第10話 ただし、魔法は瞳から出る

帝国に対する反乱軍を率いていた魔法使いの女は、脳にライフル弾を受けたことで知的な犯罪能力を失っていた。

彼女は最後に姿を見たヴィクトリアたちを追従し、宿まで辿り着いていた。


その後、彼女を衛兵隊に引き渡そうとの意見も出た。

だが、ヴィクトリアはあえて匿うことにした。彼女は幸運にも、まだ多少の意思疎通ができる。いずれ皇帝一族を退けて帝国のトップに立ちたいヴィクトリアにとって、元反乱軍の幹部がもたらす情報には価値があった。


彼女は拙い言葉で”エヴァ”と名乗った。


反乱軍鎮圧作戦からしばらくしたある日、ヴィクトリア一行は会議中だった。

特に、エヴァから聞き出す帝国内部の情報は重要だった。ただし、これを完全に引き出すのには相当時間がかかった。


会議はニコルが仕切る。


「では、改めて。皇帝一族の人数は、何人?」

「アー、エー……」


エヴァが首を捻る。


「ハ、8人……」

「皇帝の兄弟と子供たちを含めて?」

「ウン……」


エヴァから聞いた情報を、壁に吊るした黒板に書き込んでいく。


皇帝には子供が5人いる。彼にはまた兄がいて、その兄には娘が1人。コンスタンティンと共に古城で消滅させた姪、ディアボリカ。

5人兄妹はそれぞれ帝国の土地を与えられ、自らの権限で管理している。


「つまり、ヴィクトリアは現皇帝含む残り7人を退けないと、この国のトップには立てないわけ」


ニコルは簡潔にまとめた。


「ていうか、一族で支配してる帝国なのに、いきなり下克上で皇帝になったりできるの?」

『できるだろ』


アキラが答えた。


『上が一族だなんだと言ったって、下に住んでる奴らは関係ない。いきなり王様の顔が変わればそりゃあ多少驚くだろうが、それくらいさ。問題は、どうやって皇帝一族をぶっ倒すか、ってとこだ』

「ぶっ倒すとは限りませんわ」


反論するのはヴィクトリア。


「帝国の中で働きを見せていれば、いずれ現皇帝に認めて貰えるかも知れません......跡継ぎとして」

『ねえだろ。だって、家族が何人もいるんだぞ。いきなり他人に任せたりしねえよ』

「むむ......」


ニコルが仕切り直す。


「ハイ。ということは、やっぱり実力で倒すしかないよね。皇帝一族にはそれぞれ特徴があるわけだけど、それよりもまずは......」


びしり、と指先をヴィクトリアに向けた。


「ヴィクトリアの加速魔法が、反対呪文に止められないようにしないといけない!」


前回挑んだ反乱軍襲撃の折、ヴィクトリアの〈アクセル〉は反対呪文、減速〈ブレイク〉によって妨害されてしまった。当の魔法使いは能力を失って今ここにいるが、帝都には魔法使いも多く集まる。皇帝一族もお抱えの魔法使いを備えていることだろう。


反対呪文を使ってくる相手への対策は、2種類ある。ひとつには、別の魔法を使うこと。もうひとつは......。


「“上級魔法“を、使おうーっ!」

「イエー」


ニコルが黒板に飾り文字を描き、エヴァが拍手した。ヴィクトリアは真面目な顔だ。


上級魔法とは、元の魔法から効果を底上げしたものを指す。仕組み自体は単純で、加速魔法なら〈アクセルⅡ〉、〈アクセルⅢ〉のように進化していく。ひとつ進化する毎に、消費MPは3倍に増える。


なぜ、上級魔法が反対呪文の対策になるのか。それは、同じレベルかそれ以上の反対呪文でなければ、効果を阻害することができないからである。すなわち、減速〈ブレイク〉は加速〈アクセル〉を邪魔するが、〈アクセルⅡ〉に対しては機能しない、ということだ。


「ヴィクトリアのMPが今300でしょ。加速魔法は一回30、レベルⅡが90、レベルⅢは270......。うっかりⅣまで唱えちゃうと心が千切れて即死だから、気をつけてね」


エヴァとの魔法知識の擦り合わせを伴いながらも、ニコルが解説を終えた。


あとは、練習あるのみだった。魔法の呪文は適切な努力ができれば誰でも使えるが、練習を怠るといざという時に不発に終わる。


「____〈アクセルⅡ〉ッ!」


今までの〈アクセル〉から格段に増えた精神疲労と加速感に耐えながら、ヴィクトリアは加速魔法の訓練を続けた。


太陽が傾いていく。


一方その頃、帝都では邪悪な陰謀の影が蠢き始めていた。


◆------------------◆


王宮には地下空間があった。それは王宮の建物の中よりもずっと広い。


人々が、無数にある部屋のひとつに集められていた。反乱軍に参加した者たち。薄暗く湿った空気を気味悪がりながら、かつて職人だった男は何かが起こるのをただ待った。


カツン、カツン。石段を降りて来る音が聞こえる。ぼんやりした緊張感。


現れたのは、皇帝の次兄オーガスタス。彫りの深い、冷徹な眼差しの男。集められた人々はどよめいた。これほどの大物が出てくるとは思わなかった。そもそも、皇帝の次兄は帝国側の人間であり、反乱軍の敵では?


何かがおかしい。彼らは幹部からここに集まるよう指示されて来た。それで帝国第二皇子が姿を現すとなると、それは、つまり裏切り......?


違和感を持った者も、もう地下室から出ることはできなかった。出入り口はひとつではないが、全て帝国兵士が固めている。


「君たちは......役に立てる」


皇帝の次兄はまとわりつくような声で言った。


「行き先に迷い、秩序を忘れ、簡単に人生を棒に振る......君たちでも」


ブウン。集まった人々の足元で、魔法陣が起動した。危険な赤紫の光が彼らの顔を照らした。皆息を呑む。恐れたところで、助からないのだ。


オーガスタスが指を鳴らす。


「礎になってもらおう!我ら血族の悲願のために!」

「「「ギャアアアアアーッ!?」」」


瞬間、魔法陣が著しく輝き、集められた者たち全員が息絶えて倒れた。HPを喰らった魔法陣が胎動し、ゆっくりと消える。この中にエネルギーが蓄えられているのだ。このような試みは実際、今回が初めてではない。いなくなってもわからない者を何人も帝都から集め、長い間少しずつ生命を奪い取って来た。


特に反乱軍などは、ちょっと間諜を送り込んで裏切らせれば容易いものだった。孤独な奴ら。探してくれる者のいない集まり。


オーガスタスは全能感を覚えた。


これら全て、遠大な計画の一部だ。彼ひとりの企みではない。父である皇帝と、兄妹全員が関わっている。犠牲は多い。だが、栄光と秩序のために、必ず成し遂げなければならない。


オーガスタスは暗い決意に満ちた眼差しで、グッと拳を握った。


「全ては、我が母の復活のために......!」


◆------------------◆


上級魔法の練習を始めてからさらに数日後、ヴィクトリアたちは大型魔物の討伐に複数成功していた。


大柄なブタの怪物オーク・キングに始まり、赤鋼の蟷螂ブラッド・マンティス、空の覇者ワイバーンまでもを降した。これまでは小型魔物の大量討伐を専門にせざるを得なかったが、上級〈アクセル〉の力があればこのような大型にもダメージを与えることができた。加速度もさることながら、持続時間が向上しているので、強力な連続攻撃を一度に叩き込むことが可能だ。


また、強い魔物はポイントも多い。


「エメラルド・ランクまで、もう少しだね!」


ニコルが晴れやかに言った。

ここで、冒険者ランクを簡単に紹介しておく。

昇順で、

アイアン→ブロンズ→シルバー→ゴールド→プラチナ→エメラルド→ダイアモンド→マスター

の、計8段階ある。


プラチナ以上で一人前とされ、ダイアモンドを超えるとかなりのステータス。実力を疑われることはまずないし、超人的な能力を持っている者も多いので、却って恐れられることすらある。


『なんか、冒険者も板についてきたよな』


夕日を背に浴びつつ、お喋りしながら宿に帰る。すると、入り口で待ち構える者があった。

帝国衛兵隊の制服。一瞬どきりとしたが、よく見ると知っている顔だった。


「アンブローズ」

「僕の名前を覚えているのか。驚いた」


かき上げた金髪にメガネ。パーティで出会った衛兵隊の隊長はヴィクトリアに紙を手渡した。


「それにサインして帝国貨幣と一緒に渡してくれれば、両親が苦しめた元領民たちとの諍いは解決する。準備ができたら教えてくれ」


彼は早口にまくし立てた後、今度はヴィクトリアに耳を寄せるよう仕草した。


「要件はもうひとつある」


周囲を気にしながら囁く。


「_____君の名が、衛兵隊内で噂になっている。突然力に目覚めたことや、冒険者ランクを急激に上げたこと。元反乱軍の女を匿ったのも、一部の者たちは知っている。それを君の悪政領主の娘という過去と絡めて、何かと空想をする奴らがいるんだ」

「妙って......?」

「君が帝国の転覆を狙っている、とか」


ヴィクトリアは答えに困って、ただ肩をすくめた。実際のところはそれに近い野望を抱えている。


アンブローズは顔を上げ、またいつもの神経質な顔つきに戻って言った。


「とにかく、君は両親を失ってから、何かと苦難を乗り越えてきたはずだ。どんな過去であれ、無闇に掘り返されるべきではないと思う。君の周りに面倒な噂が広まらないよう、僕にできることはする」


ヴィクトリアは驚いた。行動もそうだが、己の人生を労る言葉があまりにも自然に彼の口から出たことに驚いた。両親を先に知っていながら、ヴィクトリアを好いてくれる者はいないと思っていた。


「どうして、そこまでしてくれるんですの?」

「......ん?」


彼は数秒間、真顔で静止した。目と目が合う。しばらく思案していたが、彼は本当に思い付かないようだった。


「......なんでだろう」

「なんでですの......?」

「まあ、いい」


彼は会話を切って背を向けた。


「とにかく、振る舞いにはより気を払った方がいい。近頃は街が殺気立っている。目立つと面倒を招くぞ」


そう言い残し、彼は帰って行った。

ぼんやりと見送るヴィクトリアの背を、ニコルが叩く。


「あれ、知り合いなんだ。オトコマエじゃん」

「やめてくださる?そういうのは......」

『ハハハ。アイツ甘い奴だ。上手くやれば尻に敷けるぞ』

「いいから、やめて」



その晩、宿の近くの酒場で食事をとりながら、アンブローズから聞いたことについて考えた。


彼の言うことは本当だと思える。なぜなら、街全体にどこか張り詰めた、落ち着かない空気が漂っているからだ。


カウンターにひとりで座る旅人の男は、誰とも目を合わさずに黙々と新聞を読んでいる。隅のテーブルの3人は冒険者で、楽しげに談笑する傍ら、チラチラと辺りを窺っているようにも見える。


給仕係がうっかりして、皿を1枚落とした。

パリン!

一瞬、酒場中の視線が音のする方に集まった。それがなんでもないことだとわかると、みなそれぞれの時間に戻っていく。


街に漂う緊張感は本物だ。理由はわからない。悪目立ちや、噂が立つ行為は控えた方がいいだろう。


「こらー!割れたお皿触らないの!」

「キーッ!」


ニコルとエヴァの賑やかな声を聞きながら、ヴィクトリアは微笑んだ。たまには仕事を選ぶのもいいか。


「......ある朝、隣人が消えるらしい......」

「......皇帝の乱心が酷い......」

「......近くで戦争......」


不安を煽る噂話をバックグラウンドに聞きながら、野菜のスープを飲み干した。


夜が来て、朝が来る。




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