第8話 駒井舞音の過剰労力

翌日。


 舞音は午前中に入っていたファストフード店のバイトが終わると、昼食も取らずにその足で雑貨屋に向かった。そこでCafe Boutiqueで出されたのと似た形状のティーポット、ティーカップ、ソーサーを一式購入。さらに近くの紅茶専門店に出向き、昨夜調べた茶葉を三種類、調達した。レモンに合う紅茶、ミルクに合う紅茶、ストレートで飲みやすい紅茶、それぞれ一袋ずつだ。さらにそのままお気に入りのケーキ屋さんへ。フルーツタルトを三切れ入手すると、彼女はようやく帰路に着いた。


 さて自宅に到着するとすぐに、舞音は買ったばかりの品々を使って紅茶を淹れ始めた。選んだのはディンブラという紅茶である。これは爽快な渋みと芳醇な香りが特徴のお茶で、ミルクを加えると、どんなスイーツにも合わせやすいバランスの取れた味わいになるのだ。わざわざ三つの選択肢のから、最初にミルクにあう茶葉を選んだのは、きっと初来店でニルギリを注文した際の苦い失態が、脳裏に引っかかっていたからだろうか。


 彼女は苦い思いを噛み締めながら袋を開封し、電子天秤できっかり二・五グラム分の茶葉を測る。その傍ら、ヤカンに水を張り、お湯を沸かした。沸いたお湯をティーポットに注ぎ、ポットを十分に温まるまで放置する。そしてもう一度、新たにお湯を沸かした。


 二陣目のお湯が泡立つと、彼女はティーポット内でぬるくなったお湯を捨てた。代わりに茶葉を投入し、沸いたばかりの熱湯を注ぐ。それからポットの上に布を被せた。スマホのタイマーが抽出時間を計測し始める。


 このような面倒なプロセスを踏むのは、ポット内の温度をなるだけ長時間高く保つためである。これが、紅茶を美味しく淹れる秘訣だ。と、彼女が昨日読んだネット記事には書いてあった。


 こうして舞音は、知識を総動員し、几帳面に紅茶を淹れた。作業が落ち着くと、白い皿にタルトを載せ、ナイフとフォークを用意して食卓に並べた。さらに、まだ熱いポットと、ソーサーに乗ったカップを配置した。


 さらにその傍ら、彼女はヤカンに水を張ってお湯を沸かした。お湯が沸くと、それをティーポットに注いだ。ポットを十分に温まるまで放置する。さらにもう一度、新たにお湯を沸かすと、彼女はティーポット内でぬるくなったお湯を捨て、代わりに先ほど測った茶葉を投入。その上から、まだぶくぶくと空気を吐き出している熱湯を注ぎこんだ。こうすることで、ポット内の温度をなるだけ長時間高く保つのである。これが、紅茶を美味しく淹れる秘訣だ。


 ポットに蓋をすると、彼女はその上に断熱用に布を被せた。これもティーポット内の温度を高温に保つ工夫である。そして彼女のスマホのタイマーが、袋に書かれていた抽出時間をきっちり計測し始めた。


 こうして舞音は、調べた知識を総動員し、几帳面に紅茶を淹れた。その作業が落ち着くと、彼女は白い皿を用意してタルトを載せる。ナイフとフォークも持ち出して、皿と合わせて食卓に並べた。さらにそれらの斜め右上あたりに、まだ熱いポットと、ソーサーに乗ったカップを置く。


 これで準備完了。

 彼女は緊張した面持ちで席についた。


 さて、舞音は何を始めるというのか。

 それは、昨夜仕入れたマナーの実践練習である。


 たかがマナーのためにそこまでするのか、と驚く人もいるだろう。しかし、これが彼女の通常運転だ。というのも舞音は、知識があることと、それを実践できることとは、全く違うことと考えていた。


 実践なきマナーなど、彼女にとっては未習得であることと等しいのである。


 というわけで、舞音は完成したテーブルセットに相対し、昨夜調べた知識を一つ一つ練習した。これだけでも、見る人によってはかなりの異常行動と捉えられるかもしれない。しかしこれで終わりではない。


 なぜなら、調達したタルトは三つ。

 茶葉も三種類ある。


 舞音は一つのタルトを食べ終えると、すぐに次の紅茶を開封した。そして同じ練習を、三回きっちり繰り返した。全ては自身が得た知識を、一点の間違いもなく完璧に再現するため。


 この所作特訓は、舞音が再度Cafe Boutiqueを訪れる一週間後まで、毎日続いた。


 こうして、正気の沙汰とは思えない脅威の執着心を持って、舞音は一週間で美しくタルトと紅茶を味わう技能を身につけた。


 だからこそ柘植に向けて、不敵な笑みを見せつけているのだ。

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