第9話 誰もが世界を統べてみたい
帝国衛兵隊から依頼を受けたヴィクトリアとアキラは、帝政に対する反乱軍の拠点を襲撃するため、その隠れ家と思しき住居のそばまでやってきていた。
様子を確認していたニコルが静かに隣に降り立つ。
「一見普通の民家だけど……お昼なのにカーテンが全部閉じてるの。中に何人かいるみたいだよ」
『怪しいな。絶対に何か企んでるやつらだ』
「それか、ただ日光が嫌いな魔法使いかも」
『そういうのもいるのか』
しかし、この家が敵の拠点であるということは、ほぼ間違いない見立てだった。数日前から衛兵たちと共に帝都市街の調査を行い、重要人物と噂される男の動きを監視していた。彼はマントを深く被りながら足早に市場を歩き、食糧や道具を買っては人目を避けて歩き、そしてこの家に入っていくのだった。今朝も同じ。その後、この家から出てきた者はいない。
「ステータスが見られるのを嫌がってる感じしたよね」
ところで、今回はもう1人、衛兵隊から紹介されて作戦に参加している別の者がいた。
名を”ハリー”という。黒いコートに白髪の謎めいた男で、衛兵たちで周囲を固め、ヴィクトリアが突入するという現在の作戦を考案した。
今は援護のため、どこかに潜んでいるらしい。
衛兵からエリア封鎖完了の合図があった。
「さあ、そろそろ時間ですわ」
ヴィクトリアとアキラ、ニコルは身支度を整え、扉の前に立つ。
「突入ですわよ!」
◆------------------◆
反乱軍メンバーの男は、剣を持て余しながら見張りを続けていた。
入り口には魔法のロックがかかっているし、周りは他のメンバーが巡回して見張っている。自分一人が気を抜いていても、別に問題ないように思えた。
そう、この拠点は広い。外から建物全体を眺めて得られる印象よりも、圧倒的に実際の体積が勝っている。空間を拡張する魔法が使われているのである。扉を開けると廊下、吹き抜けの階段を降りれば帝国城大広間ほどのスペースがあって、さらに奥に続く扉がある。
「あーあ。冴えないな」
彼はもともと帝都に暮らす職人だった。今まで仕事には困らなかったが、帝国が取り入れ始めた機械による大量生産が、彼の役割を奪っていった。誘われるままに反乱軍に入り、戦闘経験もない自分がこんなところで剣を持たされるのも妙に思った。だが、これも”住民自治”の一環だという。なんでもいい。メシさえ食えれば……。
廊下の隅に置かれたリンゴの木箱が目につく。勝手な行動は禁じられているが。手を伸ばし、蓋を開けてひとつ拝借しようとした、ちょうどその時。
「おーい。ちょっと来い」
「ハイッ」
どきりとしたが、バレたわけではない。男はやや上擦った声で箱から手を離し、奥の方に走っていった。
キィ……。
魔法ロックを解除し、ゆっくりと正面扉が開く。ニコル、続いてヴィクトリアが姿勢を低くし、反乱軍拠点に侵入した。彼女らの背後には長く続く通路があり、見張りが数人倒れているのが見える。音もなく先制〈アクセル〉で始末していたのだ。素早く物陰に移動し、辺りを窺う。まだ誰にも見られていない。
「侵入成功。やっぱり、広いね。魔法使いがいるんだ」
ニコルが小声で言った。
「どうやって奥まで行こう?」
考えていると、巡回していた見張りの一人が角を曲がって顔を出した。そして柱の陰に隠れる2人と、半開きの正面扉を目撃する。
「あッ、侵……」
「ん?」
もう1人の見張りが声を聞いてそちらを見やったが、何も動くものはなかった。
「気のせいか……」
巡回が姿を現した瞬間、ヴィクトリアは〈アクセル〉して駆け出し始末、MP吸収しながら物陰に引き摺り込み、隠しおおせていた。セーフ。だが、このままでは同じことを繰り返す羽目になるだろう。
「連続〈アクセル〉でも、この大広間を横断し切るのは難しいですわね……」
どうしたものか考えていると、突然、奥の扉が開いた。
姿を現したのは、背の高い女。黒く長い髪が地面を引き摺るほど長い。
女は体を傾けて付き人に耳打ちする。内容を聞いた付き人が声を張り、広間の者たちに告げる。
「今日の集会を始める!外の見張り以外、全員奥に集まるように!」
『あいつか、大将は』
反乱軍のリーダー:HP200 MP900
筋力20 耐久力20 敏捷性30 知力90 魅力40
彼らが物陰で大人しくする間、見張りたちはぞくぞくと奥へ向かって歩いていく。敵の人数が大きく減る。
「チャンスですわ……!」
ヴィクトリアが細剣の柄を握る。
しかし、ニコルは怪訝な顔をしていた。
「ん……?なんか、あっつい……」
ニコルが隠れていた柱をぺたぺたと触った。すると、石造りの柱がみるみる赤熱し、輝きだす!
直後、柱が爆発じみて発火した。ニコルは床を転がり、服に引火したのを消す。魔法の気配を察知していち早く飛び離れたが、顔に軽い火傷を負った。
そう、魔法である。大広間の奥に立つ黒髪の女は、こちらをまっすぐに見つめて指先を向けていた。付き人が慌てて声を上げる。
「しっ、侵入者だ!」
去りかけた反乱軍たちが一斉に武器を抜き、戦闘が始まった。
「ニコル!?怪我は!?」
「大丈夫!」
ニコルは翼を広げて上に飛び、状況を把握する。敵は8人。そのうちの1人が魔法使いだ。ヴィクトリアの〈アクセル〉なら対処できない人数ではない。だが、敵の呪文次第では……。眼下の状況を見る。
「〈アクセル〉ッ!」
ヴィクトリアが姿を現して加速し、反乱軍メンバーを1人斬り捨てた。さらに呪文を唱え加速、もう1人撃破。攻撃が当たったタイミングでアキラが吸収するので、MPは満タンのまま。
加速する視界の端、魔法使いが指をこちらに向けるのが見えた。
「(まずはあれから叩く……!)〈アクセル〉!」
しかし。
「〈ブレイク〉」
冷たく響く声が呪文を唱えると、ヴィクトリアの加速が止まった。
「えっ……」
「貰った!」
停止したヴィクトリアに背後から斬りかかる1人。咄嗟に避けて反撃。細剣で喉を貫くが、肩に斬り傷を負う。
空中から急降下して1人の頭を蹴り飛ばしながら、ニコルが叫んだ。
「ヴィクトリア、まずいよ!”反対呪文”だ!」
反対呪文とは。ある呪文と対になる効果を持つ呪文のことである。加速〈アクセル〉に対して減速〈ブレイク〉、発火〈イグナイト〉に対して凍結〈フリーズ〉の呪文が存在する。魔法が発動する前に反対呪文を唱えれば、結果として魔法の効果が防がれる。
魔法使いの強さとは、すなわち知っている呪文の量である。魔法使い同士の決闘は、相手が反対呪文を知らない魔法を使った方が勝ちだ。
一方、ひとつかふたつだけ呪文を覚えて戦闘に生かすタイプの冒険者は、一流の魔法使いと対峙すれば、大抵すぐに反対呪文を受けてしまって敵わない。この戦場、ヴィクトリアは完全に不利だった。
「〈ブレイク〉」
「くっ……〈アクセル〉!」
追い討ちの減速魔法を受け、体が硬直しかける。加速魔法を使って効果を打ち消し、別から襲いかかる剣をかろうじて避ける。
『オイ、ジリ貧だぞ!』
アキラが叱責した。だが、できることがない。〈アクセル〉が通じない。ショックだった。
ニコルが魔法使いを狙い、上空から急降下襲撃を試みる。
ところが、飛び上がって狙いを定めたところで、長い黒髪からギョロリと覗く目がこちらを見た。視野が広い。複数を相手取るのに慣れている……!
「〈イグナイト〉」
「!」
〈イグナイト〉は発火魔法。先に柱を焼いたのもこれだ。
魔法を体に直接受けたニコルの体が白熱し、爆発炎上する!
「ニコルッ!」
「大丈夫、まだ無事!」
ヴィクトリアが思わず悲鳴を上げる。
空中で渦巻く炎の中から、ニコルが火の手を逃れて着地する。胸に提げた魔法防御のネックレスがひび割れ、砕けて落ちた。無傷だが、後はない。
「(どうしよう、隙がない……!)」
手立てが見出せぬまま、反乱軍たちが集まって来て、加速できないヴィクトリアの体を押さえつけて拘束した。
咄嗟にアキラが右手で何人か触れてMP吸収し殺すが、すでに奥の部屋からも増員が来ており、結局取り押さえられる。
また、入り口の扉も固められ、外から救援に来た衛兵たちと押し合っている最中。
床に組み伏せられるヴィクトリアのもとへ、魔法使いが近づいた。冷徹な眼差しで指先を向け、もう片手ではニコルを狙い、魔法を唱え始める。
「(殺される……!)」
ヴィクトリアはもがきながら歯噛みした。
『クソがーッ!!』
その時!
吹き抜けの廊下に置かれたリンゴ木箱の蓋を跳ね開け、白髪にコートの男がライフルを構えた。現代風の格好。異世界転移者。彼は魔法使いの女に一瞬で狙いを定めると、そのまま何も待たずに引き金を引く。現代地球から来た狙撃ライフルが過たず銃弾を発射し、魔法使いの脳天を撃ち抜いた。彼女は倒れた。
「なっ……」
あまりに虚を突いたので、その場の全員が呆気に取られた。その後、ヴィクトリアがいち早く〈アクセル〉を詠唱。問題なく加速し、拘束から抜け出して周囲の全員を始末した。魔法使い以外は呪文を使う者もおらず、彼女が倒れた今、反乱軍は瓦解するばかりだった。
戦闘は終わった。
◆------------------◆
「あの……」
「ン?」
「ありがとうございました」
ヴィクトリアはライフルの男”ハリー”に近づき、お礼を言った。衛兵隊から派遣された彼は首を振り、複雑な顔で言った。
「いや……俺も、お嬢ちゃんたちを危険に晒しちまった。囮作戦だったんだ。恨んでもいい」
「いいえ……
『オイ』
不意にアキラが声を上げた。ハリーは目を丸くする。
『オマエ、オマエも異世界から来たのか。つまり、地球からか』
彼は動揺と興奮を隠さず言った。ハリーはさらに目を丸くした。
『なあ、インターネットが恋しいよなァ。』
「……ああ、違いないな」
ぎこちないアイコンタクトの後、彼らは握手した。実際のところ、今までに出会った誰よりも嬉しい出会いだった。
ハリーは元の世界ではフリーランスのヒットマンとして世界中を飛び回っており、海洋事故をきっかけにこの世界へ転移したらしい。こちらではライフルの銃弾が手に入らないため、射撃の機会を吟味する必要があった。そのための今回の作戦だ。
この世界に彼らと同じ転移者が何人いるのか、ハリーにもわからなかった。だが彼も死の際、神々しく輝く人影を見たと言った。
謎は深い。どんなつもりであの輝く者らがこんなことをするのか、いつか明らかにすべきだろう。
奥の部屋を調査していた衛兵が戻ってくる。どうやら、外に繋がる隠し通路があったらしい。衛兵たちが後を追っているそうだが、重要な書類がなくなっていることから、まだ幹部格が隠れていたと見えた。
「予想より、根深い問題みたいだな。誰かが思いつきで始めた計画じゃない。今回の捕物だけじゃ終わらないぞ」
「そのようですわね……」
◆------------------◆
結局その後、彼らは現地解散した。
反乱軍は完全に解決されたわけではない。今後の方針は、追って衛兵隊から伝えられるだろう。
ハリーは帝都に宿をとっているらしい。ヒットマンとしての経験を使い、何かと働いているようだ。
「心底邪魔なやつがいたら、依頼してくれ。割引するよ」
ヴィクトリアとアキラ、ニコルは宿に帰り、ベッドに転がった。ハードな戦いだった。前に立って壁になってくれるコンスタンティンがいない分、古城攻略よりも疲労が大きかった。
そして、〈アクセル〉が通用しなかったことが、ヴィクトリアにとっては大問題だった。対策を見出せなければ、今後魔法使いと対峙するだけで、いとも簡単に無力化されてしまうだろう。アキラとの半永久的〈アクセル〉の力がなければ、ヴィクトリアはアイアン・ランクにも満たない戦力だ。
「どうしたらよいのでしょう……」
ヴィクトリアはひとりごちる。
「ウー……」
うめき声がそれに答えた。ヴィクトリアは怪訝に思う。
「ニコル?火傷が痛みますの?」
「えっ。アタシじゃないけど。アキラ?」
『違う……』
3人は顔を上げた。部屋の中、疲れ切って戸締りを忘れたドアの前に、身長の高い女がぼうっと立っていた。床につくほど長い黒髪。反乱軍の魔法使い。
『「「ウワーッ!?」」』
彼らは悲鳴をあげるが、魔法使いが立ったまま何もしないのがわかると、顔を見合わせた。
「あの……」
「アウ……」
「言葉が、わかりますか?」
「ウン……」
ほんのりと意思疎通ができる。
確認したところ、彼女の額には銃弾が埋まっていた。被弾の折、咄嗟に回復魔法をかけて治療を試みたのだが、火薬のパワーで突き刺さる銃弾に対しては効果が不十分だったので回復しきれなかった、というのがニコルの見立てだった。
「どうしよう」
『まあ……放っておけよ。魔法も使えないんだろ』
「そんな......。困りましたわね……」
依頼達成を祝うためのケーキがひとつ、余っているのが目についた。
「……ケーキ、お食べになります?」
彼女は皿を受け取り、ケーキを食べた。
元反乱軍の魔法使い:HP200 MP900
筋力20 耐久力20 敏捷性30 知力90 魅力40
状態:怪我(知力-60)
◆------------------◆
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