全力すぎる挽回1

第7話 一週間後の再来

 舞音まねがCafe Boutiqueに再び姿を現したのは、初来店からちょうど一週間後の同じ時間帯だった。カフェ前に到着した彼女は、しばしその場で足を止める。憧れのショーウィンドウ席を観察するためだ。


 三つ並んだ丸テーブル。その中央席では、彫刻のように端正な顔立ちをしたカップルが向かい合っていた。二人は穏やかな笑みを浮かべて、何やら談笑している。相変わらず絵になる光景だと、舞音は言葉を呑む。しかし一方、前回オフショルダーを着こなす美女がいた右端席を見ると、今日は空白になっていた。左端のテーブルも空席である。


 その余白の多さを尻目に、舞音はカランコロンとベルを鳴らして、カフェの扉を引き開けた。


「いらっしゃいませ。おや、駒井様ではありませんか」


 入店早々、深く響く心地よい声で話しかけて来たのは、老練の執事のような風格を醸し出している男性店員。


「こんにちは、柘植つげさん」


 彼女は悠々と、彼に会釈を返した。一見、温和なトーンで挨拶をする舞音だが、口元には不敵な笑みが浮かんでいる。その強気な立ち姿から、柘植はただならぬオーラを感じ取りつつも、どこか釈然としない思いに駆られた。


 前回の舞音の失態は、本人にとってはもちろん、毎日多くの客を相手にする柘植にとってさえ、まだ記憶に新しい。通常なら、もうあと数ヶ月はCafe Boutiqueに顔を出したくないと思っていても、何らおかしくない状況である。


 いったいなぜ、舞音は自信に満ち溢れているのか。

 ことは一週間前、彼女がCafe Boutiqueを退店した直後に遡る。



 ◇ ◇ ◇



「急な質問をしてしまって、すみませんでした。では、


 こう言い捨てて店を出た舞音は、一人暮らしの自宅に帰ると真っ先にスマートフォンを起動した。そして、今日の失態を回避するために必要な知識を調べ始める。そう、マナーの迷宮にハマり込んだときに抱いたあの検索衝動を、一気に開放したのである。彼女の指は、時が経つのも忘れて、画面スクロールとクエリ入力を繰り返す。そうして一心不乱に操作するスマホには、ものの数分で次のような検索履歴が溜まった。


 紅茶 種類

 紅茶 レモン 相性

 紅茶 ミルク 相性

 紅茶 初心者 おすすめ


 フルーツタルト 食べ方

 タルト 食べ方

 タルト 音を立てない切り方

 タルト フルーツを落とさない 食べ方


 紅茶 注ぎ方 マナー

 ティーカップ 正しい持ち方

 ナイフ フォーク 使い方 タルト

 高級カフェ 所作


 などなど・・・・・・。


 そうして見つけたネット記事を、舞音は次から次へと開いては、丸暗記する勢いで読み込んだ。こうして二時間後には、彼女はすっかり紅茶とタルトの扱いについての基礎知識を身につけていたのである。


 これならきっと、次にカフェを訪れた際は美しい所作でケーキを味わい、その次の回には晴れてショーウィンドウ席に通してもらうことができるだろう。


 そうのが、舞音が周囲の人間から密かに偏執狂と揶揄される所以だった。

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