3.彼女の愛

「ハルト! 大丈夫!!?」


 結華は必死にハルトの元へ走っていこうとした。しかし立ち上がりみんなの元に戻ってきた和希に腕を捕まれ止められる。結華は掴まれた腕をどうにか振り払おうと体を動かすが和希の力に勝つことが出来ずどうすることも出来なかった。


「もう東雲君は無理だ」


「離してっ!!」


「東雲君は死んだんだ。結華、君は優しいから助けたい気持ちもわかる。でも君には死者を蘇らせる力なんてないだろ? だから僕と一緒に帰ろう」


「ハルトは死んでないから! 私が助けるの!」


「あれを見てもまだ言えるのか。血があれだけ出ていればもう助かりはしないよ」


 力で勝てないことを結華が一番よくわかっているがそれでもどうしてもハルトを救いたいという想いで必死に抵抗する。しかし和希はそんな結華に対して他の人にはバレないようにしながら鞘に入った状態の聖剣を突きつけた。和希が何をしようとしているのか理解した結華はひとまず抵抗するのを止め大人しくした。


「なんのつもり」


「大人しくすればいいんだ」


 ちょうど和希が結華に聖剣を突きつけているのが見えた海斗は今まで我慢していた怒りを力に乗せて殴りかかろうとしたが周りにいた取り巻きに逆にお腹を思いっきり殴られてしまった。痛みに耐えられなかった海斗はお腹を抑えて地面に倒れ込んだ。


「大智」


「わかった」


 和希が取り巻きの一人の名を呼ぶと取り巻きの大智は能力スキルで倒れ込んでいる海斗を拘束する。そして未だに抵抗している結華の事も拘束した。和希にとって今厄介な存在を拘束したあと全体に向かって言葉をかける。


「みんなここはもう危ないから戻ろうか」


 その言葉に対して一人のクラスメイトが反応する。


「でも東雲くんは足がないだけでもしかしたら生きてるかもしれないと思うけど。助かるなら助けた方がいいと思う」


 その生徒が言った言葉に賛同する生徒は多く段々とハルトを助けようとする動きが強まった。しかし和希と取り巻きはこれに納得いかず少し強い口調で話し出す。


「ここでこれ以上残っていたらまたトロールが来て襲われるかもしれない。それに東雲君には力がないんだ。欠けても問題はないよ」


 和希が話し終えるとタイミングよく森の奥からトロールの叫び声が聞こえてくる。それのせいでそれまでハルトを助けるという事に賛同していた生徒達は保身を優先し何人かが森を出始める。誰かが逃げ出したのを皮切りにどんどんと森を出ていく。


 その中で結華と海斗は必死に抵抗をして森を出る事を拒んだが拘束されている状態の二人はどうすることも出来ず取り巻きに引きずられていく。それでも暴れるので海斗は再び顔面を何度も殴られ気絶した。結華は和希が両手で抱きかかえて連れて帰った。


「ハルト!! 絶対助けるから!! 私が絶対!!」


 結華が必死に名前を叫ぶがその声はハルトにはもう届くことはない。



@@



 全員が森から出てしばらくした頃にハルトはようやく目を覚ます。しかしその瞬間それまで何もなかったはずなのに片足に猛烈な痛みを感じ叫ぶ。しばらく叫び歯を食いしばっているとなぜか徐々に痛みを感じなくなり少し冷静さを取り戻す。だが冷静さはそう長くは続かなかった。周りを見渡せば悲惨な死に方をしているクラスメイトが何人かいた。思わず吐きそうになったハルトだがなんとか耐える。


 そしてハルトはもうひとつ気づく。それはどこを見渡してもクラスメイトがいないということだ。これまで信じてきた結華も海斗も一部のクラスメイトもみんないないのだ。


 ハルトはその時思う。


 自分は皆に見捨てられたのだと。


 原因は明白だ。それはハルトに能力スキルがないこと。好きで持っていないというわけではない。例え世界が誇るド変態だとしてもこんな鬼畜な世界でそんな事を好むことはないだろう。


「……どうするか」


 これからどうするかしばらくその場で考える。そして考えた結果ひとまずこんな危険な森から出ようと言う結果に至った。

 

 早速森からの脱出を開始したハルトはまず這いつくばって近くの木まで向かう。そして木にたどり着いたらそれを支えにして片足で無理やり起き上がった。その後は森の外に向かって片足で跳ねながら少しずつ進んでいく。ここからは足と精神との戦いである。まさに鬼畜。


「痛ッッッ!!!」


 だが片足で跳ねながら移動するという方法には大きな問題があった。それは先程までは収まっていた痛みがまた復活し飛び跳ねる度に傷口に振動が伝わり強烈な痛みを感じる。しかし移動手段がこれしかないのが現状である。ハルトは顔面崩壊にもほどがあると言われそうな程の表情をし耐えながら進んでいく。


 恐らく十五分ほど経過した。現在の位置は出発した位置からなんと……全く進んでいない。あれほど必死に死にそうにながら進んだが全く進んでいない。休憩もしていないのに全く進んでいない。


(あ、もうこれ無理だ)


 そんな事を思っているとどこからかトロールの声が聞こえてきてハルトは慌てた。一体どこにいるのかと周りをキョロキョロしていると少し奥にトロールに今にも襲われそうな女の子がいるのが見えた。ハルトはなぜかその時悩んだ。助けるべきなのか? それとも見捨てるべきなのか? と。だが悩み始めた割には決断が早かった。


(俺を見捨てた最低な皆と同じ様な事をしたくない。なら……!! 助けるしかない!!)


 決断したハルトは痛みなど考えずに今までよりも速く跳ねて女の子のところへ向かう。だがもうトロールは女の子に殴りかかろうとしていた。


「君!! 逃げろ!!」


 女の子は一瞬ハルトの方を見つめた。その瞬間にトロールの拳が振り下ろされる。ハルトは「間にあえぇぇぇぇぇえ!!!」と叫びながら女の子に向かって飛び込んだ。


 結果的に間一髪のところで女の子をトロールの攻撃から守ることは出来たがハルトはもう倒れてしまったからにはすぐには立ち上がることが出来ない。そしてトロールはこちらを見て近づいてきている。ここからどうすれば良いんだと疲れながらもハルトは必死に考えた。その時助けた女の子がハルトの顔に優しく触れる。


「ありがと。私に任せて」


 トロールが攻撃しようとしているのにも関わらず女の子は立ち上がりその場に立ったままトロールに指を指す。すると次の瞬間にトロールは炎まみれになり地面に倒れ暴れ出した。


「グォォォォォォ!!!!!!」


 叫び続けたトロールはしばらくして動きを止めた。衝撃的な光景を前にしてハルトが呆然としていると女の子がハルトの方を向き話しかける。


「貴方は誰?」


「……俺はハルト」


「私はシノ。ハルト、どうしてここにいるの」


「……俺に力がなくてみんなに見放されたんだ。それでこの有り様だ」


「わかった」


「……わかった?」


 シノは寝転んだ状態のハルトの上体を両手を使い起こす。


「何してるんだ?」


「愛」


「は?」


 シャツと白スカート、その上から白いコートを羽織った少し幼そう見える女の子はハルトに顔を近づける。


 ハルトの手は縁の部分に水色のラインが入った純白のニーソックスを履いているシノの足に触れていた。これは故意ではない。偶然である。


 そして少し長い艶のある銀髪がハルトの顔に淫らに垂れる。


 ハルトの目にはシノの淡い青い瞳が映る。


「何して、ちょっ!」


 その瞬間二人の唇は触れ合った。


 その時のハルトには高鳴る鼓動の音しか聞こえなかった。


「んっ。これで大丈夫」


「何も大丈夫じゃないだろ! い、いきなりキスなんて」


 色々と文句を言っているとハルトは謎の光に包まれて思わず目を瞑った。光が収まったのを感じたハルトが目を開くととんでもない事が起こっていた。それはハルトの足が完全に治っておりおまけに擦り傷も消えていた。


「何をしたんだ?」


「愛のキス」


「いやどういうことだ」


「魔女は愛する人にキスをするとなんでも出来る」


「魔女??? ちょっと待ってくれ色んな事がありすぎてわからん。そもそもシノはどうしてここにいるんだ?」


「全部説明する。私は魔女で変な人間に追われてた。魔女っていうのは能力スキルの代わりに魔力を使ってる。今は魔女は私一人。あと愛する人にキスをするとなんでも出来る」


「まぁ、大体わかったけど最後のは何なんだ?」


「キスをしたからハルトの傷も治った。それとハルトに私の力を少しあげた」


「あげた?」


「うん。ハルトに魔力をあげた」


 理解しようと考えていると必然的に沈黙の時間が訪れその間ハルトとシノは見つめ合っていた。


「つまりそれは俺も魔法を使えるってことか?」


「そう」


「ほう……それは理解した。でも愛する人ってなんだ」


「それはヒミツ」


「それが一番重要だと思うんだが」


「好きじゃだめ?」


 あまりにもドッ直球な言葉を投げかけられてハルトは顔を赤らめて目をそらした。慣れていないハルトはその言葉の余韻に浸っているとシノが「魔物が来る」と言い出した。え? となったハルトに対してシノが魔法の使い方を軽く教える。


「立って。手に力を込めるのを意識して」


「あ、え、わかった」


 するとシノの言う通り本当にトロールがこちらに走って向かってきていた。そしてハルトは言われた通りに手に力を込めるということを意識する。


「最後に爆発するって思い浮かべて」


 ば、爆発? と思いはしたがとりあえずは従ってみることにしたハルト。すると爆発するということを思い浮かべたその時、走っているトロールは向かってきている途中で爆発を起こし地面に倒れた。


「まじか……」


「まだまだ」


 シノは謎にドヤ顔する。


(なんだ今のは……。なんだか気分が高ぶってる感じがする)


 いきなり勇者の様に転移してきた中で唯一能力スキルを持っていなかったハルトがこうして力を手に入れたのだ。その様な気分になるのは必然的な事なのだろう。

 

「魔物を倒したご褒美のキス」


「んっ!?」


 そして二人の唇がまた触れ合ったのだった。

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