第6話 滅びの道を歩む者

獣人の暴漢から奪った錠剤は、帝都の鑑定士によれば、興奮作用のある薬剤ということだった。使えば意識が明瞭になるが、効力が切れると却って集中が削がれ、結果的に依存のループに陥る者もいる。最近東の方からやってきて流通し始めたそうだ。


「なんか、嫌だね……街で流行らないといいけど」

『ああ。まったくだ』


それはそれとして都政に任せ、ヴィクトリアは冒険者としての仕事に取り組むことにした。


冒険者と依頼はランク分けされていて、冒険者は自身と同じかそれ以下のランクの依頼しか受けられない。正しい人材管理と安全のために設けられたルールだ。当然、高位の依頼は報酬がいい。

依頼を解決するなどで評価ポイントを獲得することで、徐々にランクが上がっていく。逆に、依頼失敗や不祥事のペナルティなどでポイントは減少する。


今のヴィクトリアは新人なので、最下位のアイアン・ランクだ。一方、フクロウ獣人のニコルは二つ上のシルバー。


「いっぱい働いてるしねー。でも、運搬メインの冒険者でシルバーより上の人はあんまり見ないな。荒っぽい仕事と比べて安全だから、ポイント少ないんだ」

「それでも立派なお仕事ですわ」


ギルド内に置かれた巨大な黒板から、書かれている依頼を選んで受付する。ライセンス・カードと登録情報を照らし合わせ、その他の条件とも合致していれば受注が完了。あとは準備が済み次第出発し、成功するか、失敗するか。


「最初は簡単な仕事がいいと思うよ。戦うのが得意なら、小さめの魔物の討伐に挑戦してみるといいよ。依頼はいつも、いくつか出てるから」


小鬼ゴブリン、ワイルドボア、ビッグラットなどは代表的な野に住む魔物の名称である。これらは野生の獣とは一線を画す存在であり、より危険。帝都の兵士たちが定期的に討伐隊を組んでいるが、これを逃げ延びたものが民衆を襲うこともあり、冒険者に仕事が回ってくる。


「ちゃんと準備してから出発してね。小さい魔物だからって油断して、帰ってこない人もいるから……」

「心配いりませんわ!」


そうと言いつつ、ヴィクトリアは十全に準備を整えてから依頼に向かった。


◆------------------◆


数日後。

はじめは鈍色だったヴィクトリアのライセンス・カードは、今や黄金色に輝いていた。ゴールド・ランクの証だ。


「す、すご……」


ニコルはカードの輝きを受けてたじろいだ。


「元帝国兵でもこの昇格スピードはないよ……。なにかやってた?」

「うふふ」


初回の依頼で小鬼の群れを難なく殲滅したヴィクトリアは、一度に複数の依頼を受けて回るようにしたことで大量のポイントを獲得していた。低級の魔物では<アクセル>に対応できない。その消費MPもアキラによって尽きることがないので、対象を次々に殺して回ることが可能だった。結果、常人を遥かに超えるスピードでポイントを稼ぎ、さしたる苦労もなくゴールド帯まで昇格することができた。


「……だが、ゴールドから上がるにはまた一苦労ある。必要なポイントの数は、上に行くだけ増えるからな......油断するな」


そう諭したのはコンスタンティン。襤褸ぼろマントと煤けた鎧の騎士。背中には丈の長い剣を背負っている。ゴールドより一つ上、プラチナ・ランクの冒険者で、多くを語らない影のある男。今回の遠征の引率者でもある。


3人は荷馬車に乗り、帝都郊外からさらに離れた廃城へと向かっていた。この城は近頃まで帝国とは別の王国が栄えていたが、皇帝に対して命を脅かす企てをしたために戦争、滅亡したという。範囲は小さいながら激しい戦闘であり、当時を詳しく知る者はほぼ残っていない。


昨今、この近辺に亡霊が出るとまことしやかな噂が流れたため、冒険者が派遣されることになったのだ。この世界で”亡霊”はオカルトではなく、実在する魔物である。


『(俺みたいにな......)』


荷馬車の中で、今回アキラは一言も発さず黙っていた。ニコルは既に彼らの事情を知っているが、プラチナ冒険者のコンスタンティンが同じ態度を取るかは分からない。鋭い、暗い雰囲気の男だ。アキラのような存在を許さないかもしれない。


コンスタンティン:HP700 MP200


ヴィクトリアの目で分かる情報はこれだけ。体を共有するアキラもそれ以上は分からない。

今後冒険者としてのランクが上がれば、周りに強者が増えてくるだろう。彼らに対して慎重に振る舞う必要がある。アキラは注意深く、周囲の観察を続けた。


「着いたねー」


しばらくして、馬車は廃城の前に停まった。

それぞれが支度をし、廃城の探索に備える。


「......行くぞ」


どこか暗い感情を秘めて廃城を見上げるコンスタンティンの眼差しを、アキラは見逃さなかった。


◆------------------◆


城の中は閑散として、冷たい空気が支配していた。埃まみれの窓から射し込む陽光は淡い。


噂に違わず、城では”亡霊ゴースト”や”スケルトン”といった死霊系の魔物が彷徨いていた。ニコルが優れた五感で察知し、ヴィクトリアとコンスタンティンで一息に襲いかかる。敵の数は多いが、依頼達成には十分な進行速度だった。

アキラのMP吸収は死霊系にも有効。加速魔法を使ってもMPが減らないのには2人とも気づいた様子だが、まだ何も言われなかった。


「この様子では、奥に死霊術師がいるな」


上位冒険者の洞察を聞いてヴィクトリアとニコルがいっそう気を引き締めた、ちょうどその時だった。


探索していた大広間の床に邪悪な魔法陣が開いて、中心から這い上がった大きな影が頭をもたげた。それは華美な、しかし朽ちた踊り子衣装に身を包み、手に大きな曲刀を持った骸骨だった。巨人とも見紛うその怪物は、踊るようにしながら刀を横凪に振り回した。


「くっ......」

「<アクセル>!」


コンスタンティンは剣で防御、ヴィクトリアは加速回避し、ニコルは翼を羽ばたいて宙に逃れた。


朽ちた踊り子:HP800 MP500


戦闘が始まった。朽ちた踊り子の動きは素早く、曲刀の攻撃範囲は広い。連続の<アクセル>ならば潜り込めないこともないが、万が一の失敗を考えると、MPを全て出し切るのは躊躇われた。せめて、周囲にMP補給できる雑魚がいれば。


「アタシが引き寄せる!」


ニコルが羽ばたき、踊り子の前に躍り出て意識を引いた。時折スレスレになりながらも斬撃を避け、大振りの攻撃を誘って隙を作る。ヴィクトリアとコンスタンティンも巻き添えを避けつつ、近距離を保ってタイミングを計る。作戦は成功しそうだった。


「(今だ......!)」


大きな曲刀が一際高く振り上げられたところで、アキラが思わず声を上げた。


『ニコル!後ろだ!』

「あっ!?」


ちょうど地上近くに降りていたニコルの体を、下から現れたスケルトンが羽交締めにした。もがく彼女めがけて振り下ろされる曲刀を、走り込んだコンスタンティンが受け止める。彼の剣は奇妙に捻れた形をしており、刀身が血のように赤黒かった。押し合ってミシミシと音を立てる。

いつの間にか、いくつも床に広がった魔法陣からスケルトンたちが次々湧き出している。コンスタンティンは唸った。


「キツいか......!?」

「チャンスですわ!」

『行くぜ!やりたい放題だ!』


周囲にスケルトンが溢れた今こそ、アキラとヴィクトリアの本領発揮だった。<アクセル>で自由に高速移動しながら、朽ちた踊り子の懐に飛び込む。MPが切れるかと思えば、手近なスケルトンを破壊してその歪んだ魂の残滓を吸収、回復する。身軽な踊り子も、連続して駆動する加速魔法の前では徐々に遅れを取った。


「___<アクセル>ーッ!」


最後の一撃がスケルトンの親玉を削り切り、残骸がガランガランと床に転がった。

息をついて細剣を納刀するヴィクトリアに、ニコルが走り寄った。


「すごいよ......!あんなに何度も魔法を使って、全然MPが減らないなんて!それってアキラがやってるの?」


コンスタンティンもやって来て、尋ねた。険しい顔つき。


「お前......何者だ?」


力を目撃させ、アキラがうっかり声を聞かせてしまった以上、下手な隠し事は避けるべきだった。ヴィクトリアとアキラは自分たちの状態を明かした。


「......驚いたな。二つの意識がせめぎ合って、自我を保つのは難しいだろう」

「なんとかやっていますわ」


煤けた鎧の騎士はそれ以上追及しなかった。

2人に背を向け、彼はハッキリした声で言った。


「お前たち、帝都に戻れ。現れた魔物は、予見したよりも強力だった。ゴールドやシルバーの冒険者では、この先危険だ。報告して上位冒険者を連れて来い......」

「で、でもあなたはどうするの?1人で残る方がずっと危険だよ!」


ニコルの声にも、彼は首を横に振った。


「俺は戻れない。俺が背負った呪いが、それを許してくれない。この城にいる死霊術師を、俺は追い詰めて殺さなくてはならない」


ただならぬ様子だった。コンスタンティンは語りながら、血の涙を流した。


「この城は、俺の故郷なんだ」


◆------------------◆


話はこうだ。

この廃城は、コンスタンティンのかつての生家。彼は王国の王子であり、優れた騎士でもあった。

しかし、皇帝一族は気が触れていた。皇帝の姪が死霊術の実験場を欲しがったがために、皇帝の長兄や弟たち、その直接の部下だけが暗躍して王国を滅ぼし、このようなダンジョンを仕立て上げたのだった。


そう、王国は帝国の陰謀によって滅んだのだ。コンスタンティンだけがその生き残り。


家臣たちに守られたコンスタンティンはその真実を知りながら逃れて、冒険者として生き、己の不覚と未熟を呪いながら数年間を過ごした。そして依頼受注、すなわち廃城ダンジョン攻略に十分なランクとなった今、彼は再び因縁の場所へ戻ってきたのだった。危険な呪いの力をも背負って。


「俺は、自分に呪いを刻んだ」


彼は繰り返した。


「この呪いは、皇帝の血族を前にして初めて真価を発揮する」


全ては皇帝一族の邪悪さから生まれた悲劇。ただの帝国民に非はない。思い出して溢れそうになる怒りを律し、目を伏せる。


「凄惨な戦いになる。お前たちを巻き込めない。個人的な復讐だ」


すると、3人は揃って反抗した。


「大切なもののために戦う人を、放っておけないよ!」

「全く、勝手を仰られては困りますわ。せっかくランクをより上げようと、ポイントの高い依頼を受けましたのに」

『大体よォ、あのガイコツを倒したのは俺たちだぜ!!ナメんなよ!』


呆気に取られたコンスタンティンは言い返しかけ、しかし考えを改めて苦笑した。冒険者は自由。何にも縛られない。彼が数年間見てきた冒険者とは、みんなそうだった。


「......ここまで言われて拒んでは、却ってこちらが独りよがりか」


彼らは再び協力し、廃城の奥へと進んでいった。幸い、朽ちた踊り子以上の魔物は現れなかったため、全員が疲れ果てる前に野営の場所を確保できた。

開けた中庭だ。花壇は全て枯れている。

ニコルは荷物の中から装飾のついた杭を数本取り出し、円形になるよう地面に刺していった。


「認識を防ぐ結界だよ。魔物からこちらは見えないし、火を焚いても音すら聞こえない」


彼女は自慢げに解説した。魔法の道具の使い方は彼女が一番詳しかった。


「誰からも見えないからって、ヘンなことしないでよね」

「そんなことをしたら、僕はヴィクトリアに殺されてしまうな」

「無論ですわ」


笑い声。

ダンジョン攻略を経て、彼らの距離は縮まっていた。実際、良いパーティといえた。


焚き火を囲んで食事をし、寝床を作った。結界は完璧に動作しており、亡霊たちは通過するばかりでこちらには気が付かない。


コンスタンティンは1人で焚き火の側に座り、物思いに耽っていた。2人は既に眠っている。

薪がパチンと鳴り、黒いボサボサの髪に火の粉が落ちた。落ち窪んだ目に影。

ようやく、悲願が叶う。復讐を、遂げる。


衣擦れの音がして、ヴィクトリアが起きてきた。横に腰掛ける。両の瞳が緑だった。


「よう。お前、アツいな」

「アキラ。ヴィクトリアの顔からその声、まだ慣れないな」


コンスタンティンはステータスを見た。


アキラ:HP150 MP10000

種族:???(死霊系)

スキル:MP吸収、精神破壊光線、憑依(使用不能)

状態:憑依中


「恐ろしいスキルの数々だ」

「見てわかんのか?」

「死霊についてはかなり調べた」


だからこそ、なおも明らかにできないアキラの種族は謎めいていた。


「......本当に、君は何者だ?」


アキラは自嘲気味に笑う。


「下手うって死んだ、ただの間抜けさ。成し遂げられなかった」


彼は生前、暴力組織の暗殺者として一世一代の仕事に挑んだ。そして、失敗した。捕えられた彼は火をかけられて苦しみながら殺され、見せしめとなった。恋人もどうなったかわからない。その後は我々も知る通りだ。


「それよりさ」


アキラは話を変えた。


「お前、マジでカッコいいぜ。復讐、アツいよ」

「未練たらしいとも言われる」

「ヘッ。粘り強さだろ、男は。そのへん理解ってねえやつは......ロマンがさ。ダメだよな」


その後2人は言葉少なな会話をいくらか楽しみ、やがてどちらともなく眠った。


月明かりの影が傾き、ゆっくりと朝日が昇ってくる。亡霊たちは城の闇に戻り、侵入者が再び姿を現すのを待っている。


廃城の最奥で、邪な影がひっそりと笑った。


朝が、来る。




◆------------------◆



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