2.魔物襲来

 あれからしばらくハルトはこんな訓練に本当に意味があるのだろうかと考えながら剣をただひたすらに振っていた。長い時間訓練をしていたという事と慣れない事をしている二つの要因でハルト達は異常なまでに疲れていた


 ダリアとサリアが何やら会話をしていることからそろそろ訓練が終わるのだろうかとハルトが思っていると訓練場に黒髪でピシッとしたスーツを着た女性が一人やってきた。



「皆、これは何をやってるんだ?」


 目をこすっているのとあくびをしていることから明らかに今まで寝ていたという事がわかる。彼女の名は一条先生。ハルト達のクラスの担任である。一条先生は指導は厳しいが多くの生徒に慕われている。


「先生何してたんですか!」


 一人の生徒が聞くと一条先生は近くの石の人形にもたれかかり「寝ていただけだが」と目を擦りながら言った。ちなみに一条先生がなぜこれほどまで眠そうかと言うとどうやら教員内での関係で色々とあるらしくそれが大変であまり家で寝られていないそうだ

 

「もう一回寝てくるから……そうだな……南川、いい感じの時間になったら起こしてくれ」


「なんで俺なんですか!!」


「ありがとう。頼んだぞ」


「まだ何も言ってないですけど!」


 ハルト達はその様子を見てさっきまで感じていた疲れを忘れるほどに笑った。

 

 一条先生がどこかへ行ってからすぐにダリアが今日の訓練は終わりだと告げる。それを聞いた生徒達は一斉に喜んだ。中には嬉しすぎて暴れだす者もいたがその体力はどこからやってきているのだろうか。


 今日の訓練が終わると屋敷の中から訓練場に一人の女性が歩いてくる。その女性は「ついてきてください」と一言だけ話すとどこかへ歩き出していく。ハルト達は急いで女性のあとを追いかけた。


 しばらく後ろをついていくと長い廊下に出る。そこには左右にずらーっと扉があった。


「こちらが皆様のお部屋でございます。人数分以上ありますのでお好きな部屋をお使いください」


 女性がそういうと何人かの生徒は子供の様にはしゃぎ廊下を走り部屋に入っていく。次々と生徒が部屋に入っていく中ハルトはどの部屋にするか悩んでいると結華と海斗が話かけてきた。


「俺ら三人で同じ部屋で寝るか!!」


「無理だ」


「海斗とは無理」


「俺なんか悪いことした???」


 一瞬でハルトと結華に却下され海斗はしょんぼりとしながら空いている部屋へと歩いていった。一方廊下に残った結華は少し下を向きながらハルトに近づく。


「一緒の部屋にする?」


「そ、そう………」


 ハルトは結華の誘いに乗ろうとしたが奥の扉から和希が睨みつけてきていることに気づく。色々な事を考え葛藤した末にハルトは結華の誘いを泣く泣く断ることにした。結華は「わかった」とどこか寂しそうな表情をしながら言って空いている部屋に向かっていった。


(友達と一緒に泊まる事すらできないのかよ……)


 ハルトは頭を抱えながらあまりの部屋に入った。



@@



 ハルト達が異世界に来てから七日ほど経った。


 相変わらず能力スキルのないハルトはそこまでの明確な目的もなくただひたすら剣の特訓をしていた。他の生徒は武器の練習をとっくに止め大半が能力スキルの特訓ばかりをしていた。生徒の中でも和希は一番急成長しており一足先に実戦に連れて行かれるほどにまでなっていた。結華は疲れた生徒や怪我をした生徒の治癒を行い着々と成長していた。海斗は【超身体能力向上】と剣を組み合わせて唯一無二の戦闘方法を編み出していた。その他の生徒も能力スキルをまともに使えるほどには成長していた。


 そんな七日間である問題が起こった。それはハルトに能力スキルがないということが全員にバレてしまったのである。もちろんそんなハルトを馬鹿にする者もいたが励ます者もいた。だが馬鹿にされても励まされてもハルトの心は動く事はなかった。 

 

 そして今日も剣を振り続けているハルトは休憩をするために剣を置き壁を背もたれ代わりにして座り込んだ。少しの間その状態でいると一人の男が慌てて訓練場に走ってきた。急いで来たせいで息があがっており所々何を言っているかはわからないがまとめると近くの森に魔物が出たらしい。それを聞いた皆は最初魔物への恐怖で誰も足を進めようとはしなかったが和希が「皆で人を助けようよ」と言うと何人かはそれに賛同し勇気を出して歩きだした。


 だが中にはダリアやサリアが居ないこの状況で行くのはあまりにも危険すぎると主張する者も少数ながら現れた。しかしそんな魔物討伐否定派を和希は無視して森に皆を引き連れて向かいだした。


「魔物だってよ。ハルトはどんなやつだと思う?」


「さぁ? ゴブリンとかなんじゃないか?」


「ゴブリンってあのちっこいのだよな」


「うん」


「それなら倒せる気がしてきたぜ」


「あんまり油断しない方がいいぞ」


 走りながら会話をしていると森の近くにいた人々が慌てて走って逃げていた。異世界転移二日目の時ハルトがダリアにここら周辺について少しだけ聞いていたことなのだがこの森は栄養のある果物や実が生えておりよく魔物が果物や実を狙って人間の生活範囲に入ってくるそうだ。恐らく今回の魔物も食物目的なのだろう。


 必死に走りかなり森の奥まで来た頃ハルト達の前に現れたのは巨体のトロールだった。トロールを前にして皆は恐怖がいっぱいになり悲鳴をあげ逃げ出す者も何人かいた。ゴブリンならまだしもトロールなんてどうするんだよとハルトが思っているとトロールは近くの木引っこ抜いた。


 その光景を見た生徒は少しだけ後ろに引き下がる。もちろん能力スキルのないハルトはどうしようもなく非戦闘系能力スキルがいる後ろに下がった。

 一方前では和希の取り巻きの大智たいちが戦闘系能力スキル【拘束】でトロールを拘束していた。その隙に和希が聖剣を持ってスタスタと走っていく。勢いをつけた和希は「おらぁああああ!!」と叫びながらトロールに斬りかかる。


 だがその時大智の拘束が破られ自由になったトロールは持っていた木で和希を弾き飛ばした。


「や、やっぱり無理だ! 僕には無理だァァ!!!」


「嫌だ来ないで!!! 助けてェェ!!!」


「なんでそんなァァァァ!!!!」


 すぐに起き上がった和希だったが最高戦力がその場にいない状態では陣形が保てるはずもなく戦闘系能力スキルのいる前衛は完全に崩壊し逃げ始める。トロールは次々に木で生徒を弾き飛ばしたり押しつぶしたり好き放題に殺していた。

 後衛の非戦闘系能力スキルの者達が戦闘系能力スキルの者達を支援しようとするがもうすでに前衛は存在していなかった。

 

「海斗、前!!!!!!」


 ハルトは海斗に大きな声でそう言い間一髪のところでトロールの攻撃を回避した。しかし前衛の生徒は後ろに下がってきておりもうこれ以上戦えないと判断した和希があっけなく全員で撤退する事を選んだ。だが撤退するからと言ってトロールは敵と見なしたハルト達を逃がすわけがなくどんどん近づいてくる。涙を流しながら悲鳴をあげながら一斉に走る中結華だけが石につまずき転んでしまう。その時すぐ後ろにはトロールが迫ってきていた。


「結華!!!!!」


 ハルトはとっさに結華の元に走る。能力スキルのないハルトは持っているすべての力を振り絞って持っていた剣を思いっきりトロールめがけて投げ飛ばし結華に覆いかぶさる。


「グォォォォ!!!!」


 ハルトの剣は運良くトロールの目に命中した。しかしそれのせいでトロールは暴れ出し持っていた木をどこかに投げ飛ばしさらに凶暴化した。


(このままじゃ結華まで……)


 片目が見えないトロールは手を拳にして地面をてきとうに叩く。その拳は少しずつハルトの方へと迫ってきていた。


「結華逃げろ!!」


 ハルトは結華を自身から突き放した。


「ハルトも早く!」


 突き放された結華が逃げる事を急かすがハルトは動こうとはしなかった。いや動けなかったのである。


「どうしたのハルト!!」


「……ごめん」


 トロールの拳は先程まで結華のいたところに振り下ろされていた。

 突き放したあとどうにか少しでも離れようとしたハルトだったが間に合わなく片足は攻撃に巻き込まれぐちゃぐちゃになり動けなくなっていた。


「ハルト!大丈夫か!!!」


 海斗が叫んでハルトに近づこうとした時トロールは再び大きな叫び声を上げ森の更に奥へと走っていった。


(助かった……)


 ハルトは激しい痛みと安心でそのまま気絶してしまったのだった。





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