳にしっかりと届いた。細くて透き通るような声がよく聞こえたのは、意識を彼女に向けていたせいだろうか。着用している制服を見る限り、自分と同じ高校らしい。
「いや、大丈夫……」
「いいからいいから」
遠慮の余地もなく彼女は席を立ち、まるで流れに身を任せるかのように自分との場所を入れ替えた。
「ありがとうございます」
「いいってば」
譲ってくれたことはありがたいが、こうも目の前に佇まれると申し訳なさが込み上げてくる。
「あの……」
「いいから」
申し訳ないという気持ちがそんなに表情に出ていただろうか。まるでこちらの心を見透かしたように発言が遮られてしまった。とはいえこれ以上は何か言葉を紡ぐことも出来ず、しばらくの沈黙の後端末へと目を落とした。
「次は――、――です」
学生たちはここで電車を降りるのがほとんどだったはずだ。降車口からは次第に人が流れ、電車が再び発車する頃には、車内の喧騒も随分と静まりかえっていた。
「――君さ、そんなに死にたい?」
「……は?いや、死にたくはないですけど」
空いた隣の席にさっきの女性が座ったかと思えば、意味のわからないことを言い始めた。何なんだこの人は。
「だって生きた顔、してないじゃん」
「…………」
「ふーん、そっか」
実際、覇気どころか生気すらも無い顔つきだろうとは思う。生きている実感もなくて、生きている理由もわからない。ただ、呼吸を繰り返しているだけ。けれど死にたいわけもない。明日も明後日も、この先ずっと、この身体が冷たくなっていないように祈りながら日々を過ごしているだけ。だから彼女の言っていることはある意味事実で、何も言い返せなかった。
「じゃあさ、私が殺してあげよっか」
「……は?……うわっ?!」
脇腹に銀色の何かが突き立てられ、そのまま沈んでいく。刺された?なんで?意味がわからない。痛い。痛い?いや、痛みも何もない、ただ怖い。嫌だ、死にたくない。誰か助けて――。咄嗟に立ち上がり、素っ頓狂な声をあげてしまった。車内の全員がこちらを見ている。けれどそれも束の間、彼らは怪訝な表情をしてからすぐに視線を逸らした。目の前で人が刺されてるのに誰も助けてくれないのか。……?そもそもどうしてこんなにも思考が冴えているのだろう。ああ、そうか。どうにか生きる術を見つけようと思考がフル稼働しているのか。酷く混乱している意識の中、場違いな明るい笑い声が耳に届いた。
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