第7話 死して尚も忘れ得ぬ

ヴィクトリアとアキラ、ニコル、そしてコンスタンティンのパーティは、廃城ダンジョンの攻略に挑戦。コンスタンティンと城とのただならぬ関係が明らかになり、彼らはお互いの理解を深めた。

そしてついに、廃城の最奥、玉座の間に到達する。


「強い気配がする……!」


ニコルが緊張した声を上げた。


「この先にいる。行くぞ」


広間に続く大扉を開く。

ギ、ギ、ギ……。


死霊術師はそこにいた。蝋のように白い肌と髪。背が低く、子供にすら見える。しかし、ニコルとコンスタンティンは彼女が持つ邪悪な魔力を見抜いた。

皇帝の姪、死霊術師のディアボリカは玉座の上でため息をついた。


「ご苦労なことね。わざわざ訪ねてきて、私の死霊たちを蹴散らして。その騎士様は別として、貴女たち2人は私と関係ないでしょ?さっさと帰りなさいよ。私が誰と血縁か知ってる?」


ヴィクトリアは突っぱねた。


「この城から亡霊が溢れていると苦情が出ていますの。それを解決するのがわたくしの仕事」

『だらだら喋りやがって。テメエを殺すと金が出るんだよォ!』


死霊術師は眉間に皺寄せ、舌打ちした。


「生きてるヤツって、みんなバカ。死んだこともないのに、知ったような口聞いてさ......」


宙に両手を掲げた。種々の宝石がついたブレスレットが揺れる。


死霊術師ディアボリカ:HP700 MP1500


「本物の知性を見せてあげる!〈サモン:ゴーストナイト〉!」


怪しい輝きと共に床に魔法陣が開き、鎧甲冑の騎士たちが次々と現れる。コンスタンティンの鎧と同じデザイン。その兜や鎧の中は空洞。これも亡霊なのだ。


「俺の仲間を、侮辱するな......!」


彼は捻れた形の大剣を抜き放ち、ゴーストナイトたちを斬り払った。怒りに満ちた眼差しを死霊術師の女に向け、その瞳が赤く輝いた。


「皇帝の血族、必ず殺す!!」


「す、すごいよ!」


ニコルが声を上げる。彼女はコンスタンティンのステータスを見ていた。彼のあらゆる能力値が、リアルタイムでみるみる上昇していた。


筋力:80→90→100→110→......

耐久力:60→70→80→......

敏捷性:50→60→70→......


ちなみに、能力値はそれぞれ50で普通とされ、100を超える人間はそう多くない。到達するには人智を超えたパワーが必要だ。〈アクセル〉加速した際の敏捷性は500。


代わりに今、コンスタンティンのHPは徐々に減少している。


コンスタンティン:HP700→650→600......


これこそ、彼が己に課した呪いの力だった。命を削る代わりに、継続的な強化を得る。かなりの有利をもたらす一方、皇帝の血族と戦うためにしか使うことができない。


彼は驚異的な身体能力で召喚された死霊を蹴散らしながら、瞬く間に死霊術師ディアボリカへと迫った。

彼女は狼狽えながら、剣を抜く。


「こ、来ないで!」

「遅いッ......!」


コンスタンティンは反撃も意に介さず、捻れた剣でディアボリカの胸を貫いた。死霊術師は血を吐く。


しかし。


「ンー......なんちゃって」


ディアボリカが放った邪悪な光線が、コンスタンティンの腹に大穴を空けて体を吹き飛ばした。彼は対角線上の壁に叩きつけられ、ずるずると落ちる。


『バカな!間違いなく刺しただろうが!』


ディアボリカは嘲り、甲高い笑い声を響かせた。


「勝ったと思ったんだァ......?おめでたいね。高レベルのネクロマンサーがさ、剣で刺されたくらいで死ぬわけなくない?」


自ら大広間に仕込んだ魔法により、彼女は死者たちの魂を自分の命の代わりにすることができた。もし首を撥ねられたとしても、彼女に隷属する霊魂が一つ苦しんで消えるだけ。見れば、今しがた貫かれた胸もまったくの無傷だった。


「ほんと……間抜けばっかり!」


彼女はいっそう強めて呪文を唱え、次々に死霊系魔物を召喚した。

重厚な鎧のゴーストナイトが周りを固めており、ヴィクトリアも迂闊に近づけない。


コンスタンティンは薄れゆく景色の中、そっと己の頬に触れる手を見た。小さく華奢な手、細い指、嵌った王家の指輪。何もかも懐かしい。いつの間にか、彼の周りは人々で満ちていた。彼を信じ、送り出してくれた人々だ。


みんな……すまない……。


彼は首を垂れた。HPは残り僅か。流れ出る血と共に値を減らしていく。


僕は最後まで役立たずだ……。


耳元で声がした。


『誇って』


ハッと顔を上げる。懐かしい妻の顔がそこにあった。彼女は最後に会った時の気丈な表情そのままで、彼に告げた。


『貴方は私の王。至らない過去を顧みないで。私たちみんな未熟だった。あの女を討って……私たちの国を、みんなの故郷を取り戻して』


手を伸ばす彼の前で、幻影たちは消えた。

視界は現実に戻り、ヴィクトリアとニコルが亡霊相手に奮闘している。

そうだ……。鉛のように重たい体を起こした。俺だけが最後の生き残りなのだ。


「皇帝の血族。必ず根絶やしにする」


彼は再び呪いを起動。上昇したステータスはまだそのままだった。ゴーストナイト共を斬り払い、完全に油断したディアボリカの元へ。


「なっ……!?サッ、〈サモン〉!」


咄嗟に翳される手のひらの先から、巨大な影が現れた。スケルトン・ゴーレム。数多の人骨を組み合わせて作られた巨人だ。重厚な体が進路に降り立って塞ぎ、地響きを鳴らす。これを斬り捨てる余力はコンスタンティンにない……!


「__〈アクセル〉ッ!」


加速で飛び込んだヴィクトリアが、スケルトン・ゴーレムの背後から一撃を入れた。すべてのゴーレムには”核”が存在し、そこに込められた魔法を中心にして彼らは動いている。スケルトン・ゴーレムは背中。ニコルの素早い耳打ちを受けたヴィクトリアは高速で滑り込み、背骨の隙間から覗く核を細剣で突きMP吸収破壊。ゴーレムを崩壊させた。ディアボリカに狙われるも、すぐさまの〈アクセル〉で離脱していく。


「来るな!来るなーッ!」


金切り声を上げる死霊術師の元へ、決意のコンスタンティンが辿り着く。歪な大剣を掲げ、再び心臓に突き刺した。


「二度と逃がしはしない……!」


瞳がいっそう赤く輝き、眼窩から血の涙が溢れた。

むせかえるような血の匂いが広がる。死の淵の上、呪いが新たな力を放った。

剣が血液を啜る。残り僅かとなっていたコンスタンティンのHPが、回復していく。”HP吸収”の技法。神秘的な力だった。だが、この力は彼の正気を犠牲にしていた。HPが増えるのにつれて、MPは徐々に減っていっていた。


「いいわ……!」


死霊術師ディアボリカは余裕を見せて笑う。減りゆくHPも意に介さぬ。


「HPなら、私だって自信があるもの……!あなたの心が尽きるのが早いか、私の膨大な死者のストックが尽きるのが早いか……!歴然よ!」


実際、彼女は相当に有利といえた。辺りには彼らが倒しきれなかった亡霊たちが残っていて、ちょっとこちらに引き寄せてやればすぐに自分の死を肩代わりさせられた。HPが0になろうと、関係ない。最後に立つのはこちら。小娘共もろとも傀儡にしてやる。


惨めに死ね……!


ほくそ笑んだ彼女の背中を、何か冷たいものが触れた。それは前から貫くコンスタンティンの剣と交差するように心臓を貫いて、先端が胸から飛び出していた。


背後、ヴィクトリアが語りかける。


「あなたの死霊術……MPが無くては使えないのではなくって?」


緑の右目が、ニヤリと細まる。


「ア、ア……」


皇帝の姪、ディアボリカはついにぞっとして、残された一瞬の時間でありったけの亡霊を掻き集めた。


亡国の騎士は吠える。復讐のために。


「地獄の底で朽ち果てろーッ!!」

「ギャアアアアアアーッッ!!?」


この世のものとは思えない悲鳴を上げながら、死霊術師は魔法を振り絞った。亡霊たちが淡く儚い粒子になりながら、彼女の目や口に吸い込まれて溶けていく。吸収されてHPとMPを回復させるが、その勢いは芳しくない。呪いの騎士は生命を、悪霊を宿した剣士は精神を奪い取り、怨敵を苛み続ける。広間の亡霊が減っていく。そしてその拮抗は徐々に、ディアボリカの消滅へと向かっていった。


「嘘、嘘……嘘だーッ!!」

『ギャーハハハハーッ!』


彼女の最後の悲鳴に、悪霊が嘲って笑った。死霊術師の体は枯れ果て、乾き切った手足が崩れて倒れた。窓から吹く風が塵を流していく。


戦いは終わった。


コンスタンティンは膝から崩れ、仲間たちは駆け寄った。声をかけると、返事がある。代償としたMPは、ほんの僅かに残っていた。彼は復讐のために死なずに済んだのだ。


大広間の奥には小部屋があって、王家が残していた金品や貴重な本などが残っていた。扉には王家の者しか開けられない魔法がかかっていた。

帰ってきた王子は小箱を開け、一枚の写真を取り出した。みんなここにいる。そっと懐にしまった。


突然、古城全体が揺れ出した。支配していた死霊術師の魔法が終わり、すでに自然な物体の限界を迎えていた城が崩れようとしていた。彼らがいるのは最奥であり、脱出に間に合うかどうか。


「〈トランスポート〉ッ!」


ニコルが呪文を唱え、広間の中にワープゲートを開いた。コンスタンティンは感心する。


「転送魔法か!古い呪文で、珍しいと聞く」

「えへへ……ちょっとね。ヴィクトリア!アキラ!早く!」


ヴィクトリアとアキラはまだ奥にいて、かつての王家や死霊術師が残した金品の数々を袋に詰めていた。特に粘るのがアキラだった。


『クソッ……金なんかいくらあってもいい!高いメシばっか食いやがって!』

「そんなにたくさん食べてませんわ!」

『俺は貯金が好きなんだよッ!』

「なにやってるの!?」


崩壊するギリギリ、ゲートから身を乗り出すニコルの手を〈アクセル〉加速して掴み、崩れゆく廃城から全員が脱出した。


◆------------------◆


帝都に戻り、彼らは依頼の完了を報告した。皇帝の姪が死霊術師として活動していたことも報告したが、担当者は難しい顔をした。皇帝に対する不敬は重い罪だ。冒険者ギルドが彼らを拘束することはないが、大事に取り上げられることもないだろう。ギルドは労働組合であり、行政からは独立している。


「あなたは、これからどうするの?」


コンスタンティンは剣を背負い、呪いが残る赤い瞳でこちらを見た。


「俺の復讐は終わっていない。俺の国を滅ぼしたのは皇帝の息子たち、それを許したのは皇帝本人だ。それを咎め、殺すまでは、俺は休まない」

「お気をつけて」


彼はそれぞれと握手した。ヴィクトリアは左手で、アキラは右手で。


『成し遂げろよ』

「ああ」


また、彼らには報酬が支払われた。調査依頼の報酬は大きな額ではなかったが、持ち帰ってきた金品が高く売れた。


さらに、今回の成功でヴィクトリアはプラチナ・ランクに、ニコルはゴールド・ランクに上がった。


一緒に泊まっている宿屋の一室で、ライセンス・カードを見比べる。


「すごいねぇー……」

「ピカピカですわ……!」


稼いだ金でいい部屋を取った。しばらくはのんびりしていられるだろう。

だが、スローライフはもともと目当てではない。


ヴィクトリアは風が吹く窓の向こう、曇り空に黒く聳える皇帝の城を見ていた。広い領土を支配する、権力の象徴。一方でコンスタンティンの国のように、数多の恨みや陰謀が渦巻く坩堝でもある。

古城での戦いを通し、ヴィクトリアは夢を持っていた。領地の真ん中の子供部屋では到底思いつかなかった夢を。


「ニコル」

「んー?」


間延びした返事が返る。



わたくし、この国の皇帝になりますわ」



隣で寝ていたニコルはこちらを見て口をポカンと開け、しばらく反応できない様子だった。

あまりにも大きな夢だった。

しかしアキラは奥底で楽しげに身じろぎし、言った。


『それ、アツいな』




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