第8話 放蕩者の茶会

ある昼。

ヴィクトリアはニコルと共に、繁華街のカフェでお茶を楽しんでいた。静かな時間だった。悪霊のアキラは昨晩、酒場でヴィクトリアが酔い潰れた後に自由なコントロールを得、酔っ払いとの素手喧嘩をして十分楽しんだため、今日は大人しい。


お喋りの中で、ステータスについての話題になった。

ヴィクトリアがHPとMPの値しか見られないことを知ると、ニコルははばかりながらも断固として言った。


「冒険者として生きるなら、基本の能力値くらい分からなきゃダメっ!」


それから練習が始まった。

飲みかけのお茶がすっかり冷めてしまうころ、ついに練習の成果は発揮され、ヴィクトリアは自分の能力を大まかな数字で測ることができるようになった。


ヴィクトリア:HP300 MP300

筋力30 耐久力30 敏捷性60 知力50 魅力60


『HPとMPが増えてるな。冒険の成果ってヤツだ』

「知性にはもっと自信がありますわ」


不満げなヴィクトリアをニコルが宥めた。


「知力は単純な頭の良さを測ってるわけじゃないよ。魔法とか自然について詳しく知ってると高く出るの。でも、ヴィクトリアは知っててもアタシが知らないことだってたくさんあるし。悪くない数字だと思うな」


納得して頷きながらも、ヴィクトリアは悩ましげな視線をニコルに向けた。


ニコル:HP350 MP400

筋力40 耐久力40 敏捷性60 知性70 魅力60


「......ちょっとわたくしよりいい数字ですわ」

「す、数字が全てじゃないし......実際アタシ、ヴィクトリアと力比べで負けたことないし……」

『ハハハ。言われちまった』


ヴィクトリアは拗ねて鼻を鳴らし、冷めたお茶を飲み干した。

上着のポケットから封筒を取り出し、テーブルに投げ置く。


「ン?なにこれ」

「そんな力自慢で知的な貴女と、たかだかプラチナ・ランク冒険者の私に……。招待状ですわ」

「ちょっと!棘あるよ!」


彼らが招かれたのは、帝国が主催するパーティだった。パーティと言っても、中級程度の冒険者が集まるので、ちょっとした食事会といった様相を呈す。明け方には酒の飲み過ぎで何人か運び出されるのがお決まりで、つまりは帝国側から冒険者たちにアメを与えておき、イザとなったら代わりにたくさん働いてもらおうという魂胆なのだ。皇帝一族の者も何名か、顔を見せる程度に参加するらしい。

ニコルはふーん、と質素な招待状を眺めた。


「美味しいご飯が出るから?それとも、次期皇帝目指しての政治活動のため?」

『多分両方。だがメシの方が若干重視だ......』

「あなたたち、随分好き勝手言うようになりましたわね」


ヴィクトリアはすっくと立った。


「ま、目的はその2つですわ。さあ!良いお洋服買いに行きますわよ!」

「いえーい!」


2人が盛り上がって通りを歩く間、アキラは緑の右目を密かに勝手に動かして、すれ違う人々のステータスをつぶさに観察していた。異世界転生に伴った超能力で暴れるのもよかったが、これはこれで、面白かった。


◆------------------◆


パーティ会場はそれなりの人混みだった。本当に帝国主催のパーティだと思って良い衣装を持ってきた者もいれば、宴会の一種だと思って普段着や仕事着の者もいる。これら全員が冒険者だ。

会場よりも一段高いステージの上には、華美な帝国紋様装飾の椅子がいくつか置かれていて、今は男女が1人ずつ座っていた。皇帝の次男オーガスタスと、次女ベアトリス。どちらも彫りの深い美形で、それぞれの登場時には異性からのどよめきが増した。穏やかな笑みを浮かべており、じきに離席予定。


『スカしやがってよ。テメエらがコンスタンティンの地元滅ぼしたんだろうが。ボケ!アホ!』


アキラが脳内で悪態をついた。


日も傾き始め、会場に集まる者が増えてくる。

ニコルが薄色のサングラスを傾け、顔を近づけて耳打ちした。


「ドレスじゃなくて正解だったね。裾踏まれたら、転んじゃうよ」


ニコルとヴィクトリアは、どちらも社交用の衣装を用意していた。ヴィクトリアがジャケットとシャツに革靴まで揃えたのに対し、ニコルは都会的で動きやすい服装。肩や臍を見せるのがスタイルだ。


ポケットに右手を入れてまっすぐ立ち、時々会話を挟みながら、ヴィクトリアとアキラは周囲をよく観察していた。誰が誰で、どんな人相か。できるだけ把握する必要があった。


すると、こちらに向かってまっすぐ歩いてくる者あり。まだ遠い距離ながら、視線が合う。明らかに用があるのだ。だが、いったいどんな。

配られ始めたワイングラスを取って傾けながら、彼が十分近づくのを待つ。緊張感。


「ヴィクトリア・ウェルス。君を知ってるぞ」


一般的な会話の間合いに入った男は、開口一番切り出した。帝都に着いてから、”ウェルス”の家名は名乗っていないはずだ。さらに緊張が増した。


「……あなたは?」

「アンブローズ・マイス。衛兵隊長の1人だ。この都の治安維持を一部任されている」


彼は自己紹介し、四角眼鏡を指で直した。かき上げた金髪に衛兵隊の制服。まだ若い。神経質そうな眼差し。


「特に西側の港と、ポート・ポートは僕の管轄だ。まずは盗賊ギルドの解体、礼を言おう。面倒な案件だった」

「どういたしまして」

「そして、君の両親についても知っている」


空気がひりつく。

アキラは居心地の悪い思いをした。彼が間借りするヴィクトリアの心の中が、急速に冷え切ったのを感じたからだ。右目の緑が薄くなり、やや青っぽくなった。


「何の、用事ですの」

「要件は2つだ。まず、元領民たちから賠償金の要求が出ている。特に、君の両親の圧政のせいで家を追われたレベルの者たちからだ。生活をやり直すための金をよこせと」


ヴィクトリアは少し躊躇ってから答えた。


「私に用意できる金額なら」

「そうか。では数字を追って伝える。当面の宿を教えてくれ。要件はもう1つだ」


アンブローズは眼鏡を直した。彼の癖だ。早口で端的に話すのも然り。


「君の武勇を頼って、直接に依頼を出したい。面倒な案件があるんだ」


ヴィクトリアは少し間を置き、やがて警戒をいくらか解いて静かに頷いた。


◆------------------◆


現在、領内では帝国に対する反対勢力が立ち上がっているらしい。2人は一瞬コンスタンティンのことを思ったが、話を聞いてみると違うことがわかった。

帝国の支配体制、システム、治安の不安定などに不満を覚える一部の者たちが、徒党を組んで活動しているらしい。主に、皇帝を今の地位から引き下ろし、住民にも自治権を持たせることを要求している。滅びた王国の騎士は完全に皇帝一族滅殺に狙いを絞っているので、政治とは関係ない。

この反対勢力の情報を探り、さらには解体してほしい、というのがアンブローズないし帝国衛兵隊からの依頼だった。盗賊ギルドに単身乗り込み、潰した実績を買われたのだ。


「金銭的報酬も、冒険者ランク用のポイントも用意する。受けてくれるか」



結局、ヴィクトリアは了承した。もとより、冒険者としての仕事をしばらく続けるつもりだったからだ。冒険者ランクは社会ステータスになる。積み重なったポイントはそのまま、帝国への貢献と勇猛の度合いを証明してくれるのだ。さらには帝国衛兵隊にもパイプができるとなれば、願ってもない申し出であった。

ヴィクトリアは今後への新たなモチベーションを得て、パーティ会場へと戻る廊下を早足で歩いた。


だが、アキラだけは内心、渋い心持ちでいた。


『(なあ、わかってるか。成り上がるために顔を売るってことはよ。お前が偉くありてえ限り、そいつらに一生、ご機嫌伺いしなくちゃならねえんだぞ)』


だが、それを口にすることはできなかった。その”ご機嫌伺い”の道から外れた末に、彼は死んだからだ。


『(本当にいいのかよ)』



パーティ会場に戻ると、他の冒険者たちと談笑していたニコルが気がつき、彼らと別れてやって来た。手には皿。


「食べ物、あるよ!」

「まあ、綺麗なスフレ。いただきますわ」


パーティの盛り上がりは今がちょうどピークといったところだった。すなわち、参加者のほとんどが元気で、人数が一番多い。あといくらか経てば、酒で潰れて運び出される者が増えてくるだろう。生活習慣のよい参加者はそれを見て、帰り支度を始める目安とする。会場の見通しがよくなってきた。


「あっ、あれ。冒険者ギルドのちょっと偉い人だよ」

「まあ……」

『おい、そんなことよりさ。さっさと回らんとメシが無くなるぞ』


人波の奥に向かって歩きかけた体が引っ張られる。ヴィクトリアはその初老の男と、テーブルの上に乗った料理を見比べる。空になった皿もちらほらあった。


「……それもそうですわね。ケーキ、ケーキ……」


取り皿を持って料理テーブルに向かった。


「ほうれん草・りんごケーキが意外と美味しいよ!」

『それマジで言ってんのか?おい、試してみようぜ』


離脱者を出しながらもパーティは夜通し続いた。ヴィクトリアとアキラ、ニコルはやっとの足で宿に帰り、頭痛と共に朝日を浴びることとなった。


夜が明け、朝が来る。




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