第4話

          四


 ズシーーーーン


 その巨体に相応しい大きな音で、敵は地面へと倒れ伏す。

 敵の無力化を確認した後、彼女はようやくその構えを解いた。

「押忍。」

 もちろん師匠の教えの礼儀作法は忘れない。

 拳を握り胸の前で交差させ、軽く一礼すると、ようやく一息ついて現在の状況を確認し始める。

 敵はこの一体のみで、他に仲間はいないようだ。近づいてくるような足音は聞こえないし、森は静けさを取り戻した。

 無力化はしたとはいえ、敵の生死までは分からない。もしも気絶しているだけで、意識を取り戻されると厄介だ。出来るだけこの場所からは可及的速やかに離れた方がいい。

 大体、さっきは無我夢中で運よく敵を無力化出来たが、次に同じことが出来るとは限らない。というか、さっきのは本当に疲れた。少しずつ身体に疲労感が出始めている。

「どうしよう……?」

 結局、振り出しに戻っただけだ。突然の命の危機は去ったものの、状況は全く好転していないのだった。

(……スマホがあれば、GPSで道も分かるのに……。)

 どれだけ服の中を確認しても、そんなハイテク便利アイテムはない。それどころか、彼女には所持品一つない。着の身着のままといった状態で、武器一つ身に着けていないのだ。

(……親切な看板もないし、何より道もない。……せめて、どこかに人でもいれば道が聞けるのに……。)

 そこまで心の中でぼやいた時、彼女の脳内に微かなひらめきがあった。

「あっ。」

(……そういえば、人。)

 慌てて周囲の風景を頼りに方角を確認する。

(さっき、悲鳴が聞こえてきたのは………、確か、あっちの方!)

 勘とあやふやな記憶を頼りに、森の中を進み始める。

 賭けのような行動だが、何もしないよりはマシだ。

 しばらく森の中を闇雲に歩いていると、急に森が開けた場所に出る。

 そこは、野放図の森の中とは違い、人間の痕跡を感じさせる場所だった。

 よく見ると、焚き火の跡があり、森の中の野営地のようだ。

「……あのー、誰かいませんかぁー。」

 ダメ元で呼びかけてみる。

 だが、返事は返らない。

「……誰かいてくれたらうれしいんですけどー……。」

 願望も込めて更に呼びかけてみる。

 やっぱり、返事は返らない。

「はぁ、無理か……。」

 分かってはいたが、少し落ち込む。

 人の痕跡があったところで、人がいるとは限らない。

 そんなことは重々承知していたが、改めて現実を突きつけられるのはまた違う。

 焚き火の跡の前で、いじけるようにしゃがみこむと深い溜め息を吐いた。

「……誰かいてくれたら良かったのに……。」

 膝を抱えて、小さな声で呟く。

 泣き出してしまいそうな気分だった。

 無我夢中で事ここに到るまでやって来たが、既にかなりのキャパオーバーだ。

 死んだり、かと思えば目が覚めたり、イケメンになったり、命の危機に陥ったり、今は全く状況が理解できないままで右も左も分からない森の中に一人ぼっちだ。

 考えれば考えるほど、今の状況に泣きたくなる。

 ストレスが規定値を超えているのか、我慢しても自然に目頭が熱くなってきた。

 一粒の涙がぽろっと目からこぼれる。

 それを切っ掛けに、あとはもう止まらなかった。

「……うわーん。」

 沢崎直は、久しぶりに声を上げて泣いた。

 上げた声は全く聴きなれないイケボだったのだけれど……。


 



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