第2話 アオダモ、もちもち
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グリムの街の街路には、色も形も多種多様な、美しい葉の樹木が育つ。
私も、ペットの大きなハムスター:アルバムも、それを眺めるのが大好きだ。
家々の隙間を抜け、ガラス窓の連続する美術館の横を歩いていると、「モチモチ」と、背中のリュックから、上機嫌なアルバムの鳴き声がした。
見上げると、白い斑が雪の結晶みたいに入った小ぶりなアイビーの葉がある。
「ツタ植物の新芽と金属メッシュの絡みが、凄く素敵。 ザラザラした煉瓦の壁と、大きなガラス窓のバランスを、この植物の配置でとるなんて、先生のデザインは、やっぱり良いなぁ」
足元を流れる細く浅い水路には、湧き水が流れていて、顔を近付けると、目には見えない瑞々しく、ひんやりとした心地の良い気配が頬を撫でる。
水路は、魚が居ないか? と私もときどき、覗き込みたくなる程に透明だ。
「モチモチ…… 」
揺れる水面に反射した日光が、植物の葉に当たると、緑色の宝石を付けた美術品みたい。
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「モチモチ」
煉瓦造り・無機質なコンクリート・木組みが可愛いハーフティンバーの家など、建物も街並みも様々なこのグリムには、街の外から観光客が多くやって来る。
朝だからまだ人は少ないが、この中心街エリアは、特に人気が高い。
「さて、そろそろ先生の事務所に着くよ、アルバム起きてる?」
「モチモチ」
先生の手がけた、大通りの庭を眺める。
奥で白い花を咲かせているのは、私がお手伝いで植えたアオダモの木。
小さな花が集まって、まだ色の薄い新緑と一緒に、吹かれて揺れる様子が美しい。 これを見ると、季節が一周したんだなって実感する。
アオダモは本来、根の力がとても強くて、花壇の枠や地中の水道管を曲げちゃうことがあるけれど、この種類は特別で、成長も遅いから大丈夫なんだって先生が教えてくれた。
私の大事な思い出の木だ。
ふと、、小さな女の子が、アオダモの傍に寄って来るのが目についた。
ベージュのスーツケースを横に並べて、ぽつんと一人で立っている。
「モチモチ……? 」
「あたりを見回してる…… もしかして迷子かな? 」
私が近づこうとした瞬間、女の子は、彼女の目の前に垂れる、ふわふわで房状の白い花をつけた枝を握り、グイグイと手前に曲げ始めた。
「ちょっと? そんなことしたら―― 」
慌てて走って止めようとしたけど、その力は見た目よりも、かなり強かったようで
バキッ……!!
「ぎゃっ!! 折った! 」
大ぶりなアオダモの枝を手にした女の子は、満足げな顔をしてから、それをスーツケース上に乗せ、次の枝に右手を掛ける。
「なんてことを! 駄目じゃない! 」
思わず女の子に詰め寄り、私は彼女の右手を掴んだ。
掴まれた女の子は
「え? 」
と拍子の抜けた、可愛らしい声を漏らした。
「急にごめんね、でもその枝は折っちゃ駄目だよ」
「……ごめんなさい」
私が手を放して、声を掛けたら素直に謝ってくれた。
悪いことをした自覚はあったのだろう。 申し訳なさそうにして下を向いている。
う~ん、反省しているみたいだし、悪い子では無さそうかな。
「私の名前はひざし、あなたのお名前は?」
「……ルリ」
「ルリちゃんは、この木の枝が欲しかったの? 」
ルリちゃんは、小さく頷いて
「お母さんが…… 」
それからまた黙ってしまった。
「ルリちゃんのお母さんが、欲しいって言ったの? 」
今度は首を横に振ってから
「ううん、そうじゃなくって、見たいと思って…… 」
「そっかそっか」
「モチモチ」
「アルバム? ちょっと、急に降りたら危ないよ」
「うわぁ! 大きくてもちもち! 」
アルバムを見て、ルリちゃんに笑顔が戻った。
「えへへ、くすぐったい」
「モチモチ」
もう少し、話を聞いてみよう。
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