第1話 第一章 とりあえず責任者よ出てこい!!!

 終わりは白だった。

 今でも瞼の裏に焼き付いて離れない、残酷で暴力的な白い光。

 走馬灯なんて見る隙もなく、痛みも恐怖も全てを置き去りにするかのような、そんな刹那の瞬間の後、一瞬で途切れた。

 ぷつりと、電源が切れるかのように……。

 それは、あまりにも突然に……。


 始まりは黒なのかもしれないな……。

 沢崎 直は、ぼんやりと考えていた。

 光の前の闇。

 それこそが始まりなのかもしれない。




 ピチャン


 それは小さな刺激だった。

 冷たくて、微かな。聴覚と触角。


 ピチャン


 失くしたはずの感覚に、終わったはずの人生に、働きかけるかのように刺激は続いていく。

 まるで、彼女を揺り起こそうとするかのように……。

 永遠の眠りについたの彼女を。


 何度目かの水滴を浴びた後、彼女は身じろぎした。


 水滴を避けるように、そっと顔の向きを変える。

 それだけでかなりの体力を使ってしまい、その疲労感と脱力感に辟易する。


 だが、次の瞬間。

 彼女の脳裏に微かな違和感が刻まれた。


 私は終わったはずだ。

 私は、あの時、あの場所で死んだはずだ。

 私の人生は終わりを告げた。

 ……なのに、何故?

『何故、感覚が存在するのだ?』


 もしかして、死後の世界というヤツだろうか?


 天国とか地獄とか、話には聞いていたが、そういう類のものが存在するのだろうか?


 神様をあまり強く信じていなかった自分だが、もう少し祈っていても良かったのかもしれないな……。そんなことを思いながら、彼女は自嘲するように笑った。声は出せなかったが、表情だけで笑ってみた。どうせもう遅いのに……。そんな諦念が彼女の心を支配していたが、それこそもうどうでもいいことだ。


 ピチャン


 音は変わらず続いていたが、彼女の頬に水滴が落下することはなくなった。


 しばらく、水滴の音を聴き続けた後、彼女は目を開けることにした。

 ここが何処かは分からないけれど、水滴以外、彼女にちょっかいをかけるものはなさそうだし、死後の世界的な物をこの目で確認してみようかな、などという気持ちが湧き出てきたからだ。

 どうやら、少し心に余裕が出てきたらしい。

 現実を受け入れてしまえば、あとは対処するだけだ。

 死んでしまったのはしょうがない。後悔や心残りは、それこそ余りあるが、人間に出来ることなど限られている。短すぎる一生だったが、個人の力ではどうしようもないことが絶対数存在していることくらいは理解しているつもりだ。


 瞼に光を感じてはいないが、用心するようにゆっくりと目を開ける。


 目の前に広がったのは薄闇だった。


 しばらくして、目が闇に慣れてきた頃、辺りを見回すとそこは洞窟のような場所だった。

 身体は相変わらず重たかったが、寝転がっていても特に何もないので、とりあえず起き上がる。

 試運転のような気分で、ぎこちなく身体を引き摺り、這いずり始めた。

 肌にささやかな風を感じ、遠くから更なる水の音がしたので、薄闇の中、音を頼りに目的地を定め這いずり続ける。

 壁伝いに角を曲がったところで、前方に淡い光が射す。


 光……。


 光を見つけた途端、迷い子が救いを求めるように、彼女は光へと向かい進み始める。

 地面との摩擦で擦り切れる肌に痛みは走るが、どうせ死んでいるのだから構うことはない。

 彼女の前進と共に近づいてくる淡い光。

 それは微かな隙間から洞窟に射し込む光が、地底湖の湖面に反射している輝きであった。

 静謐な水面に心惹かれ、覗き込む。

 すると、彼女の瞳には一人の人影が映った。

(うわぁー。カッコよろしい兄さんだぁ……。イケメンというか、もはや眼福?)

 淡い輝きを放つ水面に映っていたのは、見目麗しき青年だった。

 緩やかに波打つ薄い色の髪に、吸い込まれそうなほど淡い輝きを持つ瞳。透明度の高い水鏡が映し出す涼やかな美貌に、思わず感嘆の声が漏れる。

「はぁ~。」

 耳に響いたのは、心地の良い響きを持つ楽器の音色のような甘く豊かな声音。

「イケメンが見えて、イケボも聞こえてくる。ここは天国かも?」

 心の声が口から洩れた。

 そこで彼女は気づく。

 一瞬の思考停止の後、襲ってきたのはとてつもない違和感。

「どっ!どういうことーーーーっ!?」

 突如洞窟内に響き渡った彼女の悲鳴も、もちろんイケボであった。

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